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結局のところ、ヒキとアヤコはしっかりと存在していた。ついでに言えばアカリも現実にいるという事はわかったが、姿が見えたわけではないので、プログラム的な何かであるという可能性は否定できないままだった。
とはいえ、それをして存在していないという定義をするとしたら、カタギリもまた存在していないなんてことになるだろうし、存在自体がもともとプログラム的な何かにしか思えないアサクラだって、果たしてこれが現実の存在であると定義し得るのか否かはわからない。そもそもアキたちはアサクラに触れたこともないのだ。「実は精巧に作られたホログラム的なものでした」と言われたとしても、それを明確に否定する術はない。結局のところ、現実なんて――。
アキは輸送ヘリの中で携帯用ビームランチャーを点検しながら、そんなことを考えていた。
ベルフォメト邀撃ポイントへの到着時刻は午前十一時。それまであと二時間もある。ヒキが操縦するヘリは今まさに飛び立ったところだ。アキの向かいの席にはいつものようにミキが座っていた。ミキは今まさに、腰部装着のグレネードランチャーに実包を装填し始めたところだった。25㎜チェインガンにしても、12.7㎜対物ライフルにしても、その弾は冗談とも言えるほどに巨大だ。当然重量も嵩む。それにも関わらず軽々と動き回るそのパワーは、アキのそれをはるかに上回っていると言えるだろう。この前の戦闘で、近接戦闘もそこそこ以上にこなせることがハッキリしている。アキが勝るのはスピードでもパワーでもなく、近接戦闘の技術だけだ。
「しかしまぁ、あたしたちって、八木博士自らが創った一号機と二号機だったってことよね」
「らしいな。一応おまえさんの方がお姉さんってことになるみたいだけどな」
「順番的にはね。でも、精神年齢はミキの方がずっと上じゃん」
「達観したフリってやつさ。とんだ中二病だ」
「中二病?」
「七、八十年前に流行ったワードだ」
「へぇ」
アキはIn3ネットを素早く検索する。答えはすぐに幾つも見つかった。そしてそれは確かにミキを象徴するかのような意味合いを持っていた。
「精神年齢は十四歳ってことだよ、アタシはね」
「ミキが十四歳ならあたしは七歳だね」
アキはけらけらと声を立てて笑う。ミキも否定することなく、少し優しい微笑を見せた。アキも似たような笑みを見せ、そしてはるか遠くの空を焦がす煙たちを見遣った。あれは陸軍や空軍の軍人たちの命が噴き上げた煙だ。その煙の先頭には、GSL・ベルフォメトが君臨しているに違いない。その煙は、人類の上げる反撃の狼煙であるようにも思えた。そしてアキたちこそが、その逆襲の急先鋒でなければならないのだ。アキはふっと息を吐く。呼吸のためではない、感情表現のための行為だ。
『アキ、ミキ、悪い報せだ』
操縦席の方からヒキが電脳経由で通信を入れてきた。その声に二人の機械化人間は顔を見合わせる。ヒキはさほど慌てた様子もなく、淡々と状況を説明する。
『妨害が入った。レーダー照射を受けている』
「アカリは何してんの?」
気楽に構えているアキと、身を乗り出して地上を見下ろすミキ。
「なるほど」
ミキは右腕の対物ライフルを構える。
「ちょ、ミキ。それここでぶっぱするの?」
「ダメか?」
「うるさくないかなぁとか」
「そんなことかよ。変な事言ってないで、さっさと聴覚オフれ」
『こちらアカリ』
アキが聴覚をオフにしたその瞬間に、電脳内に音声が流れ込む。
『地上のターゲットを確認。ミキ、撃てる?』
「しっかりロックしてくれ、アカリ」
『見えてる?』
「ばっちり。持ってる獲物は厄介だな」
ミキは上半身を機外に乗り出すと、一瞬の待機時間も作らずに右腕のライフルから12.7mm弾を三発撃ち出した。ヘリの爆音をなんのことなく凌駕する轟音が、衝撃波を伴ってヘリ内に響く。肌を殴打してくるような空気の振動にアキは思わず眉根を寄せた。聴覚をオフにしていても、その衝撃の大きさは嫌というほど伝わってきたからだ。
「命中確認。あいつら、どこの国のもんだ?」
『中国圏ね。多分他の勢力も邪魔してくるわよ』
アカリの明言に、ミキとアキは口を引き結ぶ。ミキは使った分だけ弾薬を補充しながら、あきれたように言った。
「まったく、どこの国もご苦労様なことだ」
「自分たちの国もえらいことになってるんでしょ、中国圏も」
「日本国に配備されたエージェントたちが戻ったところで今さら間に合わんってことなんだろうし、奴らなりの縦割り組織構造って関係ってのもあるだろうしな」
戦前のように気軽に海外旅行ができる時代ではない。エージェントを送り込んだり引き上げたりするのも一苦労のはずなのだ。であるならば現地エージェントは忠実に初期目的に従うことになる。本国国内が混乱していればしているほど、外国派遣されたエージェントに対する指揮系統は脆くなっていく。哀れな話だが、それがアウェーの洗礼という奴の一つだ――アキとミキは同時に電脳内でそう呟いた。
「おいおい」
突如大きく傾いだ室内で、ミキが不満そうに口に出す。
『すまん、敵はさっきのだけじゃなかったらしい』
そう言っているうちに、ヘリのすぐ横を光の束が通り過ぎていく。敵の照準に割り込むのが一瞬遅ければ、粉砕されていてもおかしくはなかった。
「荷電粒子砲?」
「中国圏の九一式薙光。いわゆるひとつのプラズマキャノンだ」
アキの問いに律義に応え、ミキは再びヘリから身を乗り出した。
「なるほど、光学迷彩か。アカリ、中和を」
『今やってる。量子暗号コードは解析済み』
「途中経過はどうでもいい。敵のキャノンの次弾充填前に何とかしろ」
『わかってるわよ』
そんなやりとりをしているミキを眺めつつ、アキはのんびりと頭の後ろで手を組んでいる。今この場でアキにできることは何もない。ヒキかミキかアカリがしくじれば、その瞬間に終わりだ。アキ自身の生殺与奪に、今のアキは関わることが出来ない。でも、人生ってそんなもんだよね、なんてことも思う。アキは実際、どうにもならない状況で事実上人間としての生を終え、そして選択肢の一つも与えられないままに機械化人間として蘇らされたのだ。人間としての一大イベントである生にも死にも、アキの意志は直接関わっていないのだ、今のところ。
『アキ、ぼんやりしてるでしょ』
「え? うん? いや、そんなことないよ」
『降下作戦に切り替えて。下にいるのは機械化人間だってカタギリさんが。その他大勢もいるけどね』
その言葉に、ヒキが「ったく」と毒づきを被せてくる。
『こうまで正確に飛行経路上に待ち伏せって、どこかから情報漏れたとしか思えないんだが』
『あなたたちが漏らしてないなら、アサクラさんかカタギリさんがわざとやったんでしょ』
アカリの言葉にアキとミキは苦笑を交わす。あの二人なら、まず味方から欺こうとしたってなんの違和感もなかったからだ。
「その目的は?」
「決まってるだろ」
アキの問いかけにミキが首を振った。
「ベルフォメト戦で邪魔されちゃかなわないからな。その前に片付けられる連中は片付けておけってことだろうさ。エメレンティアナだって存外その口かもしれないぞ」
「あー……」
電脳内に送り込まれてきた中国の特殊部隊の現在位置を確認しつつ、アキは妙な声を上げた。
「なるほど。じゃ、さっそく降下作戦に入りますか。ヒキ、合図ちょうだい」
『了解』
爆音を響かせつつ、ヘリは進路をやや東側に変える。敵のプラズマキャノンの砲口に向かって突撃する格好だ。次発充填が間に合ってしまったら、ヘリは無事ではいられない。照準をずらさない限り、プラズマキャノンはほぼ確実に命中するし、その威力を殺せるような防御装置はこの輸送ヘリには搭載されていないからだ。
その時、山岳地帯の地形が一瞬青く光った。その直後に、そこを覆っていた木々は失われ、同時に何百もの兵士の姿が浮かび上がった。
『こちらアカリ、迷彩中和完了。アキ、ミキ、見えた?』
「ああ、よく見えてる。ここからでも狙えるな」
『オーケー、ミキはそこから砲撃。兵士はざっと三百近くいるけど、アキ、いける?』
「地上にも機械化人間がいるんだよね」
『一体。あとは不明だけど、たぶん普通の人間』
アカリの適当な分析に、アキはいささか苛立った。敵陣に単騎で突っ込むのはまだいい。だが、中途半端な情報が一番困るのだ。
「アカリ、In3からのジャミングしっかりやってよ。同期射撃されたらさすがに消耗するから」
『わかってるわよ。彼らのIn3局所ネットはすでに汚染済み。機械化人間にさえ気を付ければ大丈夫よ』
ま、いいか。無茶な作戦だったらアサクラさんが介入するだろうし――アキは楽観的にそう考えると、ミキの背中を軽く叩いた。
「ミキの射撃開始と同時に飛び降りる。兵士はかわいそうだけど――」
「おいおい」
ミキは目を赤く光らせながら、舌打ちでもしそうな表情を見せた。
「アキさんよ、武器を構えている奴は、たとえガキでも敵だ。変な情けは見せるなよ」
「わかってるよぉ」
アキはそう言うと、両手に剣を発生させた。
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