グラヴァードの前に現れたのは、黒衣の男――ハインツだった。
グラヴァードは全く無感動に、その姿を正面に捉えた。手にした剣が放つ光の量が、一段増す。
「グラヴァード」
ハインツが語りかける。
「我々の邪魔をする理由を聞かせてもらおうか?」
「一体何を企んでいる。あの闇の子に何をさせるつもりだ」
互いの疑問文がすれ違う。寒風が吹き抜け、空気を凍てつかせていく。
ややあって、ハインツが青白い病的な微笑を浮かべる。
「我々ギラ騎士団の究極の目的は、世界平和だよ、グラヴァード」
「世界平和だと?」
グラヴァードの右眉が跳ね上がる。
「人間兵器を作ろうとしておいて、世界平和だと?」
右手の剣が一層輝きを強め、わずか三メートル先にいるハインツの陰鬱な顔を浮かび上がらせる。美しい夜のエクタ・プラムを背にしたハインツの陰影は、まるで精巧に作られた人形のようだ。
「罪もなき子どもを殺戮者に仕立て上げようとしておいて、言うに事欠いて世界平和だと?」
「あの子は両親を殺めただろう?」
「よくも言う」
グラヴァードの氷の視線がハインツを射抜く。しかしハインツは動じるようもなく、ただただ佇んでいる。
「全ては貴様の差し金だと俺は見ているが」
「ははは、グラヴァード、買いかぶられても困る」
ハインツは芝居じみた所作で否定する。
「あの闇の子に目を付けていたのは確かだ」
「だからといって、陣魔法発動時にそこに居合わせるのは、もはや偶然とはいえないだろうよ、ハインツ」
「たまたまだよ、グラヴァード」
ハインツの目がギラリと光る。
「そもそも私にとって、時間も空間も、その隔たりは意味を持たない」
「ふん」
グラヴァードは剣を構えた。しかしハインツは身構えさえしない。泰然自若と後ろで手を組んで、じっとグラヴァードを見据えていた。
「私はあの子の能力開花をほんの少し手助けしたまでよ」
「手助け、か」
グラヴァードの目が戦列に輝いた。ハインツが姿を消した直後、その空間は青白い炎で焼かれた。
ハインツは音もなくグラヴァードの隣に現れて、言う。
「我々ギラ騎士団は、完全なる世界を求めている。そう、楽園をな」
「楽園だと?」
「そうだ。万人が争うことなく平等に生きる世界を実現すること。それこそが我々の目的だ」
「はっ」
グラヴァードは一笑に付す。
「その万人の中には、無制御しか含まれていないように思えるのだがな!」
「それの何がおかしい?」
ハインツは喉の奥で笑いながら、グラヴァードの言葉を肯定する。グラヴァードは眉根を寄せて、冷たく鋭い表情を生み出す。
「グラヴァード、我らの理想に迎合しろ。我らとともに、完全なる世界を実現させようではないか」
「そんな偽りの楽園に、用などない」
「偽り?」
心外だと言わんばかりにハインツは目を見開く。グラヴァードは氷の視線でそれを受け止める。ハインツはやや熱のこもった口調で続けた。
「世界は魔神と紫龍の力で浄化平定されるべきなのだ。我々無制御が、あるべきカタチへと、完全なるカタチへと、世界を導く。それこそが我々の存在意義なのだ」
「愚か――」
グラヴァードはハインツから距離を取って剣を構えた。全身から白いオーラが噴き上がる。
「愚かだぞ、ハインツ。俺たち無制御は、そうであるからこそ、日陰から出てはならんのだ!」
「ならば!」
ハインツの雷鳴のような声が雪原を揺らす。
「ならば貴様は、愚昧な連中が連綿と殺し合いを続ける世界を、この世界を、良しとしろというのか! 卑陋な政治ごっこをしているさまを眺めていろと!」
「それの何が悪い」
グラヴァードは冷淡に言い切った。ハインツは黒衣をはためかせながら、病的な笑みを見せる。
「さて、グラヴァード。我々の力をぶつけあうにしても」
「この場では避けたほうがよさそうだな」
「賢明だ」
ハインツは喉の奥でクックッと笑い、姿を消した。残されたグラヴァードは、ゆっくりと剣を鞘に戻す。それでようやく周囲に夜と冬が戻ってきた。
「くだらんな」
グラヴァードはうんざりとした口調で吐き捨てた。
「実にくだらない」
理想の世界、楽園――。
グラヴァードは首を振った。
「……なるほど」
グラヴァードの周囲が、分厚い結界で覆われた。
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