WA-04-04:ハインツ

大魔導と闇の子・本文

 グラヴァードの前に現れたのは、黒衣の男――ハインツだった。

 グラヴァードは全く無感動に、その姿を正面に捉えた。手にした剣が放つ光の量が、一段増す。

「グラヴァード」

 ハインツが語りかける。

「我々の邪魔をする理由を聞かせてもらおうか?」
「一体何を企んでいる。あの闇の子に何をさせるつもりだ」

 互いの疑問文がすれ違う。寒風が吹き抜け、空気を凍てつかせていく。

 ややあって、ハインツが青白い病的な微笑を浮かべる。

「我々ギラ騎士団の究極の目的は、だよ、グラヴァード」
「世界平和だと?」

 グラヴァードの右眉が跳ね上がる。

「人間兵器を作ろうとしておいて、世界平和だと?」 

 右手の剣が一層輝きを強め、わずか三メートル先にいるハインツの陰鬱な顔を浮かび上がらせる。美しい夜のエクタ・プラムを背にしたハインツの陰影は、まるで精巧に作られた人形のようだ。

「罪もなき子どもを殺戮者に仕立て上げようとしておいて、言うに事欠いて世界平和だと?」
「あの子は両親をあやめただろう?」
「よくも言う」 

 グラヴァードの氷の視線がハインツを射抜く。しかしハインツは動じるようもなく、ただただたたずんでいる。

「全ては貴様の差し金だと俺は見ているが」
「ははは、グラヴァード、買いかぶられても困る」

 ハインツは芝居じみた所作で否定する。

「あの闇の子に目を付けていたのは確かだ」
「だからといって、陣魔法ヅォーネ発動時にそこに居合わせるのは、もはや偶然とはいえないだろうよ、ハインツ」
「たまたまだよ、グラヴァード」

 ハインツの目がギラリと光る。

「そもそも私にとって、時間も空間も、その隔たりは意味を持たない」
「ふん」

 グラヴァードは剣を構えた。しかしハインツは身構えさえしない。泰然自若たいぜんじじゃくと後ろで手を組んで、じっとグラヴァードを見えていた。

「私はあの子の能力開花をほんの少ししたまでよ」
「手助け、か」

 グラヴァードの目が戦列に輝いた。ハインツが姿を消した直後、その空間は青白い炎で焼かれた。

 ハインツは音もなくグラヴァードの隣に現れて、言う。

「我々ギラ騎士団は、完全なる世界を求めている。そう、をな」
「楽園だと?」
「そうだ。万人が争うことなく平等に生きる世界を実現すること。それこそが我々の目的だ」
「はっ」 

 グラヴァードは一笑に付す。

「その万人の中には、しか含まれていないように思えるのだがな!」
「それの何がおかしい?」

 ハインツは喉の奥で笑いながら、グラヴァードの言葉を肯定する。グラヴァードは眉根を寄せて、冷たく鋭い表情を生み出す。

「グラヴァード、我らの理想に迎合しろ。我らとともに、完全なる世界を実現させようではないか」
「そんな偽りの楽園に、用などない」
「偽り?」

 心外だと言わんばかりにハインツは目を見開く。グラヴァードは氷の視線でそれを受け止める。ハインツはやや熱のこもった口調で続けた。

「世界は魔神と紫龍セレスの力で浄化平定されるべきなのだ。我々が、あるべきカタチへと、完全なるカタチへと、世界を導く。それこそが我々の存在意義なのだ」
「愚か――」

 グラヴァードはハインツから距離を取って剣を構えた。全身から白いオーラが噴き上がる。

「愚かだぞ、ハインツ。俺たちは、そうであるからこそ、日陰から出てはならんのだ!」
「ならば!」

 ハインツの雷鳴のような声が雪原を揺らす。

「ならば貴様は、愚昧ぐまいな連中が連綿と殺し合いを続ける世界を、この世界を、としろというのか! 卑陋ひろうな政治ごっこをしているさまを眺めていろと!」
「それの何が悪い」

 グラヴァードは冷淡に言い切った。ハインツは黒衣をはためかせながら、病的な笑みを見せる。

「さて、グラヴァード。我々の力をぶつけあうにしても」
「この場では避けたほうがよさそうだな」
「賢明だ」

 ハインツは喉の奥でクックッと笑い、姿を消した。残されたグラヴァードは、ゆっくりと剣を鞘に戻す。それでようやく周囲に夜と冬が戻ってきた。

「くだらんな」

 グラヴァードはうんざりとした口調で吐き捨てた。

「実にくだらない」

 理想の世界、楽園――。

 グラヴァードは首を振った。

「……なるほど」

 グラヴァードの周囲が、分厚い結界で覆われた。

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