WA-02-01:ヴィーとカヤリ

大魔導と闇の子・本文

 男はハインツと名乗った。だが、カヤリにはそれ以外は何も伝えようとしなかった。カヤリが魔法で連れてこられた都市は「エクタ・プラム」という名前だった。イーラ村とは何もかもが違っていて、カヤリは眩暈めまいを起こしたほどだった。

 極寒の雪景色の中、突如現れる豊穣の地。中心部には数多くの高い建物が立っており、その外側には信じがたいほどの緑が生い茂っていた。

「どうしてこんなに」
「結界の内側は、環境が完全に操作されている」
「けっかい?」
「魔法で作られる壁のようなものだ」

 二人はエクタ・プラムをまっすぐに歩く。カヤリはきらびやかな建物や人々に度々目を奪われたが、ハインツは待ってはくれなかった。見たこともない数の人々がいるこの大通りではぐれでもしたらたちまち迷子だ。だぶだぶの黒いローブとフードという出で立ちのカヤリは慌ててついていく。

「道も綺麗」

 黒く舗装された地面は、傷の一つもない。砂利道などあり得ない、そう言っているようにすら感じられた。カヤリの文化と、このエクタ・プラムの文化はあまりにも違いすぎた。そしてなにより、はっきりと知覚できるほどの魔力がいたるところに立ち込めていた。それがある程度の熱を放っていることも見当がついた。街のいたるところに暖炉が設置されているかのようだとカヤリは思った。

 行き交う人々は誰もが満ち足りていそうだった。カヤリの村の大人たちはめったに見せなかった表情だった。そしてなにより、人々は他人に無関心だった。明らかにサイズのあっていない黒衣を身に着けているカヤリを見ても、誰も何も言わないし、視線もほんの一瞬で外れていく。それにもう夜も良い時間だというのに、誰も眠たそうにしていない。そして誰も飢えているようには見えない。イーラ村を思うと、ここはまるで別世界だった。それも悲しいほどに。

「ここの人たちは、みんな魔導師なの?」
「みな、ではないな。だが、ここは皇国が最も力を入れて開発した魔導都市。住民は押しべて魔法に深い理解がある。実験都市でもあるからな」

 ハインツは平坦な口調でそう言うと、都市の中心部にほど近いところにある高層建築物の前にやってきた。塔と言っても差し支えのない建物だったが、見える範囲には窓のようなものはなかった。ただ入り口として、巨大な扉が一つついていた。それはハインツが前に立った途端に、音もなくスライドして開いた。

「おかえりなさいませ、ハインツ様」

 まるでその瞬間を知っていたかのように、そこには真っ赤な外套を着けた若い女性が立っていた。服だけではなく、髪も瞳の色も鮮烈な赤だった。よく見れば両手の爪も真紅だった。

「その子が?」
「ああ、だ。カヤリという」
「なるほど」

 その赤い髪の女性は、その猫のような目を細めてカヤリの前までやってきて、無造作に右手を差し出した。

「ようこそ、エクタ・プラムへ」
「あ、あなたは……?」
「あたしはヴィー。ハインツ様の秘書みたいなもんさ。よろしく」 

 ヴィーは右手をさらに突き出してくる。だが、カヤリはその手を握るのを躊躇ちゅうちょした。もし握ってしまったら、ヴィーに何か良くないことが起きるのではないかと不安になったのだ。

「はははは、あたしはこう見えても大魔導だよ。いくら才能があると言っても、ぽっと出の未熟者がどうこうしようとしたところで、そう簡単にはいきやしないさ」
「ヴィーの言うとおりだ、カヤリ。お前は何も恐れる必要はない。な」

 ハインツはそう言うと、ヴィーの横をすり抜けるようにして建物の中に入っていく。

「あ、待っ――」
「あとのことは、そこのヴィーに任せる」

 ハインツはそう言い残して建物の中に消えた。それを待っていたかのように、扉がスライドして閉まる。巨大な扉の前に残される、カヤリとヴィーである。

 ヴィーはわざとらしく扉の方を振り返り、「というわけだからさ」とカヤリに顔を近づけた。

「ま、仲良くやろうよ、闇の子!」

 そう言ってにやりと笑い、今度は強引にカヤリの右手を握りしめた。カヤリはヴィーの赤い瞳をまっすぐに見上げて、「あ、あのっ」と意を決したように声を出す。

「んぁ?」

 面倒そうに応じるヴィー。カヤリは一度大きく息を吸い込んだ。

「わ、わた、私、カヤリです。カヤリって言います」
「あ、ああ? そう?」

 その勢いにされて、ヴィーは頷いた。

「んー、じゃぁ、そうだね。カヤリか。うん。カヤリ、よろしくな」

 ヴィーは目を細める。思えばヴィーに圧をかけてくる存在なんて、ハインツくらいしか思い当たらない。そういう意味で、ヴィーは多少なりとも愉快さを感じていた。

「よ、よろしくおねがいします、ヴィーさん」
「はは! あたしのことはヴィーでいい。付けとかゾワゾワする」

 ヴィーはカヤリの肩をポンポンと叩いた。その人懐こい表情と口調を受けて、カヤリの警戒心はすっかり無くなっていた。

「よ、よろしくおねがいします、ヴィー」
「おんなじ所で噛むのは如何いかがなものかと思うけど、まぁいいや」

 ヴィーはカヤリの黒髪をぐしゃっと撫でた。カヤリは「ひゃぁ」と声を上げて頭を押さえ、ヴィーを上目遣いに見上げた。

「そうそう、子どもはそういう顔しないと」
「それはどういう話……?」

 混乱するカヤリの表情をひとしきりたのしんでから、ヴィーは再び扉を開かせた。

「これ、どうやって開けるんですか?」
「魔法でちょちょいとね」
「そうなんだ……」

 カヤリは魔法がこんなに身近なものになっていることに、強烈なカルチャーショックを受けたのだった。

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