俺たちは誰ひとり戻ってこなかった。城からは誰も出てこなかった。一室が派手に燃えていたから、おそらく相打ちになったのだろう。
王国騎士たちはそういうシナリオを描いていた。結局の所、教会の尻尾を掴むには至らなかったが、悪魔たちがなりを潜めてしまった以上、教会の目論見もまた潰え去ったと見るのが妥当だとタガート隊長は言っていた。
彼らは俺たちをキンケル伯爵領の片田舎まで連れて行ってくれた。そして彼らは、すぐに俺たちと別れて、カディル審問官の待つあの町へと戻っていった。
その小さな町には温泉があった。知っていてここに連れてきたのかどうかは知らないが、俺たちが住むには理想的な町だった。魔女狩りの勢力もなく、かといって豊かでもないこの町の人々は、奇妙な俺たち一行をも歓迎してくれたし、すぐに空き家を一件手配してくれた。
季節はまもなく冬。いつ雪が降ってもおかしくない。リヴィも「旅は春まで延期や!」と言って片付けやら冬支度やらを手伝ってくれた。ウェラは最初こそ「ハーフエルフ」として街の人から奇異な目で見られていたが、タナさんの医者としての活躍もあって、すぐに場に溶け込むことができた。タナさんはすぐに町の相談役の地位までを手に入れていた。俺は……というと、町役場でちょっとした仕事をもらいつつ、余暇は温泉で癒やされていたわけだ。一応忙しく仕事はしてるつもりだ。うん。
そして積もった雪はしんと青く静まり返り、冬の寒さも極まれり――そんな時節に、タナさんが俺を家の外に呼び出した。外はキリリと冷えきっていて、俺は思わず身震いする。タナさんは満月の輝きを全身に浴びて、俺をじっと見ていた。月明かりを溶け込ませた黒褐色の瞳は儚くも揺らいでいた。
俺たちはしばらく、無言で町の外れを歩いた。俺は馬車の移動もなくなり、ようやくまともに歩けるようになりつつあった。寒さが少し沁みるが、これは我慢するほかにない。
「いい月さね」
一歩先を歩いていたタナさんが、足を止めて俺を振り返る。そして一音一音区切るようにして、言った。
「愛してる」――と。俺は「俺もだ」とか言いながらタナさんを抱く。
「どうしたんだい、タナさん」
「……できちゃった」
タナさんは早口で言った。
「え?」
意味がわからず聞き返す俺。タナさんは俺の両手を包み込みながら、少し頬を染めた。
「あんたとの、子ども。あの夜、できたんだ」
「でもタナさん、子どもは――」
「あんたとの出会いのために、我慢してたんだろうね、赤ちゃん」
「タナさん……」
何も言えなかった。どんな言葉も陳腐で。涙を溢し始めたタナさんを抱きとめる以外、俺に何ができただろう。しゃくりあげて泣くタナさんの髪を撫でる。その漆黒の髪に、星と月の輝きが輪を描いていた。光の精霊の悪戯、あるいは天使の輪のようだと俺は思った。
「いいのかな、アタシ。こんなに幸せになっちゃて、いいのかな」
気の利いたセリフの一つも出てこない。俺はただタナさんを抱きしめる。タナさんは俺に抱きすくめられたまま、静かに涙を流している。
「エリさん」
「ん――?」
「エリさんの涙、アタシ、好きだよ」
「え?」
また泣いていたのか、俺は。
「エリさん、ねぇ?」
タナさんは俺に小さく口付けた。
「アタシは、幸せだよ」
ありがとう――タナさんはそう囁いた。
俺は――嗚咽を堪えるのが精一杯だった。
–THE END–
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