何とはなしにテレビを点けてみるけども、そこではのんびりと情報番組が放送され始めたところだった。天気も良いらしいし、平常運航だ。観光日和になるだろう。
だがやはり、何かが変な気がする。やっぱりまだ夢の中にいるのだろうか。
「メグ」
「うん?」
「キャスターって前からこの人だったっけ?」
「うん? だいぶ前からこの人たちだったと思うよ?」
そうだったかなぁ?
ジッ――。
ああそうか。こんな時間にテレビ点けることがあまりないもんな。
俺は部屋に備え付けのコーヒーを淹れて頭をしゃっきりさせようとする。
「なんかぼんやりするんだよね」
「昨日遅くまでガンタンク作りに付き合わせちゃったから。ごめん、自重するよ、ぱぱ。次のガンタンクは旅行から帰ってからにする。ていうか、ガンプラコーナー自体を自重するよ」
「うん、まぁ、それはいいんだけど」
でもやっぱりなんか変だ。ここまでぼんやりしている理由もない。札幌出張は手慣れたものだ。だからそれほど疲れてもいなかったはずだし、場所に慣れてないからとかそういうわけでもない。まして仕事でさえないのだから、もっと元気で良いはずだ。寝たのは確かに遅かったかもしれないけどな。
俺は軽く伸びをして言った。
「とりあえず朝飯を食ったら明日の計画練ってぶらぶらしようか」
「そうだね。今日は平日だからリーマンいっぱいいるだろうけど」
皆が働いているときに休みを取れているというのは、ちょっとした優越感だ。それになにより新婚旅行中である。楽しくないはずがない。
六時半になるのを待って、俺たちはレストランに向かう。
あれ? ——またも違和感。
こんなに狭かったっけ、ここのレストラン。俺たちは飛び切り豪華なホテルを予約したはずだった。だが、レストランはまるで田舎の食堂のような広さしかなく、ビュッフェとして用意されている食事もどれもかなり小ぢんまりとしていた。
しかしメグはと言うと、目の前の食事を手慣れた様子で取り皿に確保し始めていて、特に何も感じてはいない様子だった。
「ねぇ、メグ。ここのレストランってこんなもんだったっけ?」
「え? かなり豪華な方だと思うけど。どうしたの?」
そんな反応だ。ここで議論してもしょうがないと思った俺は、とりあえず料理を取って席に着く。ちなみに料理は確かに絶品で、朝食とは思えないほど豪華ではあった。不満は特にない。
「美味しかったね。さ、部屋戻ってチェックアウトしなきゃ」
メグはニコニコしながらそう言った。俺は少し思案して提案する。
「その前にさ、まだ時間あるから散歩してみようよ」
「ん? ああ、そうか。手ぶらで歩けるね、まだ」
「そうそう」
俺は話を合わせて、さっそくメグと二人で早朝の札幌に出た。
時間が時間だったから車も人もない。ただし、どの店もまだ開店前だ。
「ここからだったら時計台がすぐだね。見に行こうか」
「うん、行こう行こう!」
俺たちは腕を組んでスマホの地図機能を頼りに歩いていく。時々タクシーの類は見かけたが、一般車はほとんどいない。それになんだか建物も少ないような。
「ねぇ、メグ。札幌って二百万都市だったよね」
「へ? 何言ってるの? 二百万都市って東京のことだよ? 世界有数の人口密度を誇る東京でやっと200万を超えたって発表があったばかりじゃない」
ジッ――。
「あ、そっか。ごめん、なんか俺そういうの苦手で。なんか札幌ってこんなんだったかなぁって」
「出張で何回も来たじゃない。今も昔もこんな素朴な町だったよ」
「そっかぁ……」
違和感がぬぐえなくて、俺はたまらなく不安になる。まるで夢でも見ているかのようにちぐはぐだ。
「ねぇ、メグ。俺、頭でも打ったかなぁ」
「どうして? 具合でも悪いの?」
「具合は悪くないんだけど、なんか違和感みたいなのがすごくて」
「違和感?」
目を丸くするメグである。彼女は何も感じていないのだろうか。
「なんか俺の知ってる札幌と違うって感じがしてならないんだよなぁ」
もっと大都市だった気がするんだけど。北海道の中心地だし。
ジッ――。
でもこんなもんだったかなぁ。
俺は目の前に現れたちっぽけな建物に「うーん」と唸る。メグはさっそくスマホで写真を撮り始めているが。確か時計台って、ビルが邪魔してきれいな写真が撮れないはずじゃなかったっけ。こんな何もないところにポツンと建っていたんだっけ……。
やっぱり違和感しかない。
「ねぇ、メグ。今日って何日だったっけ」
「本当に大丈夫? 具合悪いんじゃない?」
「いや、問題ないけど、なーんかぼんやりしてるんだよね」
俺はスマホを見て、唸る。五月二十日月曜日。元号が変わって……元号? ってなんだっけ。
「二〇一九年五月二十日ですよ、ぱぱ」
まさか元号の意味を訊くわけにもいかず、俺はこっそりとネットで調べた。が、元号は江戸時代で廃止された……なんて書いてある。おかしいなぁと思う。いや、俺の頭がおかしいのか。
ふと立ち眩みがして、俺は時計台前の広場に思わず腰を下ろした。
「ごめん、ちょっと休む。五分たったら突っついて」
「うん、だいじょうぶ?」
「わかんない。ごめん、メグ」
「いいよ、五分で良いのね」
「うん」
俺はメグに膝枕されながら目を閉じた。その途端、俺の意識は落ちていった。
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