外は痛いくらいに晴れ渡り、空には嫌味なくらいに星が輝いていた。晴れているのに雪のような雨のような、細切れの水滴が降っている。雪に覆われた地面には、いくらかの野生動物の足跡が刻まれていた。
寒風というのも生易しい、まるで剃刀の刃のように鋭い風が、ヴィーとトバースの前髪を揺らしていく。赤い瞳と薄緑色の瞳が、夜闇の中でギラリと輝き、互いを射抜き合う。強烈な殺気が、互いを刺し貫いている。
眠らない街、エクタ・プラムの燦然たる街明かりが、ヴィーの背中を仄かに照らしていた。
「さっさと逃げるべきだったね、人形師トバース」
「ここなら何かあっても街は無事だ」
「へぇ? 確かに結界外でやりあえばエクタ・プラムは無事だねぇ」
ヴィーは頷く。
「だけど、あんたは死ぬよ」
「僕が?」
揶揄するようにトバースは尋ね返す。
「参ったな、僕はしがない人形師だ」
「問答無用!」
ヴィーの周囲から金色の炎が噴き上がる。それは竜巻のように渦を巻き、トバースに向けて迸る。トバースは短距離転移を繰り返してそれらを回避していく。
「ふん」
ヴィーは腕を組んだまま微動だにしない。炎は鞭となり、トバースを絡め取ろうと、焼き尽くそうとうねる。冬の冷気があっという間に駆逐され、地面を覆っていた雪は溶け、土が焼ける。
トバースは懐から三本の投げナイフを取り出して、ヴィーの背中に向けて投げ放つ。
「効くものかッ!」
振り返ったヴィーが突き出した右手から、灼熱の炎が吹き出す。だが、ナイフは炎に飲まれる前に散開する。そこにトバースはさらに三本のナイフを追加する。
「小癪ッ!」
ヴィーは炎の壁を立ててナイフの飛行コースを塞ごうとする。だが、トバースはそれらを回避して、たちどころにヴィーを射程内に収めた。
「閃剣!」
トバースは軽く印を結ぶ。その瞬間、小さなナイフは巨大な両手剣へと姿を変えた。六本の大剣は、まるて獲物を狙うスズメバチのようにヴィーの周りを回転し始めた。熱され歪んだ空気を轟音と共に切り裂きながら、六本の大剣がヴィーに襲いかかる。
「こんな程度の技ッ!」
ヴィーは眉を吊り上げて吐き捨てた。髪が逆立ち、全身から炎が噴き上がる。炎の色が赤から白へと変わっていく。空気も大地も焼き払うが如き超高温の波がトバースを襲う。夥しい量の水蒸気が周囲を烟らせる。半ば溶けたナイフたちが地面に転がる。
二人は身動きが取れなくなっていた。先に動いたほうがやられるに違いない――二人はそう判断していた。
二人の大魔導としての実力は拮抗していた。油断があったほうが負ける。
「さすがは大魔導だね」
ヴィーは文字通りに瞳を金色に輝かせながら言う。
「あたしみたいな半端モンとは違う」
「君も目を覚ませ、ヴィー」
「気安く呼ぶんじゃないよ」
ヴィーの熱波がますます温度を上げる。トバースの張り巡らせた結界が揺らぐ。結界の外側の地面はグツグツと泡立ち始めている。
「ハインツは君にいったい何をしてくれた! あの闇の子に何をさせようとしている!」
「あんたの知ったこっちゃないよ!」
「ギラ騎士団は何をしようとしているんだ!」
「だからッ!」
ヴィーの目が煌めく。熾烈としか言いようのない炎の群れがトバースを覆い尽くそうとする。トバースは多層に結界を張り巡らせてそれをどうにかやり過ごす。
「閃剣!」
新たに取り出したナイフを六本投げつけ、大剣化する。
「殲撃六連!」
大剣がそれぞれに衝撃波を打ち放つ。
「くっ……!?」
全方位から叩きつけられる衝撃波。その全てを中和することは不可能だった。ヴィーは最後の一発を甘んじて受けつつ、敢えて大きく吹き飛ばされた。直撃を回避したのだ。それでも並の魔導師であったら胴体を真っ二つにされていてもおかしくないほどのダメージを受けている。
「僕は無駄な犠牲を防ぎたいんだ。それだけなんだよ、ヴィー!」
「なれなれしいッ!」
ヴィーはトバースの足元に地獄の業火を巻き起こす。それを予測していたトバースは短距離転移で逃げる。ヴィーもそれを読んでいた。トバースが逃げたその場所の直上に、ヴィーは姿を現していた。両手を突き出し、両手から紅蓮の火焔を放出する。トバースはヴィーの姿を確認すると同時に短距離転移を小刻みに繰り返す。
「ちょこまかと!」
ヴィーの炎の鞭が飛来してきた大剣を絡め取る。だが焼き切る前に第二、第三の大剣が飛んできたのでそれを断念する。ヴィーは炎の壁を立てて絶対防御の姿勢に移る。
トバースはヴィーの周囲に大剣をぐるぐると遊ばせながら、怒鳴る。
「無力な人たちを襲う君たちは、それで何を得るって言うんだ!」
「あたしたち無制御による、完全な世界を創る! これから起きることは、そのための礎、そのための犠牲!」
「そんな考え、傲慢にもほどがあるッ!」
トバースは吐き捨てる。その間にも双方の攻撃は止まらない。一瞬の油断が死につながる戦いだった。
「無差別殺戮でいったい何が変えられるって言うんだ! 僕らは確かに特別な力を持っている! だけど、だからなんだってんだ! 君たちがそんなことをすればするほど、僕ら無制御と、そうじゃない人間との乖離が顕在化するだけじゃないか!」
「あたしらこそが正しい! 龍の英雄の力を受け継いだあたしたち無制御こそ、世界を導ける! 正しい世界に導けるのはあたしたちしかいない! 愚かで弱い人間には任せてはおけない! これは世界を導けるあたしたちに課せられた使命!」
「そんなに急ぐ理由は何だ! 僕たち無制御が絶対に正しいというのなら、どうして僕と君はこうして争っている!」
「簡単だ!」
ヴィーは巨大な炎の柱を出現させた。巻き込まれた大剣が二本、一瞬で蒸発した。
「あんたたちが間違えているからだ!」
「僕たちが間違えているだって?」
「あんたやグラヴァードは甘い。人間は簡単には変わらない。あんな連中に夢や希望を見出す意味が理解できない!」
ヴィーは憎々しげに吐き捨てる。
「奴らの調教には、完全な支配と監視、そして恐怖が必要だ!」
「そんなもので抑えつけたって!」
轟々と唸る炎に耐えながら、トバースは怒鳴る。
「抑圧で人間は変わりはしないッ!」
「それはその抑圧が中途半端だったからさ!」
「バカバカしい!」
トバースの残り四本の剣がヴィーに襲いかかる。炎の鞭をすり抜け、柱を避け、大剣はヴィーを細切れにしようと獰猛に跳ね回る。
「それにヴィー、今、君は言ったじゃないか! 人間は簡単には変わらないって!」
「だからこそ、あたしたちが作り変える!」
「神にでもなったつもりかい、君たちは!」
「有象無象の卑陋魯鈍な人間どもからすれば、あたしたち無制御は神にも等しい!」
「驕るなよ、ヴィー!」
トバースの両目が鋭く光る。四本の大剣が、今度は槍に姿を変えた。
「いいか、ヴィー。僕たちは特別でも何でもない。ただの不良品だ!」
「言うに事欠いて、あたしたちが不良品だって!?」
「そうさ。そして同時に、僕たちは可能性なんだ! 人類全てのね!」
「わけのわからないことを!」
トバースの周囲で渦を巻く炎の熱量が更に上がる。トバースの結界が音を立てて削られていく――。
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