WA-07-04:犠牲の天秤

大魔導と闇の子・本文

 空が震え、遠くグラヴァードの居城まで、魔力の突風が吹き付けてくる。

「始まる、か」

 未だに回復してこない魔力に忸怩じくじたる思いを抱きつつ、グラヴァードは目を閉じる。百キロ以上も北にあるエクタ・プラム。そこでは強烈にして凶々しい、魔力の嵐が発生している。窓がガタガタと長く震えた。きらめく風は、だがしかし、悪意に満ちていた。

「申し訳ありません、僕の力が」

 所在なげにソファに座っていたトバースが小さく頭を下げる。窓辺にいたグラヴァードはゆっくりと振り返ると、流れるような動作で腕を組んだ。

「気にする必要はない。それもこれも必然だ」

 静かな低音でそう言ったグラヴァードの顔は、限りなく曇っている。

「あの、グラヴァード様――」
「だが」

 グラヴァードは険しい表情で言う。

「エクタ・プラムを完全に消滅させる必要はあるだろう」
「か、完全に、ですか?」
「百万を、あるいはそれ以上を救うためだ。数千の犠牲は……やむを得ない」

 グラヴァードはその白い髪に手をやった。

「妖剣テラの接続装置を完全に破壊しなければ、あの闇の子を除去できたとしても、第二、第三の闇の子が作られてしまうだけだ。ただの悲劇の拡大再生産になってしまうだろう」
「しかし、確かに、エクタ・プラムは実験都市です。常にリスクがある代わりに、最上位の生活が約束された都市です。ですが、ですが、そこに住む人たちは、ギラ騎士団の存在については懐疑の域を抜けない程度にしか知りません。おそらく、そもそものリスクですら」

 トバースの声はかすれている。グラヴァードは無感情な瞳でトバースを見て、小さく息を吐く。

「接続装置が破壊されれば、膨大な魔力の嵐が吹き荒れる。今とは比較にならないほどのな。そうなれば、なんぴととて無事では済まされまいよ」
「それでは、しかし、あの都市の住民は」
「百万を」 

 グラヴァードは噛みしめるように言う。

「百万を、あるいはそれ以上を救うためだ。数千の犠牲は……やむを得ない」
「ですが、グラヴァード様」
「言いたいことはわかる。だがな、そう考える以外に、なにか手段はあるか?」

 グラヴァードは静謐な声と顔で尋ねる。トバースは俯いて、声を絞り出す。

「他に、何か方法はないのでしょうか」
「セウェイも間に合わなかった。カヤリを奪取することも叶わなかった」
「すみません……」

 タイミングが合わなかったのだ。カヤリのところにはヴィーとハインツがいる。トバース一人でどうにかできるような状況ではなかった。もし今ここにセウェイがいたとしても、ハインツを出し抜くのは難しかっただろう。

「ハインツを倒し、接続装置を破壊する。俺たちがすべきことはそれだけだ」
「エクタ・プラムの人々の避難は……」
「ハインツはそこまでぬるい相手ではない」

 グラヴァードは首を振る。その表情は氷のように冷たく、そして一切の憐憫の情も感じられない。

「いざとなればハインツの奴は、自らエクタ・プラムを崩壊させてにげおおせることだろう」
「ハインツを倒せなければ、結局は――」
「何度でも奴は同じものを作るだろう。エクタ・プラムの接続装置を破壊するだけでは、結局、時間稼ぎにしかならない。その上、その間にも被害者は増えていくだろう。次の規模はもっと大きなものになるかもしれない」

 重苦しくそう言い、しばし沈黙する。グラヴァードは逡巡の末、トバースを真正面に見据えた。

「トバース、ハインツを見つけ出せ。セウェイと共に、何としても奴を

 その強い言葉に、トバースは息を飲む。しばらくの末、一つ深呼吸をして頷いた。

「承知……しました」

 厳しい戦いになるだろう。トバースの声は酷くかすれていた。

 トバースが去った空間にて、グラヴァードは窓の外を見る。エクタ・プラムの方向の空が魔力で輝いていた。大魔導級でなければ見ることの出来ない輝きだ。

「正義、か」

 なんという傲慢な言葉だろう。

 グラヴァードは独り、嘆息した。

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