04-002「黒騎士」

Aki.2093・本文

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 アキが剣を発生させたのを合図にして、ミキの重武装が遠慮会釈なく火を噴いた。その圧倒的に過ぎる火力は、たちまちのうちに眼下の大地を火の海に変じせしめる。ミキの全火力展開は、まさに地獄の業火と呼び得るほどの破壊力を見せつけた。

 それを横目に見つつ、アキは高度二百メートルから一切の躊躇ちゅうちょなく飛び降りて、そびえる木々をクッションにして地上に降り立った。その直後に光学迷彩を発動させて、着地を狙った銃撃に備える。数発の7.62mm弾が顔のすぐそばをかすめていったが、アキは気にするそぶりもなく地面を蹴る。

 そして、うろうろと立ち歩いている兵士たちの横をすり抜けざまに切り捨てていく。これはもはや虐殺行為である。だが、アキの心が痛むことはない――なぜなら彼らはなのだから。アキが剣を振るいながら駆け抜けると、そこには首をねられた死体が続々と発生する。面白いように跳ね上がる生首たちと、何が起きたのかわからないままにふらついて倒れる首なしの身体は、大量の血液をまき散らしながら緑の下草を汚していく。空間の湿度が限界まで上がっていく。

 アキの着地からわずか三十秒そこそこの間に、一個小隊相当が皆殺しにあう。だが、機上からミキに狙われた兵士たちはもっと悲惨だった。無分別に降り注ぐタングステン合金の雨は、装甲服を纏った兵士たちを容赦なく、かつ、いとも容易たやす挽肉ミンチに変えていった。兵士たちの虎の子・プラズマキャノンのバッテリーに、ミキが撃ったグレネードランチャーが直撃する。プラズマキャノンのバッテリーが間抜けな音を立てて爆発し、その周囲を守っていた兵士たちは文字通りに粉微塵に吹き飛んだ。

 焼けた肉と焦げた血の臭い、そして樹木や下草から生じた黒い煙が周囲を満たす。

『アキ、あとは任せる。こっちは一度避退する』
「りょー!」

 ヒキの無責任な発言にあっけらかんと応じつつも、アキは兵士をなます切りにしていく。返り血と煙によってアキの纏う光学迷彩の効果はかなりダウンしていたが、もはやアキにはどうでも良いことだった。中国製の機械化人間ワイスドールに遭遇するまでに、一人でも減らしておいた方が良い――アキの中の演算装置は、冷たくそう判断している。

「ま、待ってくれ」

 今まさに首を飛ばそうとした兵士が発した言葉に、アキは一瞬動きを止める。

 日本語――?

「俺たちはあんたたちを敵に回したかったわけじゃない。そう命令されただけで」
「あ、そう」

 アキはそう言うと、その兵士の頭上を飛び越して、素早く膝をついた。背後からの銃撃がその兵士を撃ち抜いた。アキの跳躍が一瞬遅れていたら、その銃弾はアキの後頭部に突き刺さっていただろう。振り返れば、兵士の頭部がバラバラに吹き飛んでいた。放たれた弾丸は、炸薬弾か、あるいはダムダム弾の類だろう。いずれにせよその兵士の頭部は下顎と舌を残して無くなっていた。アキの頭頂部から爪先までを、飛び散った脳漿と血液が汚しに汚した。そしてそれにより、光学迷彩も完全に機能を停止してしまった。

 ま、そうなるか。

 アキはフッと、地面を思い切り蹴った。地面がずんと音を立ててえぐれる。焦げた草が千切れ飛ぶ。アキの身体にこびりついた人間の身体の一部がビチビチと音を立てて振り落とされる。

 刃と刃が交錯する。アキはせっかく用意した携帯用ビームランチャーを持ってこなかったことを一瞬だけ後悔した。相手は一目見てそうだとわかる程度の機械化人間ワイスドールだった。戦闘タイプはアキと同じく近接だろう。その手に持っている武器は刀身が二メートルを超えるような大剣だった――先ほどまで持っていたと思われる拳銃は、無造作に後ろに放り捨てられている。その機械化人間ワイスドールは、頭部を含む全身を黒い重甲冑で包んでおり、シルエット的には男女の判別はできない。国籍も不明だが、そもそも機械化人間ワイスドールの外見に意味を求めることほど無駄なこともない。敵か味方か、それさえわかれば十分で、今アキの目の前にいるこの黒騎士は明らかに敵性体だった。

「剣と剣の打ち合いで、あたしに勝てると思う?」

 アキはまずは挑発してみた。だが案の定、黒騎士は無言でそのありえない長さの大剣を構えただけだった。手強いな、こいつ――アキは思う。

『アキ、気を付けて』

 アカリからの警告が飛んでくる。ということは、この黒騎士は今、アキへの接続経路パスを検索しているということになる。もちろん、アキの論理防御に関してはほぼ完璧にして万全だ。何せエキスパートであるアカリと、すでに人類を超越しているとしか思えないカタギリが噛んでいるのだ。逆に言えば、この状況で防御を貫かれてしまったのだとしたらもはや相手が悪すぎたと諦めるほかにないのだ。

『こいつ……見たことないプロトコル使ってる』
「まさか」

 アキは慎重に距離を測りながら、両手にそれぞれ構えた剣を握りなおす。

……?」
『そうね、それ以外ない』

 アカリにしては珍しく自信のない声だった。「黄金の剣」は、中国圏が血眼になって創り上げたプロトコルで、長谷岡龍姫博士の開発していたAgnアグネスと覇を争ったものだ。結果としていずれもとしてIn3の次世代ネットの地位は得られなかったのだが、環地球軍事衛星群グラディウス・リング構想の第一人者となった長谷岡博士によって追い落とされ、封印された形となったのは、この「黄金の剣」プロトコルの方であった。しかしながらその実態は、開発から二十年にもなろうかというのに、一向にネット上に現れないという奇怪な現象が起きていた。

「カタギリさんは頼れない?」
『頼ってるわよ』

 イライラしたような声が脳内に響く。

「状況は?」
『わかると思う? でも、何も言ってこないから大丈夫だと思う』

 どうだか――アキは黒騎士から目を逸らさずに呟いた。だが、アキの顔には好戦的な微笑が浮かんでいた。それがアキの生来の性質かどうかは、アキ自身も知らない。だが、彼女の身体は――意識は、戦いを求める。危機的状況であればあるほど、自らの身体の内から力が湧いてくることをアキはとうの昔に認識していた。

 そう、あたしは戦いのために生まれた機械化人間ワイスドール。あたしは戦うだろう。あたしに敵対する者がいる限り。

「目下の所、あんたを倒させてもらう」

 アキは下からすくい上げるようにして、二本の剣を振るった。だが、それらはあっさりと弾き返される。大剣で弾かれたのか、鎧に阻まれたのか、アキには判断がつけられなかった。

「なんだってんだ?」

 相手の動きがまるで理解できなかったことに、アキは混乱する。剣で弾き返されたようには見えた。だが、その動きはあまりにも一瞬過ぎて、アキの動体視力をもってしても追い切れなかった。いや、あるいはそもそも微動だにしていなかったのかもしれない。しかしそうだとしたらどうやって二度に渡る斬撃を防いだのかが分からない。アキの持っている剣は単分子モノフィラメントの刃を持つ。切断できない物理装甲なんてないはずだった。

「次はこちらの番だ」

 大剣を担ぐように構えて、黒騎士は言う。その声は機械音で構成されており、男女の判別は不可能だった。アキは身をたわめ、一気に後ろに跳ぶ。黒騎士が右足で地面をえぐり出す。弾き出された土塊つちくれが落着するより早く、黒騎士はアキに向かって大剣を撃ちおろす。その刃こそバックフリップでかわしたが、生じた衝撃波までは殺しきれなかった。派手に吹き飛ばされて大木に背中を打ち付ける。黒騎士は足を止めずにアキの腰を狙って剣を横ぎにしてくる。

「てぇっ」

 アキは剣を立てつつ、大木を蹴った。大剣と長剣の刃が激しく干渉し合い、昼日中でもはっきりとわかるほどの火花を散らす。アキが間合いを詰めていなければパワー負けしていた可能性もあった。アキはそのまま黒騎士の胸を駆け上がり、背中側に飛び降りた。その着地の瞬間に地面に伏せて暴風をやり過ごす。判断が遅ければ身体を分断されているところだった。アキはその体勢から跳ね起きると、再び黒騎士を飛び越えて、背中側に出た。そしてそのカカトを狙って切りつける。

 また――!?

 金属的手ごたえと共に、両方の剣が弾き返される。

「アカリ! どうなってるの、こっちの攻撃が通用しない!」
『解析が追い付かないのよ! プロトコルが――』
「理由はどうでもいいから、早く何とかして!」

 アキは一息つくこともできない。一進一退の攻防が続く。

 黒騎士はその場をほとんど動かない。アキも消耗自体は少ない。稼働のためのエネルギーはIn3ネットを通じて正常に送り込まれてきている。だが、アキにも集中力というものがある。機械化人間ワイスドールといっても、そんなところに人間の残滓ざんしというものは残っている――不便なものだな、などとミキはしばしば漏らしている。

 アキは距離を取ることもままならぬまま、黒騎士の斬撃とその衝撃波を回避し続ける。こんな太刀筋は今まで見たことがない。近接戦闘最強とも言われているアキをして、ここまで苦戦させられた相手は未だかつてない。

 腕の一本くらい取らせるか――?

 一瞬そんなことを思ったが、よくよく考えればこの戦いは前座だ。本番はベルフォメト戦にある。可能な限り無傷で乗り切りたいところだった。

『アキ――』

 カタギリの無感情な声が聞こえてきた。その声を認識した瞬間、アキは確かに「助かった」と感じた。

『黄金の剣プロトコルはAgnアグネスに匹敵するところまで開発が進んでいるようだ。例のごとく中国圏、情報統制はすさまじい。私の力をもってしても入り込む余地が殆どない』
「ええ……」

 思わず落胆の息が漏れる。

『リスクは高いが時間もない。ベルフォメトの進軍を許せば大変なことになるからな。なれば相手方のドメインで一戦するしかないだろう』
「どうやれば?」
Agnアグネス経由で黄金の剣にクラックを仕掛ける。出来たほころびに、お前の論理思考体を突入させる』
「は……?」
『細かいことは気にするな。物理実体はミキに確保させるから、安心してやって来い』

 全く話についていけない当事者に、これっぽっちも気を使わないカタギリである。もっとも、それは今に始まった話でもない。

 黒騎士が動く。まるでアキたちの戦術を阻止しようとするかの如く、烈撃を浴びせてくる。アキは二本の剣でたくみにやり過ごすが、パワーもスピードも黒騎士の方が上だった。その上、謎の防御力もある。その黒い装甲に、未だ傷すらつけられていない。これは物理的には考えられない現象だった。

『アキ、同期シンクロを開始する。論理戦闘は私も試したことはないが、たぶんどうにかなるだろう』
「たぶん……」

 カタギリが中途半端な物言いをするのを初めて聞いた気がする。アキは半眼になりつつも、緻密かつ大胆過ぎる大剣の連続攻撃を避け続ける。だが、その超重量級の衝撃波までは回避しきれない。表皮が幾重にも切れ、髪の毛が幾本も千切れていく。

「髪は勝手には生えてこないんだからね」

 アキがイラついた口調で言い捨てると同時に、アキの視覚情報がぎゅんと歪んだ。

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