#03-01: 竜族の少女

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 赤毛の少女はリヴィと名乗った。大きな青い瞳が、今の戦いの興奮からか、夜の町灯りを反射して爛々らんらんと輝いていた。

「よろしゅうな。おじさん、おばさ――」
「やり直しだよ、リヴィ」
「あ、はい。おねえさん!」
「よろしい」

 タナさんは鷹揚に頷く。しかし、俺はやっぱりおじさんポジションだ。自分で言う分には気にならないが、やはり少し傷つく。

 俺たちは揃って幌馬車に移動した。ガナートにももちろん付き合ってもらう。流石に自由にはさせられないが、同時に、領民たちを前に、恥をかかせるわけにもいかない。そのあたりの事情と、俺たちの配慮は、ガナートも騎士たちも承知してくれたようだった。話が早くて助かる。

「あたし、ウェラ! パパとママと三人で旅しようとしてたところで、このおじさんに捕まりそうになったんだ」
「パパ? ママ?」

 幌馬車に乗り込みながら、リヴィが首をかしげる。うん、まぁ、そうだよな。俺は腰が少しでも楽になるようなポジションを探して何度も座り直している。タナさんは片膝を立てて半分目を閉じていた。さすがに少し疲れが出ているのかもしれない。

「寝てるわけじゃないよ、エリさん」
「そんな事言ってないだろ」
「言わなくてもわかるさ。ただ、今は悠長にしている場合でもないさ。本物の魔女の使い魔が出てきたわけだからね」

 タナさんは目をつぶった。

「あのぅ、それで、パパとママってなんねん? ウェラはハーフエルフやろ?」
「うん、ウェラはハーフエルフ! だから、パパもママもほんとうのパパとママじゃないんだよ。ウェラがそう決めただけ」
「ふぅん」

 リヴィはウェラの隣、俺の正面に腰をおろした。ガナートの剣は、今やさもリヴィが持ち主であるかのように、しっかりとリヴィに抱えられている。

「せやかて、そうやな、おじさんとおねえさんは夫婦なんやろ?」
「違うよ」

 俺は首を振った。タナさんに至っては「アタシは若い子が好みさね」なんて言っている。すみませんね、年上で。

「うーんと、ほな、三人はまるで他人ってこと?」
「そういうことになる」

 俺が代表して肯定する。リヴィは「そっかぁ」と頭を掻いていた。

「あのな、聞いてくれる?」
「ん?」

 俺はリヴィを見る。リヴィはどう話したら良いものかというようなオーラを噴出させている。

「ウチな、ベラルド子爵家が憎いんや。皆殺しにしたろくらいに思とってな」
「……穏やかじゃない話だな」

 俺はガナートを見た。ガナートはうつむいて声を出さない。

「せやから、うち、おとなしく捕まったんねや。これはラッキーやって。まさか、捕まえに来た奴が次期領主だとは思わなかったんねやけどな」
「よかったな、ガナート。早々にバレてたら殺されてたぞ」
「いやいや、パパ、ちゃうで。ウチもそこまでアホやない。せっかくベラルドの屋敷に連行される言うんやから、やっぱり親玉を狙いたいやないか」

 いや、さりげに「パパ」と呼ばれた気がする。

「ウチな、ベラルドのジジイに、おかんを殺されてんねん」
「なんだと?」

 思わぬ方向に転がり始めた話に、俺は少し身を乗り出す。

「ウチな、少し珍しいその、珍しい種族で――」
だろ」

 タナさんが口を挟んでくる。竜族?

「ママ、なんでわかったん?」

 リヴィも驚きを隠せない。俺も驚いている。ウェラは「竜族かぁ」と言っているが、理解できているかはわからない。

「あの怪力で、そうかなと思ったさ。それにあんたのその瞳。ブルーオパールの瞳さ。そんな珍しい目の色は、竜族以外にはいないさ」

 言われてみれば、リヴィの瞳の色は、確かにただの「青」とは違う。ブルーオパールというのは言い得て妙な感じだった。

「なんでも知ってんねんなぁ、ママは」
「ただ……純血じゃないね、リヴィは」
「すごいなぁ、ママ。せや。ウチも人間との混血や。実際のところはな、曽祖父ひいじいちゃんが純血の竜族やったって話なんや。うちは見た目や腕力は竜族に近いらしいんやけどな、竜族の特権みたいな魔力は全くないんや。せやから、魔法に関しては、おかんもお師匠もみーんな匙を投げてもうた」

 リヴィはそう言ってカラカラと笑う。

「で、リヴィ」

 俺はゆっくりと上半身を捻りつつ声をかける。

「その竜族であることと、母親が殺されたことには関係があると」
「うちのおかんはな、竜族の里を探すこのおっさんの親父に捕まって、拷問されて死んだんや」
「竜族の里――」

 ガナートが呟く。

「……彼女は、お前の母親だったのか」

 ガナートにはその人物について覚えはあるらしい。

「三年ばかり前に、竜族の女には会ったことがある」
「それや。うちのおかんは三年前に殺されたんや」
「……すまない」
「ごめんで済むこととちゃうで」

 リヴィがピシャリと言う。ガナートは沈黙する。

「竜族の里っていうことは――」

 タナさんが目を開けていた。

「おおかた、不老長寿の秘密でも探ろうとしたんだろうけどねぇ」
「そうだ」

 ガナートが呻く。

「三年前、俺の母親が大病をわずらった。そこで親父が、なんとかしてそれを治そうといろいろなものに手を出した。その中の一つが、竜族の里探索だ」
「それを聞き出そうとして、ウチのおかんを苦しめたんやろ」

 リヴィの青い瞳ブルーオパールがギラリと輝いた。彼女の体さばきならば、一瞬でガナートを切り伏せることができる。だが、リヴィは動かなかった。睨んだだけだ。

「あんたはウチのおかんに何をした?」

 リヴィの詰問に、ガナートは言葉を詰まらせる。

他人ひと様に胸張って言えんことはしちゃあかんって、習わなかったん? 人を苦しめたり殺したりしちゃあかんよって、誰にも教わらなかったん?」
「俺は……何もできなかった」
「しなかったのさ」

 タナさんが鋭く言った。

「あんたは何もできなかったわけじゃないさね。しなかっただけさ。たとえあんたがね、ガナート。あんたが、そのことに疑義を持っていたのだとしてもね、それを行動に移せなかったら何の意味もないのさ。できなかったってのは、何かをした結果失敗した時にだけ使える言葉さ。覚えておきな」
「できなかった」

 珍しくガナートが反発した。俺は思わずその特徴のない顔を見る。

「俺は……確かに魔女狩りはした。だから、今さら何も弁解しようとは思わないし、どう解釈されようが構わないが、俺は竜族を怒らせるなという点で、親父には反対した」
「ほう?」

 俺たちの声が揃う。ガナートのいさぎよさが、少し羨ましくもなった。「それに」とガナートはポツリと言った。

「……彼女は、死んだ妻に似ていた。だから、彼女が屋敷に連れてこられた時には、我が目を疑った」
「そんなに似てたのか」
「生き写しという言葉があるだろう。まさにそれだ。だから俺は……」
「助けたくなった、と」

 それが本音か。だが、正義だ悪だと言われるよりも、その方がよほど腑に落ちる。

「そうだ。だが、親父はかたくなだった。連日連夜、拷問は続いた。竜族だけに、簡単には死なせてもらえなかった――そう表現するのが、多分正確なんだろう」

 ガナートはリヴィを見ていた。こうしてみると、ガナートは案外悪いヤツではないのかもしれない。初対面の印象は最悪だったが、今はそんなでもない。

「だが、俺には何もできなかった。親父の命令を覆す力がなかった」
「力づくでさらうとかできひんかったん?」

 リヴィの声が震えている。ガナートは拳を握りしめていた。

「できなかった。俺は、結局跡取りとしての安定を選んだ。妻はもう死んだ、そう言い聞かせて、目を瞑った」
「最低やな」
「ああ、そうだな」

 ガナートは首を振る。

「その剣。やるよ」
「え、唐突過ぎてびっくりしたけど、ええの?」
「罪滅ぼしには足りない。手付金だ」

 ガナートは静かに言う。

「俺も良い年だ。剣をペンに持ち替える時期が来たんだろう」
「それでいいのか、ガナート」

 俺は訊いた。俺もさっきはあんなことを言ったが、騎士にとって剣は魂だ。愛用のそれを、ホイホイと他人にくれてやるものではない。

「いいのさ。俺には騎士たちがいる。護ってもらえるように精進するさ」
「へぇ」

 タナさんが口を開く。

「あんた、憑き物が落ちた顔になったねぇ。この三年間、ずっと後悔してたんだろう?」
「かもしれない。俺の妻子を失ったときから、俺はずっと失い続けているのかもしれない。だから……その、すまない」

 ガナートは曖昧に肯定する。タナさんは頷いてリヴィを見た。リヴィは「しゃーないなー」と腕を組み、目を閉じた。

「おっさんの言いたいことは理解した。せやけど、やっぱりウチには……おかんを殺したヤツを許すことはできひん。領主には会わせてもらうで」
「会ったら、どうするの?」

 幾分不安そうに尋ねるウェラ。リヴィはひとつ深呼吸をした。

「ひとこと詫びてもらえれば……それでええ。ウチの十六歳の誕生日プレゼントや」
「じゅうろくさい!?」

 ウェラが大きな声を出す。

「なんや、びっくりするやないか! せや、ウチ、今日で十六歳やで!」
「じゃあ、ウェラのことはおねーちゃんって呼んでいいよ!」
「なななんでや! ウェラはまだ幼女やないか!」
「幼女って言うなぁ! ウェラはね、じゅうはっさい! なんだぞ!」
「嘘や。こないな幼女がウチより年上なんて信じられへんわ」

 ほのぼのとした姉妹喧嘩が始まった。途中でタナさんがウェラに加勢したことで勝負はあっという間に決してしまったわけだが。

「ハーフエルフ、恐るべしやな。精霊使いとしての実力も相当やろ? ウチが戦ってるときに立てた壁みたいなの、何発も攻撃あたってたのが見えたんやけど、一発も通らんかったやろ?」
「うん。ウェラのおともだちはみんな強いからね!」
「ええなぁ、うちもああいうの使えたらなぁ」
「リヴィには魔法なんていらないさ」

 俺はガナートを見た。

「だろ、ガナート」
「確かに。少し訓練すればもっと強くなるだろう」
「ほんま? ほんまにウチ。もっと強ぅなれるん?」

 リヴィの目が文字通り輝く。俺は頷いた。

「今のリヴィはまだまだ石ころみたいなもんだ。ただし、ダイヤの原石だ」
「まじかー! せやかて、どないにしたらウチ、ダイヤになれるやろ?」

 リヴィは傍らの剣にそっと触れた。

「リヴィ、あんたね」

 タナさんが言う。

「どうして強くなりたいんだい?」
「パパとママとウェラがどこに行くかはまだ聞いてへんけど、長い旅をするんやろ?」
「そうさねぇ、そうなるかねぇ」
「で、パパはやろ?」

 ぐっ……。

「せやから、うちも一緒に行きたい。こういう出会いはやから、大事にせぇって、おかんがいつも言ってたんや」
「そうだねぇ、だねぇ」

 タナさんは噛み締めるように言った。

「ウチが強くなったらな、パパもママも護れるやろ?」
「えー、ウェラは護ってくれないの?」
「あんたは自分で自分の身くらい護れるやないか」
「あんたやない、おねーちゃんや」
「……訛っとるで、ウェラ」
「そないなことあらへ……あれ?」

 ウェラは「んー」と難しい顔をした。

「うちの訛りは伝染するってよう言われる。よかったなぁ、おねーちゃん」
「そないなことあれへ……じゃない。そんなことないんやから……って、あれ? あれ?」

 混乱するウェラを見て、俺たちは笑った。ガナートも声こそ出さなかったが笑いを噛み締めていた。

「ガナート様、まもなく到着します」

 御者の男が振り向いてそう告げた。

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