> openLogicalDomain(GSLs, friends)
アキとミキは同時に目を細めた。瞳孔が音を立てて小さくなり、虹彩の縁がカタカタと回る。
「なんだここ」
「んー。カタギリが用意した舞台だろうさ」
二人は地上三十階程度のビルの屋上に立っていた。周囲にも同程度の高層ビルが林立しており、まるでどこかの大都市のようだった。
「どこの街をモデルにしてるんだろ」
「砂漠化しているな」
見下ろしてみれば、確かに道路は砂に埋もれ、遠くにも砂丘のようなものが見える。それらは日光に照らされて、悪趣味な金色に輝いている。人のいる様子はなく、しかし、戦火に焼かれた様子もない。これはカタギリの記憶か何かによるものなのだろうかと、アキは考える。
「お待たせ」
「アカリ!」
ブロックノイズから飛び出してきたのは、頭のてっぺんから爪先までを戦闘用甲冑に身を包んだアカリだった。その手には全長十メートルにも迫る巨大な火器を持っている。
「それってお前、戦車砲かなんかじゃないか」
「ご明察。戦中に開発中止になった65口径120mm滑腔砲、八一式SBよ。データを拝借して論理構築させてもらったの」
フルフェイスヘルメットの奥で語るアカリの声は、指向性のスピーカーでも搭載しているのか、アキとミキにはよく届いた。
「やれやれ」
ミキの全身にもいつもの火器が出現した。計六門もの長砲身の武装である。ミキにしてもアカリにしても、その威圧感は半端なものではない。
『GSLの誘導完了。八匹全てを捕獲した。速やかに制圧せよ』
カタギリの無感情な声が三人の脳内に響いた。
「カタギリ、あんたは?」
『奴らをこちらに引き込んでおくのには相応の力が必要だ。それにまだ私の出る幕ではないしな』
「はいはい」
ミキは「だろうね」と言わんばかりに相槌を打ち、武装と共に出現していたバイザーを下げた。
見渡す限りのビルの森。他に見えると言えば、砂と化した地面。丘。地平線。アキは「世界が終わったらきっとこんな感じなんだろうな」となんとなく思う。誰もいない。風の音しかしない。でも、誰かがいた痕跡だけは遺っている。それは、そこはかとなく、物寂しい。形になっていない思いを慮るのは、それだけで苦痛だった。
「感傷に浸ってるところ悪いが」
ミキがアキの左肩に手を置いた。
「大怪獣どもの襲来だ」
「うん」
見えてる――アキは頷いた。地平の彼方に、文字通り四方八方から青白い巨大物体が接近してきている。その姿は様々だったが、どれもこれも一言で言うならば「不気味」だった。およそ人が想像し得る気持ち悪いものを具象化するとこうなるであろう、そんな姿形をしていた。
顔の造りが精巧過ぎて不気味な巨人、なめくじのような粘液的な何か、頭部が幾つにも裂かれて内臓まで露出した鶏、何かの汁を撒き散らす滑ったザトウムシ、無数の触手が生えているヒトデのようなもの、視神経を引き摺る巨大な眼球――それは涙のように無数の小さな眼球をぼろぼろこぼしながら迫ってくる、人間の内側と外側をそっくり入れ替えた内臓の塊のような人型物体、立方体のような球体のようなあるいは錐体のような何か。
それら八体が地平線上に姿を現し、一斉に突き進んでくる――アキたちに向かってだ。さしものアキやミキも、その不気味オンパレードの前に、かなり引き気味だ。ただアカリだけは「なにあのかわいい連中」と口笛でも吹きそうな様子で感想を漏らしていた。
「おまえ、そういう趣味だったのか」
「かわいいじゃない? 特にあの目玉とか内臓人間とか」
「わかんねーな」
ミキは肩を竦めつつ、対物ライフルを構えた。
「普通に砲撃して倒せるのか?」
「多分ね」
アカリはその巨大すぎる武器を構える。そこでアキが「あのさー」と自分の空の両手を見つめて口を挟む。
「あたしの出番あるかな?」
「ないならないに越したことはないが」
ミキは真っ先に五キロのところまで到達した不気味な顔の巨人に向かって、全火器を一斉射した。閃光と轟音が周囲を薙ぎ払い、アキは思わず顔を顰める。その巨人に向けて、アカリも滑腔砲を撃ち放つ。巨大なAPFSDS弾がその巨人の顔に直撃する。
「あれぇ? 結構、あっけない?」
望遠視覚で観測しながら、アキが感想を漏らす。
「いや、そうでもないな」
ミキも撃ち方を止めて、バイザーの奥で目を細める。
「アキ。まだほかの連中の距離があるうちに、試したいことがある」
「直接殴り倒してこいってこと?」
「冴えてるな」
「いつも通りだよ」
アキは肩を竦めると、右手に長剣、左手に方形の盾を出現させた。
「そんじゃま、行ってきます」
「おかわりはたくさんあるからな」
「下ごしらえ、ちゃんとしといてよ」
アキはそう言うなり、ビルからビルを渡って、その不気味な顔の巨人に接近する。巨人たちはビルを次々と薙ぎ倒しながら接近してくる。ドミノ倒しから押し潰しまで実にバリエーション豊かにビルが崩されていく。
物理世界じゃないからやりたい放題させてられるけど。
アキは先陣を切って突っ込んでくるその巨人に向けてひたすら駆ける。度重なる砲撃を受けて、巨人の胸から上はすでに消滅していたが、それでも巨人はまっすぐにアキの所へと向かってくる。アカリの放つAPFSDS弾がアキを追い越して巨人に着弾する。命中時の衝撃で、右腕が付け根から吹き飛ぶ。
「アカリ、やるじゃん」
論理世界での戦闘力というのは、本人の持つ演算力や直感力に依存する。アカリは機械化人間ではないが、様々な機器の補助を受けつつほぼ互角の能力を論理層へと持ち込んでいるのだ。
『こっちも命がけだからね。この世界で死んだら、物理層には戻れない』
「バックアップは?」
『あのね、私は機械化人間じゃないのよ。電脳情報巻き戻しして、ハイおしまいってわけにはいかないの』
「いや、あたしたちだってそう簡単にはいかないけどさ」
襲い掛かってくるビルの破片を盾で弾き返しつつ、アキは抗議する。
「でもま、アカリは危なくなったらログアウトしてね」
『りょ。カタギリさんが許してくれればだけどね』
「こわこわ」
そう言いながら、アキはぼろぼろになった巨人に斬りかかる。頭部が残っていれば全高百メートルを超える巨大きさだっただろう。それがなくても、三十階建てビルに迫るほどの大きさだ。そんな化け物を相手にするとあらば、アキの長剣では皮一枚切り裂けるか否かというようなスケール感だ。
だがアキは躊躇なくビルから跳ぶ。目指すは露出している頸椎だ。
「せっ!」
目論見通りもげた首の所に着地したアキは、突き出している首の骨の後ろ側に迷うことなく回り込む。
「大剣!」
盾を消滅させ、両手で長剣を振り上げると同時に叫び、その長剣を三メートル近い刃渡りの大剣へと変化させる。
「背骨開きの刑!」
単分子の刃は手ごたえの一つも感じさせない。首から尾骶骨までを、勢いのままに切り開く。さしもの巨人も、体幹を支える部位を破壊されては立っていられない。たまらず転倒し、ビルを弾き倒す。
「ここはカタギリさんの創った世界だからね。あんたたちの勝手にはできないんだよ」
アキはその身体を駆け上がり、再度首筋に取りついた。
『アキ、そいつは任せる。次はナメクジを潰す』
「オーケー、ミキ。一匹でも減らしといて!」
『とどめはお前じゃないとさせない気がする』
「あたしもそんな気がする」
直接GSLのネットにアクセスして、支配情報を上書きするしかない――んじゃないかと、アキたちは推測していた。
「問題はこいつらの基部がどこにあるかだけど。人間型なら首だろう」
目を青く輝かせたアキは、切り開かれた頸椎に向かって、再度大剣を振り降ろした。
『よくやった』
カタギリの声が聞こえてくる。
「これでいいの?」
『お前の剣を通じてウィルスを送り込んだ。こいつはこれで片が付くだろう』
「さっきまでの攻撃って、こいつの防壁をぶっ壊すためのものだったって理解で合ってる?」
『冴えてるな』
「いつも通りだよ」
幾分ムスっとしながら、アキは次の目標を探す。基本的にはミキとアカリがぼろぼろにしてくれたGSLを狙えばいいはずだ。ある程度ダメージを与えなければ、ウィルスも送り込めないということらしいからだ。
「ナメクジちゃんは……あいつか」
気持ち悪いことは気持ち悪いのだが、この世界が論理世界だと割り切ってしまえば、それも大したものではない。何なら視覚や触覚の情報を削除してしまえば良い。便利な世界だなと感慨を持ちながら、アキは半ばまで内部構造が露出させられているナメクジに跳びかかった。
「ていうか、これあと七回も繰り返すのかー!」
『油断すんじゃないよ、アキ』
「りょー」
ミキの叱責に気のない返事をしつつ、ナメクジのちょうど中央の盛り上がりに向かって剣を突き立てる。
「カタギリさん!」
『完了だ。あとは勝手に崩壊するだろう』
「ういっす」
アキは再び手近なビルの上にまで駆け上り、はるか遠くに見えるミキとアカリを確認する。二人は元気に攻撃を続けている。
「ま、頑張りますかね~」
しかし気になることはなくはない。
――九体目がいつ出てくるのか、だ。
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