OreKyu-05-001:メモリのリアルタイム補正

|<∀8∩Σ!・本文

 はたと気が付けばそこはホテルの部屋だった。札幌出張の際に確保したホテルである。どうやらソファで寝てしまったらしい。ベッドの方を見ると、メグがちゃっかり薄手の毛布にくるまって眠っていた。ていうかこの部屋ツインだったっけ。なんか違和感を覚えないではないが、ツインであることは事実だ。だってベッドが二つある。

 メグの方を改めて観察すると、覗いた肩口から察するに、ガウンをはだけさせているらしい。思わず生唾を飲み込む俺である。だが俺はまだ立ち上がらない。メグを起こしてしまいそうだからだ。この微妙な緊張感のある時間をもう少し楽しみたいと思ったりもしていた。

 ふと視線を動かすと、ベッドサイドテーブルの上にはガンタンクが三体鎮座していた。素組みなのが少し残念だ。

「あれ?」

 俺は首を傾げる。確か深夜までかかって、俺とメグは一台ずつガンタンクを仕上げたはずだ。となると、あの三台目の存在はどういうことだ? もしかして俺が眠ってしまった間にメグが仕上げてくれたのか?

 スマホの時計を見れば午前四時。もう明るくなる頃合いだ。今日もあのいけ好かない会社で……何するんだっけ?

 疲れがちっとも抜けていない頭ではろくに思考が回らない。

「なんだったかなぁ……」

 今、俺は何を考えていたんだっけ?

 やばい、眠くて思考がまとまらない。こうなったら寝るしかないよな。朝まであと二時間くらいは眠れるだろう。

 立ち上がった俺は、軽い眩暈めまいを覚える。いま俺の前にある選択肢は二つだ。一つ、メグのベッドに潜り込む。二つ、空のベッドに潜り込む。

 もちろん前者の方に大きく誘惑はされたが、結局は後者にした。仕方ないだろう、ヘタレなんだから。ベッドに潜り込んだらすぐに眠気が来るだろうと思っていたのだが、なぜか急に頭が冴えてしまった。何だろう、この不安感。この得体の知れない感触は。ただ眠いだけなのか。あるいは、今もまだ夢の中なのか。

 そんな風に布団の中で悶えていると、不意にメグが潜り込んできた。

「ぱぱー、だっこー」
「め、メグ……!?」
「だっこしてぇ」

 普段のメグとのギャップに、そりゃクラクラする。俺だって男だ。ヘタレだけど。

「今日はどこ行くー?」
「どこって、あの会社だろ?」
「はぁ?」

 メグはぱちりと目を開けた。

「会社って意味わかんない。寝ぼけてるの?」
「え? んー、あ、そうか。社畜が染みついてるからかなぁ」
「あはは、ぱぱってホント社畜だよねぇ」

 そうだ。俺は今、新婚旅行の真っ最中だ。とはいえ、計画らしい計画も立ててなくて、とりあえず札幌に来た。何度も出張している場所だから馴染みがあったというのもある。場当たり的旅行も良いよねと言うメグの言葉でそう決まったのだ。というか、そもそも俺に選択権なんてないわけで。メグ様の言うことは全て正しいというわけだ。

「今日はとりあえず札幌の名所を回って、明日は旭川方面に行くか」
「やだ。小樽とか函館に行きたい。海のある町がいい」
「そうか、メグはだったもんね」
「うん、海がない」
「わかったよ、じゃぁ、明日は小樽行って函館だな。あ、釧路とかはいいの?」

 北海道を改めて調べてみて思ったのは、ということだ。数日程度の旅行では、札幌からだと基本的には旭川方面、函館方面、帯広釧路方面のどれかにしか行けない。小樽は札幌の隣だからJR一本でさほど時間もかからないのだが。

「それにしてもでっかいねぇ、北海道は」
「でもさ、メグ。あのガンタンクどうするの? 三台も作っちゃったけど」

 ぶっちゃけ旅行の邪魔である。荷物は極力少なくしたい。そもそも何でガンタンク(同じものだ)を三台も買ったのかが未だに思い出せない。

「いやぁ、あのね、ぱぱ。ガンタンク見たら買い占めたくなるのは昔からでさぁ」
「すごい習性があったのね、メグには」
「ごめんごめん、黙ってて。でもガンタンクにはロマンがあるよね」
「劇中ではノロい移動砲台だったけど」
「本当は戦車ってめっちゃくちゃ早いんだよ! 富士の総火演行ったことない?」
「ないなぁ」

 メグがミリオタの一人だったなんて今知った。知ったところで別に何とも思わないけど。でも総火演はネットで情報を目にするにつけ、行ってみたいとは思う。

「今度一緒に行こ! 航空ショーとかも一緒に行こうよ、ね? ぱぱ、いいよね?」
「うん、見てみたいと思ってた」
「やった! 一緒に行こう!」

 素直に喜ぶメグは、素直に可愛い。はだけたガウンに気を持っていかれそうになるが、そこは理性で何とかする。メグは猫のようにすりすりと身体をこすりつけてくる。

 なんだろうなぁ、この違和感みたいなの。

 すごい幸せなのはそうなんだけど、なんか変な感じがする。

「ねぇ、メグ」
「なに?」
「メグが会社辞めたのっていつだっけ」
「結婚してすぐだよ。三か月前になるかな?」
「俺、メグに会社辞めろとかそういうこと言ったっけ」
「ううん。どうしたの、ぱぱ。熱でもあるの?」
「いや、ごめん。なんか頭の芯がぼんやりしてて」

 ジッ――。

 なんか音がしたと思ったら、突然意識にピントが合った。

「ああ、言ってなかったよな。でも、メグを支えるのは俺だから、メグには好きな仕事をして欲しいって言ったんだった」
「そうそう! それ!」

 だからメグは……メグは、なんだったっけ?

 ジッ――。

 またふと意識にピントが合う。

「で、ガンダムカフェだもんね。ガンタンクまみれになりそうだけど」
「ガンタンクだって色々いるんだよ、ぱぱ」
「そうなんだ?」
「一番強いのは多分陸戦強襲型ガンタンクだろうけど」

 語り始めると長くなりそうなので、俺はメグを抱きしめて黙らせることにした。何度も肌を重ねてきたはずなのに、未だにドキドキしてしまうのは、良いのか、悪いのか。そんな俺の攻撃に屈することなく、メグは言う。

「ガンタンクカフェでもいいかなぁ」
「それはニッチすぎじゃない?」
「そうかぁ」

 それはやめた方が良いだろうと思う。でも、ガンタンクの兵器としての価値は客観的に評価しても良いかもしれないが、何にしても実物の戦車を見てからじゃないと、メグとは議論にならない気がする。次の総火演にはぜひ行こうと決意した。

「ねぇ、ぱぱ。どうして私なんか好きになってくれたの?」
「え?」

 ジッ――。

「君が猛烈にアタックしてきたんじゃないか。上司権限であれこれと」
「なにそれ、モラハラ? パワハラ?」
「いや、俺は嬉しかったよ、ああいうのでも」
「ふぅん」

 そう息を吐いてから、メグは俺の頬に口づけした。

「やっぱりね、私、ぱぱのこと大好きだよ」
「うん、俺も」

 俺はメグの長い髪を撫でてやりながら、ぼんやりと天井を眺めた。室内はまだ薄暗かったが、カーテンの隙間から入ってくる朝日によって、天井板の継ぎ目くらいは見ることが出来た。

「なんかさ」

 メグがベッドの中で呟く。

「全部夢でした、みたいな、幸せな感じ」
「どういう感覚、それ」
「なんか全部が都合よくて。まるで全部私たちのためにお膳立てさせられたみたいに感じて」
「人間原理っていうか、自分原理な考え方だね」
「人間原理、か……」

 俺の言葉になにやら考え込むメグ。

「ねぇ、ぱぱ。これまでの人生が全部夢でした、なんてことになったらどう思う?」
「えーっ……」

 ジッ――。

「そりゃイヤだなって思うよ。積み上げてきたものが全部夢でしたーって終わられたらたまらないでしょ?」
「だよね。でもなんか、こう、ふわふわしてるんだよね」

 寝起きだからでしょ、と俺は軽く往なす。だが、メグの目は真剣だった。思いつめたような、そんな力を持っていた。俺にも違和感がないではない。

 ジッ――。

 でも寝起きにはいつものことだった。

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