DC-18-05:タイムリミット

治癒師と魔剣・本文

 その瞬間、夜の闇が駆逐された。それほどの光が空を焼いた。

「させません!」

 ケーナがエリシェルの剣を受け止め、弾いた。完全に虚をつかれたこともあり、エリシェルはやむなく二歩後退する。ケーナはそれに合わせて進み、エリシェルを押していく。

「ファイラス様! いまのうちにイレム様を!」

 ケーナにはそう叫ぶ余裕さえあった。そのスピードだけではない、パワーでも、ケーナはエリシェルに勝っていた。ファイラスはイレムのところへ駆け寄ると、そのまま治癒魔法を行使する。砕けた膝が見る間に再生していくが、再生には激痛が伴う。イレムは思わず呻くが、それでも奥歯を噛んで耐えた。

「ケーナは身体の中に魔剣を取り込んでいるようだからな。外付けの黒騎士よりも魔神の力が引き出しやすいのかもしれないな」

 不覚を取ったことを悔やみつつも、イレムは冷静だった。イレムもファイラスも、周囲の魔力がありえないほどの密度にまで高まっていることに気が付いていた。それはもう、息苦しいほどだ。

「イレム、見てみろ」

 ファイラスは自分たちの背後を示す。そこには大量の武具が落ちていたが、人間はただの一人もいなかった。文字通り、。城側にいた兵士たちも同様だった。この空間に今いるのは、ファイラス、イレム、ケーナ、そして黒騎士エリシェルだけだ。明らかに何らかの異常事態が起きていた。

「妖剣と魔剣がぶつかったから、か?」
「だろうな」

 イレムの問いにファイラスは頷く。

「打ち合いと共に段階的に消えていった」
「ちっ」 

 ケーナとエリシェルが剣をぶつけ合うたびに、周囲の魔力密度が跳ね上がっていく。この魔力の影響範囲がどこまで拡大するかはわからない。場合によっては国が滅ぶ。何しろ相手は魔神ウルテラ。大陸全土を覆い尽くす程の力を有していたとしても何ら不思議はない。ファイラスとイレムは顔を見合わせる。

 ケーナとエリシェルはまるで獣のように撃剣を繰り広げている。まるで自我を失っているかのように、とにかく相手を仕留めることしか考えていない獰猛な戦い方だった。感じられるのは闘争本能だけだ。

「こんなクソデタラメな力、元老院のジジイどもはどうしようってんだ!」

 イレムは怒鳴り、ようやく立ち上がる。もはや動き回る分には支障がないほどに回復していた。

「さすがファイラス。砕けた膝すら一瞬か」
「結構疲れるんだぞ。気を使うし」
「さて、と。もう一戦」
「やめろ、イレム。いくらお前でもあの二人の間に入るのは無理だ」

 ファイラスの冷静な言葉を受けて、イレムは首をゴキゴキと鳴らす。

「不可能を可能にするのが主人公だろうがよ」
「無茶なもんは無茶だ!」
「んなことはわかってる」

 イレムは重量大剣を持ち上げる。

「それでもよ、俺様はこの状況を手をこまねいて見ているわけにはいかねぇのよ」
「だからといって無駄死にしていいはずもなかろうが!」

 ケーナとエリシェルの打ち合いの音を聞きながら、ファイラスは説得する。

「そもそも、これだけの力を、バレスや元老院、あるいはアイレスの連中が、どんなふうに制御しようとしたと思う」
「わからねぇな。だが、こういうもののセオリーとして、生贄ってセンはあるだろうな」
「ああ。つまり、契約を結ぼうというわけじゃないか」
「契約ぅ?」
「封印は解いてやる、対価も払ってやる。その代わりその力を都合よく使わせろ。そういう契約をする糸口を掴んだんじゃないのか」
「あるいは――」

 イレムは鋭い目で戦いを見守りながら顎に手をやった。

「それができるかのように、魔神ウルテラにか、だ」

 それだったら最悪だがな、と、イレムは付け加える。

「魔剣と妖剣がこうしてぶつかることも、全部魔神ウルテラの導きな気がするな」
「甚大な魔力放出の鍵は、魔剣使いと妖剣使いの戦いにあったのかもしれんな」

 ファイラスは苦しげに言った。魔力密度が上がりすぎて、もはや息をするのも一苦労だ。頭が痛み始めたほどだ。

「ファイラス、どうやら」
「時間切れ、か」

 イレムはどこか飄々とした表情、ファイラスは絶望的な表情を浮かべて、暗黒の空を見上げた。

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