それから三日後の昼過ぎに、俺たちは人口数万を数える大きな街に入った。位置づけ的にはあの城塞都市の出島のような街らしい。全体に規模は小ぶりながらも、数々の店が軒を連ねていた。
都市の周辺部に植えられた木々はすっかり紅葉しており、赤や黄色の鮮やかな色彩が石畳を覆いつつあった。
「いい街じゃないさね」
タナさんは都市の中央部にある巨大な樹木を見上げながら言った。その葉はものの見事に紅色に変わっており、時々ひらひらと舞い降りてくる。
「すごい樹だな、これ」
「い・ろ・は・も・み・じ」
タナさんは聞き慣れない言葉を口にした。でもきっと、それがこの樹の名前なのだろう。
「町の入口にはサクラ、中央にはモミジ。趣のある都市じゃないさね」
「でも、ちょっと風が冷たいな」
「秋風さねぇ」
タナさんはそう言うと「あ、そうだ」と手を打った。
「アタシのこの服もだけど、ウェラとリヴィの服も新調しようじゃないか。女公爵様に会いに行くんだ。上等な服を手配しようじゃないか」
広場にはいつの間にか人だかりができていた。しかし、彼らの目当ては俺たちではなくて、王国騎士たちだった。王国騎士たちは何か適当な事を言いながら、俺たちから人々の視線をそらしている。もっとも、よしんば俺たちに気付いたとしても、まさか「悪魔の子」と「魔女」が王国騎士と共にいるなんて誰も思わないだろうけど。ともかくも、白銀のマントを靡かせる彼らは、自分たちの王国騎士というブランドの持つ力をよく知っているのだ。
俺たちは王国騎士たちをすり抜けて、一等地に佇んでいた呉服屋を訪問する。普段着から作業着、ドレスから鎧まで、とにかく身につけるものは何でも置いてある巨大な店だった。
「すっごいなぁ。でっかい店やなぁ!」
リヴィがその品揃えに圧倒されている。ウェラの目は、小児用の可愛らしい服に釘付けだ。そこに女性の店員が姿を見せる。
「お客様、試着されますか?」
「試着して良いのかい?」
タナさんが訊くと、女性は頷いて小さな声で言った。
「もちろん。あ、でも、王国騎士様に免じて、ですよ」
「ありがたいねぇ」
タナさんはそう言うと、ウェラと話をしつつ数着の動きやすそうな服を選んだ。本物の仲の良い母と娘にしか見えない。そしてウェラが店員と共に試着室から出てくると、タナさんは手を叩いて喜んだ。
「いいねぇ。かわいいよ、ウェラ」
「えへへ。あと、コート、どれがいいかなぁ」」
「あんたは、そうだね、暖色系がいいから……このへんかな」
タナさんが選んだのはオレンジ、朱色、薄い赤の三種類だ。ウェラは迷わずオレンジのコートを手に取り、羽織ってみせた。うん、かわいい。
「パパ、どう思う?」
「オレンジ、似合うな。俺もオレンジが良いと思う」
「わぁい、じゃあ、これにする」
そうしているあいだに、タナさんは他にも数着を見繕っていた。
「到着するまで一張羅ってわけにもいかないだろ」
「そりゃそうだ」
俺は笑う。荷物を持ってやれないのがちょっとつらい。ちなみに今はリヴィが持っている。タナさんは店員といくらか会話してから戻ってきて、言った。
「あんたはね、そうやってニコニコしてりゃいいの」
「え?」
「女の買い物をね、そうやってニコニコ見てられる男は貴重なんだよ」
「そうなの?」
俺は普通に楽しいと思っている。だって、娘やタナさんのいろんな姿が楽しめるんだぞ? 楽しくないはずがないだろう。
「はい、次リヴィ」
「よしきた!」
待ってましたとリヴィが頷き、店員にウェラの衣服を託す。
「リヴィ、あんたにはちょっとした鎧がいるかもね」
「鎧……重いのはイヤや」
「店員さん」
タナさんは鎧コーナーを担当している男性の店員を呼び寄せる。
「軽くてそこそこいい鎧はあるかねぇ」
「お値段は?」
「糸目はつけない」
「それならば、ちょうどよいものがひとつ」
彼が運んできたのは、薄青い輝きを放つ胸甲だった。首から胸までを金属の板で覆い、そこから膝上までは、鱗状の金属が縫い付けられている。その造形は恐ろしく美しい。その上、俺にですら魔法の品だと分かる代物だった。ただし、ガナートにもらった路銀の半分が消し飛ぶ金額だ。
「うわっはぁ。たっか! たっかいよ、おにいさん」
遠慮会釈のないリヴィの言葉に、店員も苦笑いだ。
「でも、あんたの身を守ってくれるかもしれないものさね。ちょっと着てみな」
「え、ええんか?」
リヴィが訊くと、店員は頷いた。そして別の女性店員を連れてきて、そのままリヴィと共に奥の部屋に入っていく。
「タナさん、あの鎧は?」
「名のある戦士のものだろうね。由緒正しき品だろうさ」
「さすが、ご婦人。お目が高い」
男性店員が頷く。
「あれはこの都市の市長の母君、現市長、そしてご息女が長らく着けておられた品。それがわけあって出てきたと」
そんな会話をしていると、鎧を身に着けたリヴィが登場した。輝く鎧に身を包んだリヴィは、一層戦士の顔になっていた。
「どうやろか? 変?」
「まさか」
俺はリヴィに近付いてしげしげと眺め回す。
「重さは? 動きに支障は?」
「全然。ちょっと分厚い服着てるのと変わらん」
「タナさん、どう思う?」
「似合うねぇ。竜族の末裔が、竜鱗の鎧というのはそそるねぇ」
「竜鱗?」
「純血の竜族が最期に遺す鱗だよ。案外、リヴィのご先祖のものかもしれないよ」
「そ、そうなんか!」
リヴィが青い瞳を輝かせる。
「そうやったらええなぁ」
「でも、その鎧だけじゃ寒いだろ」
俺は周囲を見回す。鎧の上から着られる外套なんてものもしっかりと販売されていた。タナさんはそれらを吟味して少し考える。
「黒はないのかい?」
「申し訳ございません、黒は入荷待ちで……」
「仕方ないね、ならこっちの紺色かな。リヴィは髪がキレイな赤だから、何でも映えるさ」
「ほんまか~! うち、こないにお金使たことなくて、少し挙動不審やわ」
リヴィはなんだかんだ言って嬉しそうだった。その後、俺とタナさんの服もちゃっちゃと選び、店を出る。向かうのは三件隣の大きな宿屋だ。
「あんた、やっぱりいい男だよ」
「な、なんだよ、藪から棒に」
「こんな楽しい買い物、アタシは初めてさ」
「それは――?」
「あんたが終始笑っていたからさ」
そうだったかな?
あまり意識はしていなかった。
「パパとママは、ほーんまに仲良しやなぁ」
リヴィが真新しい鎧と外套に身を包みながら「にひひっ」と笑う。笑い方はともかく、その動きは本当に軽やかだ。
「ウチな、こうしてみんなでワイワイ買い物するんが夢やってんな」
「そうなのか」
「ウェラもー!」
「可愛い服あってよかったなぁ」
俺が言うと、ウェラは大きく頷いた。そして自分の服を見下ろして言う。
「うん。あ、でも、汚したらごめんやで!」
「あ、訛っとるで、お・ね・え・ちゃ・ん」
「そないな――ああ、もう、ええわ!」
ウェラはそう言ってリヴィの手の甲をパシパシと叩いた。
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