WA-03-04:殺戮

大魔導と闇の子・本文

 土砂降りのさなか、キルバー中佐はややうんざりとした表情で、馬から降りることもなく剣を抜いた。不穏な動きを見せたら斬り捨てるぞという意思表示であったが、当のハインツは全く動じる様子もない。それどころかヴィーに対してうなずきかけた。

「……承知しました」

 ヴィーはそう応じるとたちどころに姿を消す。一切の前触れもなしに、空間転移の魔法を行使したのだ。

「貴様!」

 後続の兵士たちが気色ばむ。キルバーはそれを左手で制する。

「この男さえいれば良い。大魔導二人は手に余る」
「良い判断だ」

 ハインツは目を細め、まるで教師のような口ぶりで言った。

「それで私にどうしろと?」
「帝都までご同行いただく」

 キルバーの手にした剣が鋭く輝く。

「大魔導を逮捕できるとでも? その百やそこらの兵で?」
「残念ながら、任務ですからな」

 キルバーは面白くもなさそうに言った。ハインツはほんの僅かに口角を上げる。

 か――ハインツは違和感の正体に気が付いた。魔狼剣士団フォールディラスごときが大魔導を相手にこうまで平静でいられるはずがなかったからだ。

 確か、グラヴァードの手のものにがいたはずだ。となれば、ヤツもこちらの動きに気が付いているということか。ならば少し急がねばなるまいな。

 ハインツは馬上のキルバーを見ながら、ヴィーに思念通話を送る。

『ヴィー、こいつらを始末しろ』
『しかしハインツ様、今々事を荒立てるのは』
を使え』
『えっ……?』

 ヴィーの絶句がハインツに届く。ハインツは無表情を維持しながら思念を送る。

『妖剣テラの魔力は無尽蔵だ。それにグラヴァードがこちらの動きに気が付いたようだ。稼働実験を行うには良い頃合いだろう』
『し、しかし、今の状況で妖剣テラの力を使うとなると、カヤリの身体が持たない可能性が』
『なればそれまでの話ではないか。次の被験者選定の基準がより明確になる。それだけだ』

 ハインツの冷徹な言葉はヴィーを再び黙らせる。ハインツは少しだけ苛立った様子で「良いな?」とヴィーに念を押した。

『承知……しました』

 ヴィーにはなおも躊躇ためらいがあるようだった。震える声がハインツの脳に直接響いてくる。ハインツはキルバーを見つめ、目を細めた。

「怪しい動きをするな!」

 キルバーは剣を振りかぶった。だがそれはキルバー自身の意志とはまるで無関係な行動だった。しかし、キルバー自身は操られてしまっているのでそれに気付けない。剣を振り上げている、そんな感覚だった。

「それは、失礼した」

 ハインツが慇懃いんぎんにそう言った途端、ハインツの周囲に灼熱の力場が作られた。たちまち剣士たちや馬が溶けて形を失っていく。

「我々はな、キルバー中佐。銀の刃連隊ガーナルステッドさえ恐れてはいないのだ」
「国家に歯向かえるとでも!」
「国家? 国家が何だと言うのかね、中佐。我々は、この世界をこそ見ている。国家だの国境だの、そんなくだらぬものに縛られることなどあり得ない」
「きさまぁ!」

 キルバーは剣を打ち下ろす。

「我々は何者をも恐れない」

 ハインツはそれを左の掌でいとも容易く受け止めた。

「世界はすべからく我々の創る秩序のもと、あるべき形に変わっていくべきなのだ。そして人もまた、あるべきところへと進んでいかねばならぬのだ。そのための、我々、である」
「世迷い言をっ!」

 キルバーは再び剣を振り上げたが、そこで硬直した。

 ハインツの目の前に小さな少女が立っていたからだ。少女は水色の瞳を輝かせ、右手の人差し指をキルバーに向けた。

「ぐぼぉぁ!?」

 キルバーの身体が鎧ごと白化した。塩の柱のように。馬もまた。

「ふむ――」

 ハインツは顎に手をやって、少し不満げな声を漏らす。周囲は地獄絵図だ。溶解しきらなかった人間たちの残骸が無数に散らばっているのだ。

か」
「全部やっつけたと思うけど……」

 カヤリは不安そうな声を出す。しかしその表情はうつろだった。その直後、弾かれたように身体をビクつかせ、目を見開く。

「私……が、やった……?」
「そうだ、お前がやった。上出来だ」
「こ、こんな……」
「愚かで無力な連中に相応しい末路だ。気に病む必要はない」
「私……テラに……」
「それで良いのだ、カヤリ」

 ハインツはそう言うと、カヤリの肩に軽く手を置いた。

「我々の理想を阻むものは押しべて悪。彼ら無知蒙昧の輩をこうして駆逐することで、世界はよりよく変わる。お前はをしているのだ、カヤリ」
「でも、人を殺すのは……」
「お前がこうしたことで、無駄な犠牲は減るだろう。お前は何も恐れる必要もなければ悩む必要もない。ただ私の言うことを聞いていればそれで良いのだ」

 ハインツの悠然とした言葉は、カヤリにはまだ難しかった。しかし、今のカヤリにはその言葉にすがる以外の選択肢はなかった。

 わかった――カヤリは小さく呟いて頷いた。

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