05-002「シルス・マリアにて思索せん」

Aki.2093・本文

←previous episode

> op = "Sils Maria"
> Operation oprt = new Operation(op)

 そんな機械化人間ワイスドールたちを横目に見つつ、話はまとまったかと、アサクラは尋ねる。エメレンティアナは微笑みつつ姿を消し、アキは「おもしろくないなー」と言いつつも頷いた。ミキはそんなアキを目を細めて見つめている。ヒキはと言えば、「バックアップの準備に入るわ」と言いつつ、制御室を出ていってしまった。

「ミキ、メンテナンスは十分か?」
「もちろん。ネット周りも大丈夫だろう。アヤコの報告見てないのか」
「異常なしとしか上がってないからな」
「なら問題ないだろうさ」

 ミキは挑発的に腕を組む。白髪が揺れる。

「ならばよし。では、案内しよう」
「案内?」

 アキとミキの声が重なる。アサクラは立ち上がると、卒塔婆のように立ち並ぶ演算装置たちの方へと歩を進めた。あと一歩で転落防止柵に到達するという所で、アサクラは振り返る。

「アサクラさん、何をするつもりだろうね?」
「さぁ……」

 二人が囁き合っていると、アサクラは「こっちへ来い」と短く言った。二人の機械化人間ワイスドールは「ああ、そういうこと」と納得して歩き出した。アサクラまで二メートル弱という所に到達するや否や、演算装置の群れに向かって、床が滑り始めた。アキもミキもふらつくような失態は犯さなかったが、何もない空間を床が滑っていくこの様子には、強烈に違和感を覚えた。

「なにこの仕掛け」
「旧軍の使っていた装置をそのまま使わせてもらっている。移動しているように思っているかもしれないが、座標を見てみろ。一つも変わっていないだろう?」
「……ほんとだ」

 アキは「どゆこと?」とミキを見た。ミキは「移動してないってことだろ」と思考を放棄したような回答をしてくる。

「つまりということだ」
「……いつの間に」

 ミキの声が乾いていた。アキは意味が分からず、頭上に「?」を浮かべては消す作業に没頭している。

「この場所こそが、この世界の真理なのかもしれんな」

 アサクラは近付いてくる巨大な卒塔婆――演算装置を見上げながらそう呟いた。

「ここって、こんな仕組みだったのか」
「あのー、ミキさん? あたし、全然状況わかんないんだけど」
「お前、案外アホの子だな」
「アホの子……」

 少なからずショックを受けるアキ。ミキはそんなアキの黒髪にぽんぽんと手を置きながら、喉の奥で笑った。

「つまりだ。論理層と物理層の境界線ボーダーラインなんて、そもそもないのかもしれないなっていう話だ」
「はぁ?」

 アキは間抜けな声を出す。ミキはこれ以上ないくらいにわざとらしく肩を竦めた。

「特にアタシたちなんかは、論理と物理の境界線に立ってるような存在じゃないか。いわば、双方の玄関口ゲートウェイだ。それにそこいらの人々だって電脳化が進んでいるし、そこでだってアバターを始めとするネットワークギミックが領域の区別なく使われている。現に、ネットを強制遮断された人々は、その瞬間に何もできなくなったんだ。ネットと現実、論理と物理、その境界線なんて、その実体はひどく曖昧なものだったのかもしれないなって、アサクラはそう言いたかったのさ。だろ?」
「そうだな」

 アサクラは短く肯定する。それと同時に床は降下を始め、やがてその巨大な塔の基部へと辿り着いた。

「なるほど」

 一拍以上の間を置いて、アキが合点した。「遅いよ」とミキは苦笑するが、アキは構わず両手をぽんと打ち合わせた。

「わかった。つまり、現実……物理のレイヤだって思っていたものと、論理のレイヤだって思っていたものって、そもそも一つなんだ。人間の認識力というプロトコルが、だんだんと拡張エクステンドしていった結果が今で、その今に至ることは、人間固有のプロトコルがまだ貧弱だった時代の頃にはすでに決定されていたって、そういうわけだ」
「なんだ、いきなり理解して」

 ミキは思わず突っ込んだ。アキは少し胸を張る。

「神は賽を振らない。つまり、神は最初からそうあるべくしてこの世を創造したって、そういうことでしょ。運命論みたいな感じがするけど」
「あるいは、幾度もの繰り返しの途上にあるだけかもしれんがな」

 歩きながら、アサクラが言った。ミキが鼻を鳴らす。

「ツァラトゥストラはかく語りき、じゃあるまいし」
「永劫回帰のヤツだっけ?」
「そうだ。仏教的思想にもよく合う」

 ミキはアサクラの背中から目を逸らさぬままにそう付け足した。アキは「ふぅん」と気のない返事をしつつも、鼻歌でも歌いそうな勢いでアサクラの後ろをついていく。

「この先に何があるの?」
「この演算装置はな、シルス・マリアと名付けられている。運命論的じゃないか?」

 アサクラはシルス・マリアの壁に設置されたコンソールを操作しながら、皮肉な口調でそう言った。シルス・マリアとは、フリードリヒ・ニーチェが永劫回帰の啓示を閃いたインスピレーションの地である――という情報をアキは見つけ出す。

「なるほど」
「確かに運命論じみてて嫌味な感じだ」

 シルス・マリアの内部には、巨大な空間があった。内部は一辺二十メートルの完全なる立方体だった。高い天井の上に、量子演算装置の本体があるのだろうが、アキたちからは確認することができなかった。

「で、この部屋に何があるっていうんだ?」
「慌てるな」

 アサクラがミキにぞんざいな口調で言った。ミキは唇をひん曲げて腕を組む。

「山ほどある演算装置の類は、俺が桐矢に言って国内外を問わず集めさせたものだ。だが、このシルス・マリアだけは違う。俺がここを拠点にしたのは、これがあったからだ」
「おいおい。シルス・マリアにもあの博士が噛んでるんじゃないだろうな」
「そっちの博士ではないな」

 アサクラが即座にミキに切り返す。ミキは「まさか」と目を見開く。

「そうだ、八木博士の方だ」
「マジかよ……」

 ミキが呟く傍らで、アキがまた「?」を飛ばしている。

「アタシらの設計者がこいつを創った。ってことは」
「わかった! あたしたち用に何か仕掛けがあるってことだね!?」
「その通りだ」

 アサクラは肯く。

「お前たちのメンテナンスを行うためにも、この設備は必要不可欠だった。何億ピースものパズルをさせられている気分だったことに変わりはないが」
「そりゃご苦労さん」
「おつかれさま」

 二人のねぎらいを受けても、アサクラは表情を変えない。アサクラとミキの視線がぶつかった。

「で? アタシたちにここで何しろって?」
「GSLの迎撃だ」
「……そう来ますか」

 アキはようやく状況を理解して、手を打った。ミキは「調子狂うからやめーや」とアキの背中を叩く。不満そうにミキを見上げるアキを無視し、ミキは腕を組んで仁王立ちをしながら淡々と状況を解析した。

「世界各地から迫る八体のGSLを撃破殲滅。然る後に、最後のGSL、深淵なるものと接触コンタクトしろと。そういうわけか」
「オーケー」

 アキが首を回し、伸びをする。

「なんか全然よくわかんないけど、とりあえず迫ってくるのをボコればいいってことだね」
「そういうことだ」

 アサクラは無感情に肯定した。

「奴らの座標認識能力を破壊クラックする。長谷岡、八木、両博士の目論見が俺とカタギリの予測通りであれば、それで作戦の初動はこちらが取れる」
「……あのさ」

 アキが頬を引くつかせながら言った。

「まとめて八体相手させるつもりじゃないよね?」
「時間がない」

 アサクラのその言葉が答えだった。

 マジかよ、とミキが呻く。アキは両手で頭を掻きむしって「むちゃくちゃだー!」と声を上げる。しかしアサクラは冷静だった。

「物理戦闘では限界があるかもしれないが、論理戦闘ではまだこちらに分がある」
「二対八でか?」
「こちらの全演算装置でバックアップに入る。それにここを使った論理戦闘であれば、アカリとカタギリが参戦できる」
「なるほど」

 ミキは腕を組んで高い天井を見上げる。そしてまた、何もない殺風景な部屋を見回して最後にアサクラに視線を固定する。

「四対八。それに加えて舞台設定はこっちで好きにできるというわけか。それで不利を補えと」
「そういうことだ。細かいチューニングに関してはカタギリが全て行う。だからお前たちは気にする必要はない」
『そういうことだ』

 声が降ってくる。カタギリのものだ。

『時間がない、始めよう。アサクラはバックアップに回れ』
「わかっている」

 アサクラは白衣のポケットに手を突っ込みながら、シルス・マリアから出ていった。出口が音もなく閉ざされる。ほんのりと明るかった空間が、突如暗転する。

「さぁて」

 ミキの声が聞こえた。

「どんなステージが待っているのやら」

 そう言った途端――。

V2VsY29tZSB0byAiU2lscyBNYXJpYSIgIEkndmUgYmVlbiB3YWl0aW5nIGZvciB5b3Uu

→next episode

コメント

タイトルとURLをコピーしました