エクタ・プラムに魔狼剣士団が派遣される数日前――。
グラヴァードは愛剣の手入れをしながら、部下である人形師トバースの報告を聞いていた。エクタ・プラムに国家騎士が派遣されるに至った顛末をである。
エクタ・プラム実験都市は、アイレス魔導皇国主導で建設された先鋭的な計画都市である。だが、その実態はギラ騎士団の主要施設の一つである。実は建設当初から、皇国上層部に入り込んでいたギラ騎士団が関与しており、その主要施設のほとんどは、事実としてギラ騎士団の所有物である。無論、表向きは皇国とギラ騎士団に関係性はないのだが。
ギラ騎士団というのはいわばテロリストであり、いわゆる無政府主義者の集団である。つまり、アイレス魔導皇国中枢部とは決して相容れない存在だ。ギラ騎士団は、皇国最強の騎士を集めた銀の刃連隊により、常にマークされていると言ってもいい。危険集団として認知されているにも関わらず、実力で排除されていないのは、ひとえにギラ騎士団主要メンバーが軒並み強大な大魔導であるからだ。まともにやり合うとなると、皇国が巨大なダメージを受けることは必定であった。また、政治の都合というものもある。
大魔導によるテロ行為を未然に防ぐのはほとんど不可能だ。しかし、実際の所、アイレス魔導皇国の歴史上、大魔導によるテロおよび反乱の類は公式には発生していない。それだけ銀の刃連隊が強力であるということの証左でもあると言われている。また、アイレス魔導皇国に多数存在する大魔導たちは、相互に監視し合う間柄であり、それゆえに思われているほど自由には動けずにいたというのも事実である。
「その中で、今回の闇の子を利用し、頭一つ抜けようとしているのがギラ騎士団」
「その邪魔をするために議会を動かしたのが君だな、トバース」
グラヴァードの前で、剣の手入れの様子を眺めつつ、トバースが報告する。
「状況は想定どおりに進行中。議会の面々にはまだ気づかれてはいませんが、彼らもバカではありません。いずれ異変には気付くでしょう」
「騎士団が動けばそれでいい」
グラヴァードはトバースが議会の面々を物理的にコントロールしたことも知っている。人形師という二つ名は、人間を一時的に傀儡化する能力から来ている。
「それはそうと、トバース」
「はい?」
トバースはその薄緑色の瞳でグラヴァードを見つめる。
「イーラの闇の子は、本当に大魔導なのか?」
「イーラ村には、複数回の陣魔法の使用形跡がありました」
「それは本当にその子が使ったものなのか? あの男――ハインツの仕業ではなく?」
「一番最初に使用されたと思しき紫氷陣に関しては、ハインツの出る幕はなかったと思われます」
「そうかな」
グラヴァードは剣を鞘に戻し、立ち上がった。伸ばされた銀の髪がふわりと揺れる。
「奴が最初からその子に目をつけていたとなれば或いは」
「それはそうですが」
トバースは難し顔をして考え込む。グラヴァードは「まぁいい」と窓の方へと歩いていく。ガラスの向こうにはわずかに欠けた月が煌々と浮かんでいる。
「いずれにせよ、大魔導の力による損害だ。議会を動かす口実には十分だ。大魔導によるテロは公式には存在しないのだからな」
「それに加え、ゼネス聖神殿に封印されている妖剣テラの魔力放出異常の検知によって、禁忌への接続を確認したという情報により、操作の口実を得たという次第です、グラヴァード様」
「テラの異常検知については君の仕業だろう」
「データの改竄も用意していたのですが、その必要はありませんでしたね」
しれっとした顔でトバースは言う。トバースは聖神殿の担当者の意識を乗っ取り、異常を発見、報告させていた。
「なるほど。テラに目を付けていたのはさすがだな、トバース。否応なしに議会も動く」
「銀の刃連隊による調査も入りましたからね、聖神殿」
「いよいよ慌て始めたか、皇国も」
ギラ騎士団追討をするなら今かもしれんぞ、と、グラヴァードは思う。
「皇国は動きますかね?」
「動かずとも、妖剣テラの力がギラ騎士団に渡るのは避けたい」
「闇の子を、どうしますか」
「どうしたものかな」
グラヴァードは窓を開ける。夜風が吹き込んでくる。仄かに柔らかい、晩冬の風だ。
「まずはエクタ・プラムをどうにかすることを考える、か」
「魔狼剣士団の援護を?」
「いや」
グラヴァードは明確に否定する。トバースの表情がわずかに曇る。グラヴァードは窓を背にしてトバースを見る。氷のように青い瞳が鋭く輝く。
「ギラ騎士団と国家騎士の対立構図は作っておきたい。魔狼の連中には気の毒だが」
トバースはグラヴァードの意図を理解する。
「……では、僕はその方面の用意を」
「手間をかける」
「いえ」
トバースは首を振る。
「僕たちは常に最適と思われる方を択ぶしかない」
「そうだな」
グラヴァードは頷く。
「エクタ・プラムにはハインツの他にも大魔導級がいる」
「炎使いヴィー」
「そうだ。気をつけろ。彼女は強力だぞ」
「僕は直接戦闘力は低いですからね。得意な方面でうまくやります」
「頼む。いざとなれば俺も出るだろう」
「いざとなれば、で」
トバースはそう言うと、踵を返して部屋を出て行った。
「ハインツ、か――」
グラヴァードはあの深淵のような男を一瞬だけ脳裏に描いた。
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