# sys.stdout.write("44GV44GB44CB57SE5p2f44Gu5Zyw44G444GK44GE44Gn44Gq44GV44GE44CC")
# sys.stdout.flush()
アキが意識を取り戻したのは、見慣れたメンテナンスルームの中だった。すぐ目の前にヒキがいて、アキの両目を覗き込んでいる。そう認識した直後に、右側からアヤコの声が聞こえてくる。
「アキが覚醒しました」
「だな」
ヒキは傍らのディスプレイを覗き込んで何度か頷き、「よし」とアキに向き直る。アキは目を何度か瞬いて、ヒキからアヤコに、そしてまたヒキに視線を動かした。ヒキは大きく息を吐いてから、疲れたような声で言った。
「今回はずいぶん手間取ったなぁ、アヤコ」
「再起動しないかと思いました」
アヤコの美貌も疲労で翳っていた。アキは少し慌てて視界の端に表示されている日時を確認する。最後に時間を認識してから、一週間近くも経過していることに気が付く。
「えええ? これ、本当に?」
「マジだよ、マジ。リブートプロセスのリトライ新記録だわ」
ヒキは伸びをしながら言った。伸びをした拍子に、首と腰の関節が鳴った。
「いてて。でもま、よかった。アキ、異常は?」
「んー。ないかな。メインのプロセスは大丈夫だし、In3ネットにも接続できてる。汚染も確認できないね」
「あー、汚染はひどかったんだけどな。カタギリさんが何かしたら何とかなった」
そうなんだ、とアキは頷き、後頭部に突き刺さっているケーブルを引き抜いた。そして身を起こして、胡坐をかいた。
「ふぅ」
改めて室内を見回す。やはり代わり映えもしないあの部屋だ。論理空間で巧妙に再現されている……という事もなさそうだ。物理の層に戻ってこられたというのは間違いないだろう。記憶に関しても正常だ……と思いたい。あの蛇の言葉は、一言一句漏らさず記憶していると思う。だがしかし、それを整理して誰かに伝えるのはとても難しいことだった。
「いきなりアキが検知できなくなったと思ったら、ベルフォメトのあのキモい物理実体が溶け出して、あのあたり一帯焦土になっちまったんだ。半径三十キロっつったかな」
「ええっ!? それ、被害は……」
「人的被害は今のところ確認されちゃいないが、危ないところだった」
その言葉に、アキはホッと胸を撫でおろす。
「政府っていうか、桐矢官房長官とアサクラさんが、また何かコソコソやってたけどな」
「ううむ……」
アキはゆっくりと立ち上がり、両手を無意識のうちに握ったり開いたりを繰り返す。
「ちょっと、アサクラさんと話してくる」
「おっ。そういうことなら」
ヒキはアキの肩を叩きつつ「俺も行くぜ」と言った。アキは「うん」と気のない返事をすると、先に立って部屋を出た。
いつものエレベータで地下深くまで降りると、そこには先客がいた。ミキ――武装の類は着けていない――である。ミキとアサクラの穏やかならぬ雰囲気を感じ取り、アキとヒキはエレベータから一歩二歩出たところで硬直する。
「あの二人、何かあったの?」
「もともと仲は良くないけどな」
「なんかそんなレベルじゃないような?」
そこまで喋ったところで、ミキがアキたちを振り返った。その厳しい表情を向けられて、アキは思わず背筋を伸ばす。
「どどど、どーしたの、ミキ。すごい怖い顔」
「顔が怖いのは今に始まったことじゃないだろ」
ミキはようやく緊張を解いて肩を竦めた。
「お前が目を覚まさなかったらどうするつもりだって、問い詰めてたところさ」
「あ、そうなの。ごめん、心配させた」
「気にするな、相棒」
ミキはアキのところまで歩いてくると、その両肩を掌で包み込んだ。今にもキスされてしまいそうなほどの勢いに、アキは少し引く。そんなミキは、ヒキのことは一つも見ていない。いてもいなくてもどうでもいい――その程度の扱いだった。
ミキはアキの肩を抱きながら、アサクラの目の前まで再度移動した。
「結果オーライだったとはいえ、なんでまた、あんなことをした」
「あんなこと?」
「日本国の特殊部隊を派遣したことだ」
「ああ、あれか。やっぱアサクラさんだったわけですか」
アキは何でもないことのように軽い口調で尋ねた。アサクラは眼鏡のレンズを光らせながら「そうだな」とこれまた何でもないことのように肯定した。
「なんであんなことを? あたしたちを妨害しようとしたっていう事ですか?」
「いや、違うな」
アサクラは巨大なスクリーンにその時の映像を回してくる。視点はほとんどが特殊部隊の兵士のもので、ごくまれにアキの視覚情報が表示されていた。
「桐矢は中国と結託している。いわゆる親中派だ」
「だからって、あの黄金の剣を持った黒騎士に、うちの国の特殊部隊を護衛につけたって?」
ミキの声が鋭い。アサクラは「まぁ、そうなるな」と肯定する。
「そもそも、プロセス的にアキをどうにかしなければならなかった。そのために必要なものが、聖女と黄金の剣だった。エメレンティアナによって聖女は手に入りつつあったが、黄金の剣については、中国政府としては最大の秘匿情報でもあったわけだから、簡単に差し出すとは思えなかった」
アサクラは椅子に座ったままだ。白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ミキとアキを見上げている。その氷のように冷たい表情には、感情は見えない。まるで機械化人間のようだとアキは思った。アキやミキも、意識しなければ表情に感情は乗らない。無意識では表情は変えられないのだ。
「黒騎士がっていうか、あれ、あたしの顔してたんだけど、あんな機械化人間が都合よく日本にいたなんて考えにくいしなぁと思ってる」
「いや、そうでもない」
アサクラは腕を組んだ。
「あれは最初から日本国にいた。お前との接触を目論んでな」
「いつ、から?」
「エメレンティアナと同時期だろう」
「十年以上前ってこと?」
「そうだな」
アサクラは至極あっさりと肯定する。アキは思わずミキと、その背後にいたヒキを窺った。二人はともに肩を竦めて「よくわからん」と反応する。そこでミキが「でもさ」と声を上げた。
「十年以上もの間、メンテとかどうしてたわけ? エメレンティアナは物理実体なしのお化けみたいなもんだったわけだからわからんではないけども、あの黒騎士とやらは機械化人間であるならハードもソフトも常時調整していく必要があるじゃないか」
もっともな意見だと、アキは頷いた。
「もしかしてずっと日本国で保護されていたとか?」
「それはだな」
アサクラは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「正確なところは不明だ」
「不明って……?」
思わず滑りそうになりながら、アキが問い返す。
「知っての通り、奴のプロトコルは、中国圏謹製の黄金の剣。In3からはリクエストすら受け付けない、いわば孤立型ネットワークだ。ソフトのメンテに関しては環地球軍事衛星群経由で行えただろう。だが」
「ちょっと待った」
ヒキが口を挟む。
「環地球軍事衛星群にあったプロトコルはAgnだったよな。黄金の剣の乗る余地はなかったはずだ」
「Agnと黄金の剣が同時実装できないということはない」
「しかし、カタギリさんが見つけたのは……」
ヒキは腕を組んで考え込んだ。そこでアキが「あっ」と声を上げた。
「そうか。そういうことか」
「何がどうだって言うんだい、アキ」
ミキが少し苛ついた声音で尋ねてくる。アキは「んー」と考えながら応じた。
「あの衛星群には意志があるんだ。しかも一つや二つじゃない。何十も何百もある可能性があるんだ」
アキはアヤコの話を思い出したのだ。アサクラは興味深げに息を吐く。
「その意志は、基本的にはIn3なりAgnなりの約束事に準じて創発されるんだけど、ここは可能性の問題だ。突然変異のように、黄金の剣プロトコルに極めて似た形のパターンを持つ意志が生じたっておかしくないよね」
「アキにしては珍しく、その通りだ」
アサクラは粘液的な笑みを見せた。そこでミキが前に出る。
「その蓋然性に賭けたとかいうのはあまりに飛躍しちゃいないかい? 国家機密にして切り札みたいなもんだろ、アタシたち機械化人間は。こと、機密中の機密であるプロトコルなんかを包含した個体なんて、解析されたらマズいじゃないか」
「神は賽を振らない」
アサクラはそう言って立ち上がる。
「ハード関連の協力者は、日本国内にいくらでもいただろう。大戦を経たとはいえ、移民政策にのっとって訪れてきた中国圏の技術者はいくらでもいる。それこそ可能性の話だ。だが、ソフトに関しては、最初からそうあるべきと規定されていた――そう考えるのが妥当だということだ」
「また長谷岡龍姫か」
頭が痛い、と、ミキとヒキは口を揃える。ヒキが腕を組み替えながら高い天井を見上げた。
「そもそもだ、アサクラ。長谷岡龍姫博士はどこにいったんだ? 八木博士もそうだが」
「さぁな」
あっさりとした声を発しつつ首を振るアサクラ。
「それがわかっていれば、俺はこの組織を創らなかっただろう。俺の目的は、長谷岡龍姫博士の遺したものを全て拾い集めることにある。それがこの組織、レヴェレイタの目的でもある」
「初耳だが、まぁ、そうだろうな」
ヒキは肩を竦めて、腰に手を当てた。
「で、だ。その遺産とやらの在処の見当はついたのか」
「一つや二つの話ではないが、主目的である二つのプロトコルの邂逅は叶った。アキの内側でな」
「あ、うん。そう、だね」
唐突に名前が出て、アキは上の空で相槌を打った。アサクラは気にする風もないままに、浮かび上がる巨大なスクリーンと、その向こうに卒塔婆のようにそそり立つ演算装置の方へと視線を送った。
「ところでアサクラさん。クリスタルドール・ゼロってのは、いったい何なの? あたしの事らしいんだけど、イマイチなんか変化を感じられなくて」
「そうだろうな」
アキの言葉に頷くアサクラ。
「そもそもお前はそういう風に創られているのだから、変化を感じなくて当然だ、アキ」
「へ? そうなの?」
「ああ」
アサクラはアキとミキを見る。ミキは唇をひん曲げつつ顎を上げた。
「アタシは? アキとは姉妹みたいなもんだけど」
「お前は、アキが万が一失敗した場合の――長谷岡博士の目的を叶えられなかった場合に備えた予備端末か。安全装置か。あるいはその両方か」
「ふむ……」
ミキは顎に手をやって考え込んだ。その赤い視線は、アサクラを鋭く貫いている。
ミキが何かを言おうと口を開いたその途端に、メインスクリーンに少年の姿――カタギリのアバターが表示された。
「どうした?」
『世界各地に出ていたGSLたちが、一斉に海を渡ってきた』
「なんだって?」
ヒキが思わず声をあげ、慌ててネットに検索をかける。
『無駄だ。日本国内のIn3ネットは全て政府の監視下に入った。限定的情報しか取り出すことはできない』
冷徹な表情の少年は、一層に冷たい声音でそう告げた。
「カタギリさんはどうやって?」
『今の私はIn3に残った残滓だが、その私に対して、環地球軍事衛星群の私が情報を送信している。Agn経由でな』
わかったようなわからないような?
アキはそう思ったが、とりあえずは納得した。そんなアキを横目に見つつ、ミキが「で、だ」と口を挟む。
「その海を渡ってきているGSL連中は、どこに向かっている?」
『北海道だ』
カタギリは間髪を入れずに答えた。
「北海道、ねぇ」
アキとミキ、そしてヒキの声が重なった。
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