DC-19-01:罪咎の源泉

治癒師と魔剣・本文

 ディケンズ領の領民および兵士たちは約百万にもなる。その尽くが数時間のうちに消えた。しかし、対価としてはまだ足りぬ――魔神ウルテラはそう言ったというのか。

 クォーテルは応接用ソファに腰を下ろしているバレス高司祭を睨む。

「百万だぞ、バレス高司祭。魔神の封印を解くために、我々は百万者帝国臣民を犠牲にした。それだけのにえささげてもなお、あの化け物はまだ足りぬと言ったのか!」
「ええ」 

 バレスは何の罪悪感も感じていない、そんな表情と声音で応じた。クォーテルは握りしめていた羽根ペンを机に叩きつけ、その後で自身の掌で押しつぶした。

の時代を終わらせるために魔神ウルテラを復活させたというのに、これでは我々が罪人ではないか!」
「落ち着きましょう、クォーテル聖司祭。もはや状況は動き出し、もはや状況を止めるすべはない。百万で足りぬなら、二百万。二百万で足りぬなら三百万。無制御を駆逐するためならば安い犠牲でしょう」
「バカなことを言うな、バレス高司祭!」

 クォーテルは激昂げきこうしたが、バレスはまるで平気な表情だった。

「そもそも我々が何もしなかったとしても、魔神ウルテラはそう遠くない未来に復活を遂げたのですよ、クォーテル聖司祭。それにそうなった場合、あれは何の契約も制約もなしに無軌道に暴れ、より多くの被害を生み出したでしょう。災害のようなものですよ。それに比べれば、今の状況はまだ我々の制御下、想定の範囲内にあるのです」
「百万だぞ!」

 クォーテルはまた机を拳で叩いた。老人とは思えぬ力で殴られた天板から、陶器のカップが落ちて割れた。

「それを想定の範囲内というのは――!」
「百万も二百万も、もはや罪の大きさでは変わりますまい?」

 バレスは見せつけるように足を組む。

「愚民の数百万を失ったところで、忌々しきが殲滅されるのであれば、実に安い投資ではありませんか」
「正気か、バレス高司祭! 悪魔にも等しい行いだ」
「百万の犠牲を承認したあなたがおっしゃいますか」

 鼻で笑うバレス。

「龍の英雄の末裔だかなんだか知りませぬが、奴らの存在こそ、平等なる平和な世界を目指す我々にとっての足枷あしかせ。違いますか」
「それは認める、だが」
「ご心配なく。ご安心なされよ、クォーテル聖司祭。私が完全なる世界を実現してみせますから」

 バレスは立ち上がると、ゆっくりとクォーテルの前に移動してきた。クォーテルはバレスの目に狂気をみとめ、咄嗟に魔法障壁を張り巡らそうとする。

 だが、それはわずかに間に合わなかった。バレスはクォーテルに触れずに、しかし、クォーテルの首を絞めていた。不可視の手である。その腕が持ち上げられると、クォーテルの身体も宙に浮く。

「お忘れですか、クォーテル聖司祭。あなたの最大の過ちは、臆病であったことです。自身の保身を考え、私を魔神との契約者に仕立て上げた」
「バレス、きさま……!」
「あなたにしてみれば、魔神の力を得つつ、政敵も排除できるという目論見もくろみだったとは思いますが、残念でしたな」

 バレスはクォーテルの喉元に衝撃波を放った。ぐしゃっという音と主にクォーテルの首の骨が砕けた。バレスはそのままクォーテルの死体を床に落とし、狂気の笑みを見せる。

「あなたほどの人物ならば生贄十人分くらいにはなるでしょうな」

 そう呟いた時――。

「なるほどねぇ」
「誰だ!」

 振り返ったバレスは、さっきまで自分が座っていたソファに悠然と座っている騎士を見た。バレスにしてみれば、ファイラス共々よく知っている顔である。

「バレスのおっさんと、クォーテルのじーさん。最初から最後まで、あんたらがこの一件の黒幕だったってぇわけだな」

 神帝アイディーの騎士、イレムがゆっくりと立ち上がった。

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