私に力を貸して! 妖剣テラ!
カヤリの強力な思念がグラヴァードたちにも届く。
その途端、カヤリの身体から闇色の放電が発生し始める。妖剣テラとの接続装置は破壊された。しかし、妖剣テラはカヤリの中にすでに接続経路を確立してしまっていた。妖剣テラの目的は、片割れである魔剣ウルとの合一、そして、魔神ウルテラとしての復活だ。そう易々とその道を放棄するはずもない。
『お前のような小娘に何ができるというのか、カヤリ。また大勢を巻き込んで魔法を使うのか?』
「いいえ――」
『ふん、妖剣に頼るということは、そういうことなのだ』
セウェイは両目を細めた。赤い瞳が夜闇の中に不気味に光る。
「私、負けない」
カヤリは翼状の魔力を展開して浮き上がる。その両目は水色に強く輝いていた。グラヴァードはセウェイから目を逸らさずに、静かに命じた。
「カヤリ、俺の意識に接続しろ」
「わかった」
カヤリは頷いた。カヤリ自身、その言葉の意味が理解できていたわけではないが、何故か本能のようなものがその意味をカヤリに教えていた。思念通話の延長線上のようなもの、カヤリはそう理解した。
カヤリがグラヴァードの精神に接続するや否や、膨大な量の情報がカヤリの中に流れ込んできた。魔法の技術はもちろん、剣技に関するあらゆる知識と経験を凝縮したようなものがカヤリの中に収まり、一気に解放された。
「期限つきだ」
「……うん」
カヤリはまた頷き、右腕を大きく振り上げた。その掌めがけて、星々が降ってきたように見えたその直後、空域が爆発した。あまりの光輝に全員が目を伏せる。
「できた!」
カヤリの右腕には、カヤリの身長の倍を優に超える長さの刀身を持つ剣が発生していた。その全てが魔力で構成された超大剣。空中に浮かぶカヤリは、それを軽々と振り回してみせた。
カヤリの周囲に幾つもの剣が生じ、セウェイに向けて飛翔した。空間を切り裂いて縦横無尽に飛び回る剣を、セウェイはことごとく回避する。身体能力に優れる闇エルフであり、かつ、大魔導の力を有しているからこそできる芸当だった。
しかし、それはカヤリの読み通りだった。回避に全力を注がざるを得ないセウェイに対し、カヤリは上空から斬りかかった。セウェイは手にした闇の剣で、かろうじてその攻撃を受け流す。
『くっ……!?』
「その人から離れて、ハインツ! 卑怯だ!」
その間もカヤリの斬撃は止まらない。超騎士もかくやと言わんばかりの攻撃に、セウェイも完全に押されている。だが――。
『魔法を躊躇うとは、愚かなことだ!』
セウェイが左手を突き出す。その掌に展開した極所結界でカヤリの剣を受け止め、右手の闇の剣を突き出した。
「っ!」
カヤリの首筋が薄く切れる。身体的ダメージこそかすり傷だったが、魔法剣によるダメージはそれだけでは済まされない。体内の魔力を根こそぎ引き出されてしまう。
『終わりだ!』
セウェイの目が激しく発光した。カヤリは空中で宙返りをすると、素早く剣を身体の前に掲げた。セウェイの両目から放たれた光線が、刀身で弾かれる。
しかし、そこに隙ができた。セウェイはそれを見逃さず、空中に転移して斬り込んでくる。カヤリは素早く体勢を立て直して剣を振るうが、セウェイは命中の直前に姿を消す。そしてカヤリの背後に出現すると、その背中に衝撃波を叩き込んだ。
カヤリはたちまちバランスを崩し、地面に落下してゴロゴロと転がった。
「だいじょうぶか」
グラヴァードが助け起こす。
「けほっ、けほっ……!」
強烈な物理ダメージを受けて、カヤリは目を回していた。咄嗟に張った魔法障壁がなければ、肉片になっていてもおかしくはなかった。
「トバース、ヴィーを連れてこの場を離れろ」
「グラヴァード様は……!?」
「気にするな。俺にはこの子を助ける義務がある」
グラヴァードはカヤリを座らせると、自らの剣を抜いた。そこに込められている魔力がほとんど枯渇しているのは、魔法使いならば誰でも見抜けただろう。グラヴァード自身、心の中で舌打ちしたほどだ。
『その程度の力で挑むなど、そこまでこの場で死にたいか、グラヴァード!』
セウェイが次々と光弾を放ってくる。
「カヤリ、自分の身は自分で守れ!」
グラヴァードが言うと、カヤリは跳ね起きて魔法障壁を展開した。攻撃に移る余裕はなさそうだが、防御に専念する限りはたとえハインツでも容易にはダメージを与えられないだろうとグラヴァードは読む。
その間にもグラヴァードには数発の光弾が命中していた。全身を蝕む苦痛に、どうしても集中力が乱れる。その上、魔力の枯渇による防御力の低下も響いていた。魔法の鎧を着ていなければ、さしものグラヴァードでも無事では済まされていなかっただろう。
『望みどおりに死なせてやろうぞ、グラヴァード!』
勝ち誇ったように、ハインツがセウェイの口を借りて吼えた。魔力の突風がグラヴァードを後退させる。
――トバース、聞こえているな。
グラヴァードは少し離れたところに移動していたトバースに呼びかける。
『乾度良好。セウェイの精神に入り込めってことですね』
そうだ、できるな?
『僕は人形師ですよ。やってみせます。その代わり、ヴィーを頼みます』
心得た。
ほんの一秒ほどの間に、グラヴァードは戦術を練り直す。そして迫ってきたセウェイの闇の剣を全機力で跳ね返す。グラヴァードの視界が大きく揺れる。グラヴァードの体力も気力も、もはや限界だった。
魔力さえ回復していれば――。
脆くなった精神で、そんなことを考えたりもする。
鍔迫り合いで時間を稼ぎつつ、セウェイの奥にいる人物、ハインツを睨みつける。セウェイの顔が不敵に歪む。
『終わりだな、グラヴァード』
「地獄に落ちてもらうぞ、ハインツ」
『今の貴様に何ができる。魔力を失った大魔導など――』
「今の俺は無力さ。だが、俺の仲間には、まだできることがある」
グラヴァードは冷たい表情を崩さぬままに、淡々と告げた。
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