DC-18-06:魔神光臨

治癒師と魔剣・本文

 空は一面の白だった。白い空がひび割れ、その亀裂からは赤い光が漏れ出ていた。凶々しいとも神々しいとも言えない。だが、畏怖すべきものであることは確かだった。ファイラスもイレムも言葉もなくただ空を見上げている。

 その空の下で、ケーナとエリシェルは未だ獰猛に刃を交えている。剣が音を立てるたびに、天の亀裂がひろがっていく。

 天が裂ける。光の雨が降り注ぐ。あまりの眩さにファイラスたちは手をかざす。

「あれは……!?」

 ファイラスが声を発する。白い空から黒い何かが降りてきていた。人型で、両手には巨大な赤黒い輝きを放つ剣をたずさえている。さながら魔剣と妖剣だとファイラスは感じた。

 凄まじい魔力の奔流ほんりゅうに押し流されそうになりながら、ファイラスはケーナたちを見て、絶句した。

「ケーナと黒騎士が消えたぞ!?」
「なんだって」

 イレムも巨人から目を離して周囲を見回す。

「消えた、というより、あの巨人に吸収されたのかもしれねぇな」
「巨人……あれが魔神」
「ウルテラだろう」

 イレムは「どうしたものか」と軽口を叩いたが、その表情には余裕はなかった。

「ケーナはあいつに」
「多分な。あの両手の剣、魔剣と妖剣そのものだ。でかすぎるけどな」

 人間の身の丈の十倍はある、その巨人の剣である。そして纏う甚大な魔力。その全てがあらゆる異形の中でも別格なのだと思い知らせてくる。

 巨人――魔神ウルテラは、全身甲冑を着込んだ騎士のような出で立ちだった。その面頬の隙間から赤い光が漏れている。そして見ているうちに背中から巨大な暗黒の翼が生じてくる。

「さすがの俺も、こいつぁ倒せる気がしねぇぜ」
「あたりまえだ。龍の英雄ですら六人がかり。それでも封印にとどまったんだ」
「だからといって絶望はしねぇよ、俺は」

 イレムは軽快に言い、大剣を構えた。魔神ウルテラもそれを認識したのか、ゆっくりと顔を巡らせる。

「しかし、ここはどう仕掛けるべきか――」
「なにをしている!」

 その時、ファイラスは信じ難い人物の声を聞いた。今もっとも聞きたくなかった声である。

「バレス高司祭、なぜここに」

 バレスはさっきまでケーナたちが戦っていたあたりに姿を見せていた。イレムがやろうと思えば秒殺できる間合いだ。だが、バレスには全く何の危機感もうかがえない。バレスは勝ち誇ったようにファイラスを見て、そして魔神に向き直った。

「魔神ウルテラ。にえは十分に捧げられたはず。契約の履行を」
『足りぬな』

 天地を揺るがすほどのその声に、イレムとファイラスは耳を塞ぐ。精神が汚染されそうなほどの悪意がそこにはあった。

「なれば!」

 バレスはイレムとファイラスを手で示す。

「そこにいるどもを食らうがいい!」
「人外たぁ、ご挨拶じゃねぇの」

 イレムが言うが、バレスは相変わらず余裕綽々のていだ。

 魔神ウルテラはゆっくりと剣を振り上げた。

の末裔か』

 魔神の両手の剣が地面に叩きつけられる。あまりの衝撃に地面が揺れた。跳ね上げられた土砂は、それだけでもはや凶器だった。石橋も完全に崩れ落ちる。バレスはその寸前に姿を消していた。

「世話の焼ける……」

 死んだ、と思ったファイラスは、その声に目を開ける。あの黒衣の女性、カヤリが無表情に立っていた。その隣にはグラヴァードもいた。ファイラスは尻もちをついた格好だったが、やや引きつり気味に立ち上がって尻を払う。

「イレムは!?」
「あそこ」

 カヤリは城壁を指さした。その上に人影がある。どうやらイレムは自力で脱出できたらしい。

 今ファイラスたちは城の外にいた。魔神は城内、イレムはその境界線上にいる。

 魔神は翼を広げると、そこから幾条もの光を放った。それは城壁を容易く溶解、粉砕する。イレムは防御を諦めて逃げに徹しているようだ。たしかにあんなでたらめな威力の技を防御するのはリスクが大きい。それに一度防げば終わりというものでもない。攻撃の糸口が掴めない以上、防御はデメリットしかなかった。

「くそったれめ!」

 魔神から逃げるために転移を繰り返してファイラスたちのところへとやってきたイレムが、思わず怒鳴る。

「グラヴァード!」
「なんだ?」
「奴をどうにか出来ねぇのか」

 イレムは額に汗を浮かべながら尋ねる。ファイラスには一目でわかったが、今のイレムにはただ立っているだけの力も残されていない。気力でどうにかしている状態だ。

 グラヴァードは数秒思案した後に応える。

「この空間を切り離せば、あるいは」
「空間を切り離す?」

 ファイラスの言葉に、グラヴァードとカヤリは同時に頷いた。カヤリがグラヴァードに代わって口を開く。

「この次元に顕現してしまった以上、この次元の、この世界の物理法則には逆らえない。この領域を結界に囲い込めば、少しは時間が稼げる可能性がある」
「できるのか、グラヴァード」
「不可能ではない。もっとも、何分持つかわからんが」

 その時、グラヴァードは右手を上げて魔法の盾を展開した。直後、魔神ウルテラの放った光が命中する。数秒の攻防の末、魔神の光が雲散霧消うんさんむしょうする。

「すげぇな」

 容易く無効化してみせたグラヴァードに、イレムは躊躇ちゅうちょなく賛辞を送った。

「あんたでも魔神ウルテラは倒せないのか」
「無理だな」

 即答するグラヴァード。

「だが、よかろう。は、俺に任せておけ」

 グラヴァードは剣を抜き、迫りくる魔神ウルテラに正対した。

「カヤリ、二人を送れ」
「かしこまりました、グラヴァード様」

 カヤリはそう言うと、問答無用でイレムとファイラスの腕を捕まえる。イレムは慌ててその手を振り払おうとしたが、何故か力が入らなかった。

「どこに飛ばす気だ!?」

 イレムは尋ねたが、カヤリは答えなかった。

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