クソッ!
トバースは吐き捨てて、短距離転移で逃げようとする。だが、転移が発動しない。
「なんだっ!?」
「あたしの能力が炎だけだと思うなよ?」
ヴィーの目がいっそう金色に輝く。トバースは状況を瞬時に察し、魔法障壁の強化に全力を注ぐ。
「僕たちは確かに選ばれた存在だろうさ! ただし、被験者としてね!」
「被験者だと!?」
焼け死んでしまえ――ヴィーの全身から青白いオーラが噴き上がる。炎の色が青白く変じて、周囲の空間を熱しあげ、轟々たる気流の嵐を生じせしめる。
「僕たちは被験者なんだ。世界が僕たちを使って、人類の未来を、人類のあるべき形を模索しているんだ!」
「何を言っている! あたしたちは完成形なんだ! 不完全な大多数を統べるべき存在なんだっ!」
「本気でそんなことを信じているのか、ヴィー!」
「気安い! 当たり前だ! あたし自身がそう結論したんだからッ!」
「だとしたら! なぜ僕や君みたいな半端者が存在するッ!?」
四本の槍がヴィーめがけて超高速で襲いかかる。四方から貫かれる寸前にヴィーは空間を跳んでいる。
トバースのすぐ背後に現れたヴィーは、その両手をトバースに向ける。
「させるか!」
攻撃を読んでいたトバースは背後に魔法障壁を集中し、破裂させた。その衝撃でヴィーは地面を転がり、トバースは超高温の炎に炙られた。少なくないダメージが双方に入る。
「いいか、ヴィー。僕たちは完成形でもなんでもない。ただの未熟な試作品だ。かかるべき制御をかけられていない、人類にあるまじき人類なんだ。だから僕たちは、僕たちはむしろ失敗作なんだ!」
「ふざけたことを! あんな泥人形たちよりも下だと!? 失敗作だと!? あんな無力で無知な奴らより!?」
「君は、復讐したいだけだろう!」
肩で息をしながらトバースが怒鳴る。玉の汗が散る。
「僕は君の過去を知らない。でも、感じるんだ。君は僕と同じだ。無力で無知な彼らに、僕らは怖がられ、迫害された。あの子、カヤリくらいの年の頃に、僕たちは排除されかけた。違うかい」
「ああ、そのとおりさ! あたしはあんな連中に殺されかけたんだ! あんな連中に!」
「仕方ないだろう。彼らは怖かったんだ」
トバースのその言葉を受けて、ヴィーの目が吊り上がる。
「怖かったから仕方ない? 冗談じゃない、ふざけるのも大概にしろ、トバース!」
「僕たちは逃げたんだ。彼らと向き合うのを拒絶して、逃げたんだ!」
「逃げた? 拒絶した? 何を言っているんだ、トバース。拒絶して、そして排除しようとしてきたのは奴らの方だ! だから!」
「今度は僕たちが彼らを排除する? 支配する? そんなの立場が入れ替わっただけで同じことじゃないか。僕たちは圧倒的だ。僕たちは無制御だ。彼らを殺すのなんて、そりゃとても簡単なことさ。そんな僕たちが、無力な人々を殺戮し恐怖させ支配する――そんなのはさ、人類が大災害以前にも連綿と繰り返してきた、愚かしい権力者の歴史そのものじゃないか!」
いつしか灼熱の炎は消え、槍も失われていた。彼らの無尽蔵とも言える魔力が限界を迎えていた。それほどまでに苛烈な攻防を繰り広げていたのだ。精神力もほとんど限界だった。
「ヴィー、僕たちは同じだ。理解し合える。だから」
「しつこい! あたしとあんたは理解しあえない!」
「どうして拒絶する! 僕は――」
「あたしたちの理想は違いすぎる! ギラ騎士団とあんたの主人の立ち位置もね!」
「理想が違ったって、話し合いのテーブルにつくことはできるだろう! ただ、いま言えるのは、罪もな人々を手に掛けることは、それこそ絶対的な罪だってことだ!」
「無知であることこそ罪!」
「なら!」
トバースは右手に輝く剣を発生させた。
「どうして君たちは彼らに知恵を与えない!」
「無駄だからだ!」
ヴィーも燃え盛る剣を出現させる。
「あたしたちは、だから、彼らに力を見せつける。あの愚劣な二本足の獣たちには、あたしらの言葉は通じない。理解できない。時間の無駄だ。ならば鞭をくれてやるのが一番確実なんだよ!」
「傲慢にして怠惰!」
トバースとヴィーが切り結ぶ。魔力で構成された刃がぶつかるたびに、雷が空を引き裂くような音が響き渡る。衝撃波が地面を抉り抜いていく。溶岩と化した地面が超光熱の飛沫を上げて黒化していく。
「彼らに与えられるべき生き方を、権利を、君たちは蹂躙しようというのか! 彼らの生命は数じゃない。一つ一つに価値がある! それを君たちは虫けらみたいに焼き尽くそうとする!」
「それの何が悪い! お前たちだって十を救うために一を死なせることはするだろう!」
ヴィーの剣がトバースの頬を掠める。肉の焼ける音と共に激しい痛みがトバースを襲う。
「人類をあるべき形に導いてやろうというあたしたちに立ちはだかる者は、その全てが人類の敵だ! 排除することこそ、人類のため!」
「話にならないッ! どうして君はそこまで!」
「あんたみたいな恵まれた無制御にはわからないだろうさ!」
「恵まれた、だって!?」
トバースは思わず目を丸くする。
「そうさ! あんたはあたしみたいに半端な無制御じゃない。あたしにはね、人を殺す能力しかないんだ!」
「殺す力は、守る力でもある。誰かを守れる力になる。使い方なんだ。考え方なんだ!」
「きれいごとを言う! 力は所詮は力! あたしの力は炎と束縛!どうやって人を守れる、こんな力で! あんたとは違うんだ、人形師トバース! あたしのつらさなんて、あんたには理解できやしない!」
「甘えたことを!」
鍔迫り合いで押し込みながら、トバースが吐き捨てる。ヴィーは忌々しげに眉根を寄せる。
「完璧な人間なんて存在しない! ハインツだって、グラヴァード様だって、完璧なんかじゃない! 炎と束縛だって? 十分じゃないか。どうしてそれを誰かを守る力にしない。君は戦う力を持っている。十分すぎる力だ! でも戦える力は外にむけるためだけのものじゃない。大切な何かを守るためにこそ存在する!」
「黙れ、理想主義者!」
ヴィーの剣が燃え上がる。トバースは舌打ちすると大きく後ろに跳躍した。ヴィーは間髪入れずに距離を詰めてくる。トバースの剣がヴィーの炎剣を弾き返す。
「あんたの綺麗事には反吐が出る!」
ヴィーの左手にもう一本剣が出現し、それは正確にトバースの首に伸びていく。
だが、それはトバースに届かなかった。割って入った白銀の影によって、止められていた。
「グラヴァード!」
ヴィーが驚愕の声を上げる。白銀の鎧を纏った白髪の男――間違いなくグラヴァードだった。
「双方、剣を引け」
トバースとヴィーの間に立ったまま、グラヴァードは命じた。トバースはすぐに剣を消し、ヴィーも舌打ちしながらそれに従う。どう考えても勝てる戦いではないと判断したのだ。
「俺は理想主義者かもしれん」
「グラヴァード様……」
「だがな、それは君もハインツも同じだ。ある意味では妄想家、あるいは偏執狂。だがハインツは、蓋然性 の塊である人類の総体を勝手に定義して、己の夢想したあるべき形を押し付けようとしているだけの愚者に過ぎない」
静かな言葉に対し、しかしヴィーは納得しなかった。
「あたしたち無制御が愚かであるはずがない!」
「無制御だからといって賢者であるという保証もない」
グラヴァードの切り返しに、ヴィーは押し黙る。
「とにかく今は、双方の主張が相容れることはないだろう。建設的な時間が過ごせるとは思えない」
「しかし、グラヴァード様……」
「トバース。押し付け合うだけでは、互いの主張は、その理想は、何の止揚も生じさせはしない。二人共頭を冷やせ」
グラヴァードは青く冷たい瞳でヴィーとトバースを順に見た。有無を言わせぬ迫力に二人は身動きができなかった。
「炎使いヴィー、一つ言っておく。俺たちはギラ騎士団を壊滅させるだけの戦力を有している。俺がなぜそれをしないのか、今一度考えてみるといい」
「く、くそがっ」
ヴィーは吐き捨てると姿を消した。グラヴァードが意図的に弱めた結界を破りながら。
「トバース、君もいったん戻れ。傷を癒やして出直す」
「はっ……!」
満身創痍のトバースも姿を消す。
「さて――と」
グラヴァードはゆっくりと白銀の剣を抜き放った。
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