広場の俺たちのところに、カディル審問官がウェラとリヴィを連れてやって来た。王国騎士たちも六人、全員無事だったようだ。
「よかったよ……」
タナさんはウェラとリヴィを順番に抱きしめて呟いた。そんな三人を見遣りながら、カディル審問官が言う。
「ウェラ様に助けられました」
「ウェラに?」
「危ないからもっと離れろと。おかげで――」
「市民の犠牲も少しは抑えられたでしょう」
クラインが兵士や若い役人を引き連れてやってきた。
「ウェラ様が都市全域に警告を。風の精霊ですかな?」
「うん。精霊さんにお願いしたの」
なるほど。あの衝撃波の範囲外に人々が逃げられるようにと、精霊を使って伝言したのか。
「よくやったな、ウェラ」
「えへへ」
はにかんだ笑顔を見せる精霊使いの幼女は、しかし、どこか得意げだった。
「我々はまだまだ仕事がありますゆえ、後ほどまた」
クラインはそう言うと、部下たちに指示を出し始める。確かに、今は話をするタイミングではないだろう。
「カディル審問官、あんた、ボロボロだねぇ」
タナさんがそういって微笑んだ。カディル審問官は少し慌てて服を整える。
「でもあんた、良い顔してるよ」
「そ、それは……」
「あんたはこれからが大変だよ。あんたがこれから何を考えて何をするか、それはわからない。アタシたちがどうしろこうしろ、なんてことも言えない。いや、違うね。もはや言う必要もないのかねぇ」
タナさんはカディル審問官の右肩を叩いた。
「あんたさ、どんな世界を作りたい?」
「ど、どんな世界……?」
動揺するカディル審問官。彼の答えには興味がある。俺はよいしょと立ち上がってタナさんの隣に並んでみた。
「私は、その、しかし……」
「魔女狩りは?」
俺が訊くと、カディル審問官は少し鋭い表情を見せた。
「教会とそのありようについて協議します」
「ありよう?」
タナさんが言うと、カディル審問官は頷いた。
「魔女は、そして、悪魔は厳然として存在しています。そして悪しき魔女はやはり看過できません。しかし、我々教会の本来の仕事は、咎人を裁くことではなく、咎人を生み出さない世界を作ることだと……私は思い至りました」
「咎人を生み出さない世界、か」
俺は少し意地悪な気持ちになった。
「その世界に、すでにいる咎人はどうする?」
「エリさん、難しいこと訊くねぇ」
「いいじゃないか」
俺は腕を組んできたタナさんに少しだけ体重を預け、カディル審問官をうかがった。カディル審問官は引き締まった表情で応える。
「咎人を裁くのは法。我々教会は、裁かれた咎人を導くのが使命だと。再び罪の轍を歩かせぬように。私は、そのように思います」
「へぇ」
俺とタナさんは同時に声を出した。
「元魔女からでよければ、合格をくれてやるよ。手を出しな、カディル審問官」
タナさんはそう言うと、カディル審問官の左手の包帯――タナさんが付けた傷によるものだ――に手を触れた。
「傷は治せないけどね。魔女の印は消しておいたよ」
「え?」
「え、じゃないだろ」
タナさんはふわりと微笑む。カディルの表情は今ひとつ晴れない。俺はカディル審問官の右肘アタリを軽く叩く。
「審問官、どうした?」
「私はまだ、何もしていません」
「するんだろ?」
「はい、必ず」
即答する若きエリート。その表情に嘘はなさそうだ。俺は言う。
「ならいいじゃないか」
「しかし、うまくいく見込みは――」
「教会のこのていたらくに、一石を投じるつもりなんだろ?」
「はい、それは」
「それでいいじゃないか。それは命がけの大仕事になるんだろ?」
「そう、なりますね」
カディル審問官の表情は硬い。それはそうだ。これから教会という伏魔殿に単騎突入しようというのだから。
「あ、待てよ?」
俺はカディル審問官の後ろに控えていた王国騎士たちに目をやった。
「彼らに手伝ってもらえばいい」
「えっ?」
「王国騎士が介入すれば、教会だって無茶できない。違うかい?」
「それはそうですが、しかし、彼らにはあなた方の護衛という任務が……」
「アタシたちとの仕事が終わってからでいいじゃないさ」
タナさんはゆっくりとした口調で言った。
「アタシたちもさっさとエリザを片付ける。そしたら次はあんたの番。そういうこと。それまでに教会の狸どもを相手に、何をどうするか戦略を練っておきな。王国騎士たちは、必ずあんたのところに帰す」
「……わかりました」
カディル審問官はぎこちなく頷いた。
「という話を勝手に進めちまったが、えーと、隊長さん?」
「タガートです、エリソンさん」
「タガート隊長か、よろしく頼む。で、今の話だが」
「それは我らの正義には反しません。魔女狩りに関しては、我らの多くも疑義を呈していたところですからな」
そして白い歯を見せて笑った。と、思ったら、大袈裟に肩を落とす。
「もっとも、さっきみたいな化け物相手に生き残らなければならないかと思うと、少々気が重いですなぁ」
「気合と根性でなんとかなるんだろ?」
俺は言った――腰痛の意趣返しである。タガートは「こりゃまいった」とかおどけてみせる。憎めない男だなと思う。だが、王国騎士の中隊長クラスともなれば本物のエリート。中隊長は実戦部隊としては最上位に位置する。今の時代でも十人もいないんじゃないか?
「ま、これで、全員揃って無事に帰るという目的も追加されましたな」
タガートはそう言って近くにいた騎士の二人を前に押しやった。兜の面頬が上がって初めてわかったのだが、一人は女性だった。
「こいつら、結婚したばかりでしてな。今回の任務に連れて行くか迷っていたのですが、どうしても行くと。二人揃って頑固者でしてね」
「隊長、その話、今する必要あるんですか?」
女性の方が口を尖らせる。男の方はなんか照れくさそうだ。この二人もまた、さっきの鬼神のような戦いをしていたのかと思うと、少し意外だ。
「真面目な話――」
タガートが俺に顔を寄せた。
「あいつらだけは生きて返したい」
「……わかった、とは言えないが。あの二人だけじゃない。あんたも、他の騎士も。危なくなったら――」
「あなたも騎士ならおわかりでしょう。誇りに賭けてお守りしますよ」
「誇りねぇ」
聞いていたタナさんが口を挟む。
「そんなもんで死なれちゃ迷惑だよ。国家の損失さ。だろ、エリさん」
「そうだな」
俺は頷く。
「いざと言う時は俺の指示に従ってもらう。それなら、いいな?」
「物は言いようですなぁ」
タガートは笑う。
「ま、堅苦しいことはなしで。我々はアナタをカルヴィン伯爵の城に送り届ける。まずはそれだけに集中ですな」
「なぁなぁ、パパ」
リヴィが俺たちの間にひょこっと姿を現した。
「旅の間、この人たちに稽古つけてもろてええ?」
「リヴィ、俺たちは厳しいぞ」
タガートはリヴィの赤毛を撫で回す。まるで猫でもあやしているかのようだ。市民の避難や救助をしているうちに、すっかり打ち解けたらしい。
「タガート隊長、いいのか?」
「もちろん。この子の技量は少し見させてもらいましたが、王国騎士を目指せるかもしれませんな」
「ほんまか!? 社交辞令!? ほんま!?」
「騎士は嘘を言わない」
タガート隊長はもっともらしく人差し指を立てた。そして続ける。
「だが、ジョークは言う」
「ジョークか? ジョークだったんか!?」
「ジョークにするもしないも、リヴィ、君の努力次第だ」
大真面目に言われて、リヴィは目をキョロキョロさせている。なるほど、タガートという男はエリートだ。人の扱いを心得ている。
「さて」
そこで戻ってきたのはクラインだった。後ろには幌馬車が一台と、王国騎士たちの馬が六頭。
「まずは馬車がなければ話になりますまい」
「そのとおりだ」
俺は強く頷いた。なぜか王国騎士たちが笑っている。ちょっとだけイラっとした。
「軍資金をいくらか用意させていただきましたが」
「いや、それはいい」
俺はクラインの手にある革袋を見て首を振る。正直、金には困っていない。ガナートがそれだけの金額をくれたからだ。
「それは復興の足しにでもしてくれ」
「……では、ありがたく。食料品や水は馬車に十分に積み込んであります」
クラインはそう言うと、また兵士たちの間に紛れてしまった。今ので別れの挨拶ということなのだろう。実にクラインらしい。
俺は馬の方に向かいかけたタガート隊長に声を掛ける。
「隊長、旅の準備は? いいのか?」
「善は急げ。さっさと行きましょう。我々には次の予定も入ってしまいましたからなぁ。しばらくぶりに忙しくなりそうですなぁ」
その声には不安のようなものは一つも感じられなかった。
騎士たちが馬にまたがり、俺たちは馬車に乗り込む。
「では、出発します」
御者が俺たちに声を掛けてきた。
やがて馬車が動き始める。
コメント