グラヴァードの予想は見事に的中した。エリシェルに率いられたディケンズ軍は、混乱を好機と捉え、帝国軍陣地へと総攻撃を仕掛けた。その兵力には不死怪物と化した帝国軍の兵士も多分に含まれていた。もとよりの戦力差に加え、不死怪物、異形が総動員されての進軍である。兵力に劣る帝国軍の前衛部隊は瞬く間に粉砕されてしまう。イレムは一人で数百からなる首級を挙げていたが、もはや一人二人が暴れまわったところで戦局に変化は起こらない。
「こいつぁ、ちょいと厳しいな、さすがに」
イレムは絶え間なく降り注いでくる矢を魔法の盾で弾き返しながら陣頭に立っている。この局面を打開するためには、もはや総大将による一騎打ち以外にない。しかし、問題は――。
「敵さんの総大将が出てこなきゃならねぇ謂れもねぇ」
だが。
「主人公が出張ってきてるってのに、敵の総大将が出てこないってのは、お洒落じゃねぇな!」
イレムの大剣が青白く輝く。裂帛の気合と共に打ち下ろされたその切っ先から、光の刃が放たれる。それは地面を抉り穿ちながら、ディケンズ軍の戦列に直撃する。炸裂と同時に灼熱の炎へと転じたその衝撃波は、兵士たちを鉄の鎧もろとも溶解させた。そのあまりに凄惨な光景を目にしたディケンズ軍の兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。だが、イレムは容赦しなかった。逃げる兵士たちを次々と狙い撃った。たちまち半径数百メートルが原型を留めない死体の山で埋め尽くされる。
「なんとしても引きずり出してやる」
イレムは不敵に呟くと、敵の兵士の只中に現れては殲撃を打ち、即座に離脱してはまた殲撃を繰り返した。そのたびに数十からなる死体が増える。巻き込まれた異形もまた殲滅された。
最前線に神帝師団がいるというだけでもディケンズ軍の士気は下がる。さらに悪いことに、八面六臂の活躍を見せるイレムを目にしたアルディエラム帝国軍の士気は高かった。そしてすでに態勢を立て直しつつあった。
『神帝の騎士、そのへんでやめておけ』
「なんだ!?」
不意に聞こえた男の声に、イレムは思わず攻撃の手を止める。止めつつも、背後から槍で突こうとしてきた騎兵を目にも留まらぬ早業で切り捨てている。もはや誰も自発的にイレムに近付こうとしない、いや、できない。剣の射程に入れば、そこにあるのはすなわち死だった。しかも悪いことにイレムは神出鬼没。いつ自分の番が来るのかと、ディケンズ軍の兵士は気が気ではなかった。
「で、あんた誰だい」
『相手は妖剣テラの主。死ぬぞ』
遠隔で話しかけてきているのは、どうやら敵の総大将ではないらしいと、イレムは推測する。
「誰だか知らねぇが、ご忠告感謝するぜ。でもな、残念なことに主人公は死なないってことになってんの」
どのみち、イレムには勝利以外の道はない。全滅か、勝利か、だ。
イレムは完全に孤立していた。帝国軍の兵士は苦戦しているだろうが、今は持ちこたえてもらうしかない。イレムの周囲は屍山血河だった。いつしかイレムを中心とした半径数十メートルの円形の空間が生じていた。イレムが転移魔法を使わなくなったからだ。さしものイレムも少なからず消耗している。これ以上の魔法や殲撃の乱発は危険だと、イレムは考える。
そら来た。
イレムは転移魔法で数十メートルの距離を跳ぶ。それまでイレムがいた地点を光の槍が抉っていた。生半な攻撃魔法ではない。イレムの跳躍距離が数メートル短ければ、攻撃範囲に入っていたかもしれない。
魔導師は本陣に来た連中だけではなかったということか?
イレムは魔力の流れを慎重に分析する。魔力密度が高いのは――。
直上!
イレムは地面を蹴り、そのまま転移魔法で跳んだ。真上から斬りかかられたのだ。その衝撃波は先程の魔法を遥かに超え、遠巻きにしていたディケンズ軍の兵士すら多数粉砕された。イレムもダメージを完全には回避しきれなかった。
「いい一撃だ」
魔導師じゃねぇな、こいつ。
暗黒の鎧、紅蓮の大剣――そこにいるのはイレムと同じ超騎士だ。そのただならぬ気配に、イレムはその剣が妖剣テラであると認識する。
「なればお前が銀の刃連隊か!」
「いかにも」
黒騎士――エリシェルが無感情に応じる。イレムは油断なく大剣を構え、刃に魔力を漲らせる。
「ようこそ、総大将さん。妖剣テラと銀の刃連隊の合せ技。楽しみだぜ」
イレムはそう言うと、地面を蹴る。そしてすべての動きを加速する。エリシェルは悠然と妖剣テラを
構え、迎撃態勢に入る。
なるほど。
後の先か。
イレムは不敵に笑う。イレムはさらに加速する。そしてそのスピードを乗せて大剣を横薙ぎに振り抜いた。
エリシェルは冷静にそれを受け止め、魔力の衝撃波すら打ち消した。
「やるじゃん」
イレムは目を細めた。
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