WA-03-01:接続実験

大魔導と闇の子・本文

 翌朝早く、寝ぼけまなこのカヤリは小さな部屋に連れてこられた。部屋の入口で立ち止まったヴィーの表情は、カヤリが恐怖を覚えるほどに険しかった。

 部屋の中央には大きな灰色の椅子が一脚置かれていた。そしてその他には一切何もない、ただの白い部屋だ。椅子のあまりの不自然さに、カヤリは思わずヴィーの袖を握りしめる。

「あの椅子に座りな」

 ヴィーは感情のこもらない声でそう言った。カヤリはその威圧感に負けて、震える手を袖から離す。

「ヴィー、これは、なに?」
「座るんだ」

 ヴィーは入り口から動かない。カヤリは得体の知れない感覚に怯えていた。だが、唯一頼りにできるはずのヴィーに突き放されて、やむを得ず指示に従った。

 椅子に座ったその途端だった。

 カヤリの全身を何かが貫いた。痺れと痛みがつま先から頭の天辺てっぺんまで突き抜ける。歪んだ熱い金属が爪の間から内臓から背骨から眼球までを貫く。腹の中でのたうち回る。全身の至るところがぐちゃぐちゃになってしまいそうなほどの激痛だった。

 私の中で何かが……!

 胸の中心から全身に向けて鋭い何かが伸びていっている。

 カヤリは声にならない悲鳴を上げて、椅子から降りようと身体をねじる。しかしどういう仕組なのか、どれだけもがいたところで椅子から降りることができなかった。

「ヴィー! ヴィー! なに、これ! なん、なの、こ、れ!」

 絶叫の中、なんとか意味のある言葉を絞り出そうとするカヤリだったが、滲む視界に佇むヴィーは無表情だった。その虚ろな赤い目が、カヤリを絶望させる。

『我に――』
「わっ、何!? 何か聞こえる! 誰、誰なの……ッ!?」

 うめきのような、いびきのような、地鳴りのような。そんな音がカヤリの意識を内部から引っ掻き回す。それと同時に、カヤリの意識が熱を持ち始める。視界が赤く染まっていく。背中を向けたヴィーの姿が見えなくなっていく。

「やめて、やめて、やめてぇぇぇっ!」

 半狂乱になって泣き叫ぶカヤリを助けようとする者はいない。膨れ上がる何かが、カヤリの目を焼いていく。黒い瞳がに変じていく。

「あ……あ……あ……!」

 泡を吹き始めたカヤリを見て、さすがにヴィーは青くなった。

「中止だ!」

 ヴィーは部屋の入り口を開けて叫んだ。

「中止だと言っている!」

 もう一度叫ぶ。

 その声が聞こえた途端、カヤリの全身を蝕んでいた何かの力が雲散霧消した。しかしカヤリの全身は燃えるように熱くなり、見開いた目は水色に――文字通りに――発光していた。

 全身を震わせ、口を半開きにしたカヤリは、目を開けたまま気絶した。

「カヤリ! カヤリ!」

 駆け寄ったヴィーがその身体に触れようとしたが、その直後に大きく弾き飛ばされた。その際には火花と共に、バチンという大きな破裂音が響き渡った。ヴィーの聴覚が一時的に死ぬ程の大音量だった。

「くそっ、判断が遅すぎた!」

 頭を振って立ち上がったヴィーが悔しそうに呻いた。

「第一、こんなタイミングで接続実験だなんて無茶にも程がある!」

 吐き捨てたところで、入り口の扉が再び開いた。そこに立っていたのは、ハインツだった。ハインツは躊躇なく部屋に入ってきて、倒れているカヤリに向かって告げた。

「カヤリ、目を覚ませ」

 その無慈悲な言葉に、ヴィーは思わずハインツを睨んだ。

「この子じゃなきゃだめなんですか? カヤリはまだ小さな子どもです。そんな子を――」
「計画に変更はない」

 冷徹な回答に、ヴィーは拳を握りしめて顔をそむけた。

「ヴィー、これはギラ騎士団の総意だ。つまりは、総帥の御意志である。お前の意見の出る幕はない」
「その総意に、自分は入っていません」
「だからなんだと言うのだ?」

 ハインツは光のない黒い瞳でヴィーを見る。その虚無のあまりの圧力に負け、ヴィーはうつむいた。

「見てみろ、ヴィー」

 ハインツはカヤリを助け起こそうともセずに睥睨へいげいする。

「魔力が溢れている。素晴らしい。妖剣からの魔力抽出はうまくいきつつあるということだ」
「しかしハインツ様。大魔導とは言っても、この子の許容量はまだ小さいのです。こんなこと、そう続けられません。廃人になってしまう」
「だからなんだと言うのだ?」

 ハインツはまた同じ言葉を発した。

「廃人になろうが何だろうが、我らの命令を受け付けるだけの能力が残りさえすればそれで良いのだ。ちがうか? 二度、三度の成果など求めておらん。一度でも発動できれば、第二、第三のなど、いくらでも調達できるだろう。カヤリがダメになったとしても、後継がいればどうにでもなる。実験の試行情報は揃っているわけだからな」
「しかし、それではカヤリがあまりにも」

 ヴィーは言い募ろうとしたが、ハインツの影の瞳で見据えられて黙り込んでしまう。

「それではあまりにも、この娘が哀れである、か?」

 冷酷な瞳でヴィーを見つめて、ハインツは尋ねる。ヴィーは力の入らない身体で、懸命にうなずいた。それを見てハインツは声を立てて笑う。感情が全く含まれていない、機械的な笑声しょうせいだった。

「私はこの子に力を与えてやろうというのだ。そもそも、本来ならば二日前に失われていた生命に過ぎん。それを救い、この世界の真理の一端を教え、そして世界を変える力を与えてやろうというのだ。その過程でどうなろうが、たとえ死んでしまおうが、そんなことはどうでも良い。よしんばそうであったとしても、愚昧な人間たちの下らない生き様に比べれば、幾分かは充実した人生であると言えるだろう?」

 その傲岸不遜な言葉を聞いても、ヴィーは反論を言葉にできなかった。額を、頬を、冷たい汗が伝う。それは恐怖の現れだった。ハインツのまとへの恐怖が、ヴィーの根底にあった。

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