#99-02: 降りてきた天使

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 俺たちは誰ひとり戻ってこなかった。城からは誰も出てこなかった。一室が派手に燃えていたから、おそらく相打ちになったのだろう。

 王国騎士たちはそういうシナリオを描いていた。結局の所、教会の尻尾を掴むには至らなかったが、悪魔たちがを潜めてしまった以上、教会の目論見もくろみもまたついえ去ったと見るのが妥当だとタガート隊長は言っていた。

 彼らは俺たちをキンケル伯爵領の片田舎まで連れて行ってくれた。そして彼らは、すぐに俺たちと別れて、カディル審問官の待つあの町へと戻っていった。

 その小さな町には温泉があった。知っていてここに連れてきたのかどうかは知らないが、俺たちが住むには理想的な町だった。魔女狩りの勢力もなく、かといって豊かでもないこの町の人々は、奇妙な俺たち一行をも歓迎してくれたし、すぐに空き家を一件手配してくれた。

 季節はまもなく冬。いつ雪が降ってもおかしくない。リヴィも「旅は春まで延期や!」と言って片付けやら冬支度やらを手伝ってくれた。ウェラは最初こそ「ハーフエルフ」として街の人から奇異な目で見られていたが、タナさんの医者としての活躍もあって、すぐに場に溶け込むことができた。タナさんはすぐに町の相談役の地位までを手に入れていた。俺は……というと、町役場でちょっとした仕事をもらいつつ、余暇は温泉で癒やされていたわけだ。一応忙しく仕事はしてるつもりだ。うん。

 そして積もった雪はしんと青く静まり返り、冬の寒さも極まれり――そんな時節に、タナさんが俺を家の外に呼び出した。外はキリリと冷えきっていて、俺は思わず身震いする。タナさんは満月の輝きを全身に浴びて、俺をじっと見ていた。月明かりを溶け込ませた黒褐色の瞳は儚くも揺らいでいた。

 俺たちはしばらく、無言で町の外れを歩いた。俺は馬車の移動もなくなり、ようやくまともに歩けるようになりつつあった。寒さが少しみるが、これは我慢するほかにない。

「いい月さね」

 一歩先を歩いていたタナさんが、足を止めて俺を振り返る。そして一音一音区切るようにして、言った。

 「愛してる」――と。俺は「俺もだ」とか言いながらタナさんを抱く。

「どうしたんだい、タナさん」
「……できちゃった」

 タナさんは早口で言った。

「え?」

 意味がわからず聞き返す俺。タナさんは俺の両手を包み込みながら、少し頬を染めた。

「あんたとの、子ども。あの夜、できたんだ」
「でもタナさん、子どもは――」
「あんたとの出会いのために、我慢してたんだろうね、赤ちゃん」
「タナさん……」

 何も言えなかった。どんな言葉も陳腐で。涙をこぼし始めたタナさんを抱きとめる以外、俺に何ができただろう。しゃくりあげて泣くタナさんの髪を撫でる。その漆黒の髪に、星と月の輝きが輪を描いていた。光の精霊の悪戯いたずら、あるいは天使の輪のようだと俺は思った。

「いいのかな、アタシ。こんなに幸せになっちゃて、いいのかな」

 気の利いたセリフの一つも出てこない。俺はただタナさんを抱きしめる。タナさんは俺に抱きすくめられたまま、静かに涙を流している。

「エリさん」
「ん――?」
「エリさんの涙、アタシ、好きだよ」
「え?」

 また泣いていたのか、俺は。

「エリさん、ねぇ?」

 タナさんは俺に小さく口付けた。

「アタシは、幸せだよ」

 ありがとう――タナさんはそう囁いた。

 俺は――嗚咽をこらえるのが精一杯だった。

THE END

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