間違いないな――イレムは確信する。先程までの攻撃魔法の威力と精度、そしてこの剣さばき。そして現在のディケンズ辺境伯領を巡るアイレス魔導皇国の立ち位置。それらを総合すると、この目の前の男は、神帝師団と並び「最強」と称される、銀の刃連隊の構成員だ。
「相手に不足はなさそうだな」
黒騎士が感情を込めずにそう言った。イレムは「奇遇だな」と笑みを見せる。
「俺もそう思っていたところだ」
言葉が終わると同時に二人は激突する。剣撃だけでも異次元の領域だったが、そこに短距離瞬間転移魔法による機動力、一撃必殺の攻撃魔法と殲撃が乱打され、もはや人知を超えた戦いとなっていた。
アルディエラム中央帝国最強の騎士と、アイレス魔導皇国最強の騎士。双方ともに一歩も退くことがない。技量面では完全に互角であった。
しかし、決定的な差が一つあった。
イレムの体力である。イレムは先程から続く戦いの結果、その体力の大半を消耗していた。だがその一方で、エリシェルには消耗の様子がない。妖剣テラが戦死者や負傷者の生命エネルギーを吸い上げ、延々とエリシェルに供給していたからだ。
「そろそろ決めさせてもらう、神帝」
「そりゃこっちのセリフだぜ、黒騎士」
イレムは剣を下段に構え、切っ先に魔力を集中させ始める。一撃必殺の攻撃を放とうという算段である。それを見抜いたエリシェルは、妖剣テラの力を発動させて周囲に結界を張り巡らせる。
だが、その戦いは唐突に終わる。
二人のちょうど中間地点に魔力が凝集するや否や、大爆発を起こしたのだ。完全に虚を突かれる形となった二人は、為す術もなく吹き飛ばされる。しかし二人は相応のダメージを負いながらも、一瞬後には立ち上がっていた。
「なんだなんだ?」
イレムは爆発で生じた土煙が晴れた先に、暗黒の甲冑を纏った女性を発見する。
「この戦いは――」
水色の瞳の女性――カヤリは、二人をゆっくりと見回しながら告げる。
「まったくもって無意味。無駄に命を削り合う必要などないのでは?」
イレムは指先一つ動かせなくなっていることに気が付く。
俺が本能で恐れているとでもいうのか?
身動きできないのは魔法の力によるものではないことは明らかだった。その原因は、つまり、恐怖だ。カヤリには勝てないと、イレムは本能で悟っていた。
「神帝師団と銀の刃連隊。貴重な無制御の騎士たちが、こんな無益な戦いで殺し合う必要はない」
「無意味ってわけじゃねぇと思うがね」
イレムは恐怖を押し隠しながら言う。
「銀の刃連隊だと知れたらなお、だ。アルディエラム中央帝国の神帝として、ここで剣を引くことは許されないんだよなぁ」
「無駄死にとわかっていても?」
「ばっか。主人公は死にやしねぇってことになってんの。どんなピンチに陥ってもな」
イレムは精神力を総動員して、大剣を構え直した。それにより、イレムの中に冷静さが戻ってくる。しかし、カヤリはその水色に輝く氷のような瞳で、冷淡にイレムを眺めている。
「あなたほどの実力があったとしても、妖剣テラを手にした彼に勝つことは不可能。それは自明なこと」
「やっぱりあれが悪名高い妖剣テラ様か」
イレムは興味深げに黒騎士エリシェルの持つ赤黒い大剣を見つめる。
「なるほど。魔剣ウルをもってこいって話か」
イレムの問いかけに、カヤリは少しだけ口角を上げた。
「二振りの剣は黙っていても引き合うようになっている。魔神ウルテラが十分に力を蓄えたのなら、そのときに二振りの剣は否応なしに再会うようになっているのだろう」
「魔神の力は運命の力、ってか」
「その通り。魔神に抗える者はさほど多くはないだろう。あなたのような無制御でもまた然り。しかしあなたは、引き合う二振りの剣の間に立ってしまっただけにすぎない。あなたが死ぬ理由は――」
「だから」
イレムが抗議の声を上げようとしたその時、カヤリの背後でエリシェルが動いた。
「邪魔をするな」
「ふっ」
カヤリはエリシェルに向かって地面が抉り取られるほどの衝撃波を放つ。突進を止められたエリシェルに、カヤリは四方八方から電撃魔法を撃ち込んだ。エリシェルは妖剣を掲げてそれらを防ぎ切るが、カヤリは攻撃を終えると同時に姿を消した。
代わりに、空が燃えた。
半径数百メートルにもなる火球が、突如上空に出現した。
「陣魔法かっ!」
エリシェルとイレムが同時に空を見上げて声を上げた。ふたりとも、このレベルの魔法を目にしたことはない。圧倒的な殺戮力を有する陣魔法、その中でも恐らく最高位に属するであろう魔法だということは容易に察しがついた。
その超巨大火球は、イレムたちにではなく、ディケンズ軍の只中に落ちた。強大に過ぎるエネルギーの発生により、周囲にはプラズマの嵐が吹き荒れた。カヤリによるたったの一撃で一千を優に超える兵士が文字通りに蒸発した。負傷者はそのニ倍、あるいは三倍にもなるだろう。
その一撃でディケンズ軍だけでなく、帝国軍の士気も完全に失われた。周囲は灼熱の地獄絵図である。
「致し方ない」
エリシェルは妖剣を収めると、イレムを一瞥してから姿を消した。
イレムも大剣を収め、鋭い目で赤く溶けた大地を見やる。
「警告はしたぞ、ってことかな」
圧倒的な力だった。もしあの火球がイレムたちのところに落ちてきていたら、さすがのイレムでも逃げ切れたとは思えなかった。
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