DC-19-02:成敗

治癒師と魔剣・本文

 イレムの纏っている威圧感は凄まじいものがあった。その眼力に、さしものバレスも身がすくんだ。しかしそれでもなんとか机の後ろに逃げ込む。クォーテルの死体を踏みつけながら。

神帝師団アイディーの一人として、この事態は看過できやしねぇのよ、おっさん」
「くそっ」

 バレスは一時的に身体能力を高めると、机を飛び越えてイレムの横を走り抜けた。イレムは慌てる様子もなく、腕を組んでバレスの背中に視線を突き立てる。

 バレスが扉を開けようとしたその瞬間、扉の目の前にファイラスが姿を見せた。カヤリの魔法で姿を隠していたのだ。クォーテルが殺害される際にファイラスは動こうとしたのだが、カヤリによって拘束されて動けなかった。

「逃げられると思うなよ、バレス」

 ファイラスはそう言うなり剣を抜いた。イレムはクォーテルの机に腰掛けて見物の体勢だった。前後を挟まれたバレスは、壁の方へとジリジリと動き始める。

「私を殺したら、魔神ウルテラは暴走するぞ」
「殺してみなければわかるまい?」

 ファイラスの黒い瞳が物騒に輝く。手にした剣も燭台の灯を受けて、濡れたように光る。

「今すぐ魔神をどうにかするか。それとも今ここで正義の裁きを受けるか。選ばせてやる」
「私は魔神ウルテラの主。おまえごとき――!」

 バレスはそれ以上続けられない。喉元にファイラスの剣が突きつけられたからだ。わずかに皮膚が切れ、血がにじむ。

の話をしているんじゃない。どうするかといているんだ」
「私を殺しても何も解決などせん。ならば私に協力するのが賢明と思うが」
「断る」

 ファイラスは微動だにせずに言った。

「ケーナを犠牲にした貴様を、俺はゆるさない」
「あ、あの娘は死ぬ運命にあった! 私がニ年もの余命を与えてやったと言っても良いのだぞ、ファイラス!」
「その点だけは感謝している」

 ファイラスは無表情に言う。

「だがな、納得はしていない」

 ガッと音を立てて、壁に剣が突き刺さる。バレスの顔すれすれの位置を、ファイラスの剣が貫いていた。バレスは腰を抜かしてへたり込む。ファイラスは容赦することなく、その頬に剣を当てる。

「ケーナを返せ」
「む、無茶を言うな! あの娘のことは間もなく全ての人間の記憶から消える! そうすれば、お前の中からもあの娘は消え、なにもなかったことに――」
「黙れ、バレス!」

 ファイラスの怒声が響く。

「ケーナの存在をなかったことになどさせない。絶対にだ。お前が主だというのなら、魔神に言え! ウルテラに命じろ! ケーナを返せとな!」
「無理を言うな!」
「ならば死ね!」

 ファイラスは今まで感じたことのないほどの憤怒ふんぬを覚えていた。そして身体が勝手に動き、バレスの脳天を叩き割ろうとする。

「待て、聖騎士」

 その動きを止める力があった。ファイラスでは到底、こうない強大な力だった。バレスの頭を叩き割る寸前で、長剣が激しく震えている。

「なぜだ、どうして止める」

 ファイラスは背後に現れた気配に尋ねる。

「この人間を殺したところで、あの娘は戻ることはない」
「どのみち同じなら、俺が裁く」
「あなたは聖騎士になる人間。恨みで人を裁いてはならない」
「だが、俺はこの男をゆるせない」

 ファイラスの言葉にカヤリはわずかに眉根を寄せた。

「私にはその気持は理解できない」
「ならば大魔導、あなたはこの男を」
「赦す、とは一言も言っていない。罪は悉皆しっかい裁かれねばならない。そしてその男に相応ふさわしい刑がある」
「相応しい?」

 カヤリの冷静な口調に、ファイラスの頭も少し冷えてくる。カヤリは頷いて、はっきりと口角を上げた――笑ったのだ。

「魔神の生贄となってもらう」
「それは、そんなことは!」

 バレスが一瞬で取り乱し始めた。

「私は支配者となるべき男だ。その力を持ち、その運命にある者だ! 世界をこの手で完全なものにすることこそが、私の使命!」
れたこと言ってんじゃねぇぞ?」

 イレムがへたり込むバレスの眼の前でしゃがみ込む。その重甲冑の威圧感に、バレスはすっかり震え上がっていた。

「ものすごい数の犠牲者を出しておきながら、てめぇはてめぇの生命の危機に震えている。身勝手な話だよなァ!?」
のいない未来を夢見て何が悪い!」
「だったらさ、あんた一人でいなくなりゃよかったんだよ! あんたのゴミみてぇな大義名分のために、不満もなく慎ましく生きていた人間が百万? 百万も犠牲になった? てめぇに何の権利があってそんなことが出来たってんだ!」

 イレムが凄む。バレスは首を振る。

「私は自らを生贄になど……」
「あなたの――」

 カヤリは冷然とバレスを見下ろしている。

「あなたのなんて、どうにでも変えられるから」

 カヤリは再び微笑んだ。それは美しくも残酷な微笑だった。

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