外に出た俺たちを待っていたのは、六人の王国騎士と、御者と、馬車だった。王国騎士たちの鎧はそれぞれ傷つき、マントもずたずたになっていたが、それでも誰一人欠けることなく俺たちを待っていた。
「ただいま」
ウェラがまっさきに声をかけた。タガート隊長が面頬を跳ね上げて、右手の親指を立ててみせる。
「こっちも今しがた片付きました。もう少し暇が出来ると思っていたのですが」
「重傷者はいないかい?」
タナさんが王国騎士の傷付いた鎧を見回しながら言う。ちなみに俺は地上に転がされている。
「全員負傷者ですが、なに、かすり傷です」
タガート隊長は明るく言う。他の王国騎士たちも「問題なし」のような発言をしている。
「さて、さっさとこんな辛気臭い場所から離れましょうか」
馬車に隠れていた御者が、定位置に戻って言葉を発する。タガート隊長も同意した。
「ちょっと待ってもらっていいかい?」
タナさんは俺のところへとやって来て、腰を下ろした。王国騎士たちが「ごゆっくり」とか言っている。なんだか恥ずかしい。
「ねぇ、エリさん。すごい空だと思わないかい」
「ああ。本当に」
星々の間を薄い雲のさざなみが過り、空はますます輝く。満ち満ちた月の輝きはいっそ眩しいほどだ。タナさんの髪が、音もなく風に爪弾かれていく。
「ご褒美、かねぇ」
タナさんは大きく息を吐いた。少し冷たい夜風と、タナさんのほのかな柔らかい香りが、俺の中に溶け込んでくる。
その時、ウェラが俺の視界に入ってきた。
「あの、あのね、ママ」
「どうしたんだい?」
「対価が……足りないよって。精霊さんが。あの、カードは全部もうなくて、それで、どうしよう……」
泣きそうな声だった。
「まったく、気の利いた精霊たちさね」
タナさんは立ち上がり、どこかへ行ってしまった。ウェラは俺の隣にしゃがみこんで俯いている。
「ほら、これを」
ほどなくして戻ってきたタナさんは、大きな水晶玉をウェラに手渡した。それが俺の頭上を通った時、星空が急に近くなったような気がした。
「え、これは、すごく、その」
「捨てないでよかったよ。邪魔だったけど処分できずにいたのさ」
「でもこれ大事な……」
「たいしたもんじゃない」
タナさんは笑う。
「ちょっとした思い出の品だけど、アタシ、魔女は引退したんだ」
「じゃ、じゃぁ……もらうね?」
「ああ、精霊も腹ペコさ。食わせてやりな」
ウェラは小さくお礼を言うと、水晶玉を空に掲げた。それは見る間に消えていく。
「えっ? え……ええっ?」
ウェラは目を丸くした。近付いてきたリヴィが「どうしたん?」と訊いている。
「多すぎって、精霊さんたちが騒いでる」
「ありがたく貰っておきなって伝えな。ウェラとリヴィを護ってくれたお礼だよって」
「わ、わかった!」
ウェラはそう言うと、俺たちには聞こえない言葉で何かを言った。
「とりあえずもらっておくって。何かあったらいつでも呼べって」
「ふふ、それでいいさ」
タナさんはそう言うとウェラを抱きしめた。
「いいかい、ウェラ。精霊の巨人の力はね、将来、誰か本当の本当の、本当に! 大切な人ができた時に、本当に本気でその人を護りたいと思った時に使うんだよ」
「うん……!」
ウェラとタナさん、そしてリヴィが並んで立っている……のを、俺は下から見上げている。動けないのだから仕方ないだろう。
「あのさ」
俺は腰に響かないように気を付けつつ声を出す。
「この時間は、ある意味エリザのおかげでできたんだよな」
「そう……さねぇ」
タナさんは頷いて微笑む。今まで見た中で、最高に優しい微笑だった。
俺は、今が一番幸せかもしれない。いや違う。幸せなんだ。過去は――罪は消せない。消すつもりもない。だけど、だからといって今の幸せを否定しなきゃならない理由はない。そして、俺の周りの者たちの笑顔を拒絶しなきゃならない理由も、そうして良いという理由も、俺には思いつけなかった。
「タナさん」
「なんだい?」
「願掛けは、叶ったのかい?」
「さぁねぇ」
ククッと喉を鳴らすタナさん。
「叶っていれば、いいねぇ」
タナさんが何を願っていたのか。
俺がそれを知ったのはその数カ月後だった。
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