DC-13-02:狼の異形と召喚師

治癒師と魔剣・本文

 その狼は巨大な熊、いや、それ以上に巨大だった。完全な闇色のその身体は、夜闇と影に完全に溶け込んでいる。爛々(らんらん)たる赤い目だけが闇の中に浮かんでいる。

 狼の異形も倒す必要はあるが、これがいるということは、そばに異形を召喚した術師が潜んでいるはず。根本的にはそいつを倒さなければ意味がない。

 どこだ?

 ケーナは闇の中の気配を探る。視覚はあてにならないが、ケーナは全身で周囲を見ることができていた。聴覚や嗅覚、触覚が鋭敏になり、ほんの些細な情報から園周辺の状況をつぶさに感じ取ることができる。

「印(いん)……?」

 周囲を漂(ただよ)う魔力に斑(ムラ)がある。異形を中心に濃度は高いが、その向こう側に高密度の魔力があった。まるで見つけてくれと言わんばかりに露骨な魔力の集合体だ。

 その間に狼の異形が突進してくる。ひとまず魔力の印(いん)らしきものの確認は後回しだ。

 狼の異形はケーナを一噛みしようと口を大きく広げた。その奥に炎が見えた。

 ケーナは咄嗟に魔力の盾(アデリオール)を展開する。その直後に狼の口から熱線が放たれてくる。魔力の盾はその熱線を相殺して消える。ケーナも地面を蹴る。狼の牙がケーナの頭を噛み砕こうと迫る。ケーナは狼の顎(あご)の下に滑り込み、下から顎を一突きした。

「聖盾(アデリオール)!」

 判断が遅れていたら、ケーナの身体は溶かされていた。その体液は強酸性だ。地面がふつふつと煙を上げている。吐き気をもよおす悪臭と、灼熱がケーナの全身を襲う。ケーナは跳ね起きると、二度三度と跳躍して狼の異形と距離を取る。

 ケーナは無詠唱で瞬間短距離転移(ヴァーレッド)を行使して、狼の異形の真上に移動し、そのまま頭頂部に剣を打ち下ろす。

 完全に不意を打たれた狼の異形は、派手に体液を吹き上げながら恨みがましい目でケーナを睨む。

「さすがにしぶとい」

 イレム様のような技があれば。ケーナは歯噛みする。しかしこのままでは埒(らち)が明かない。

 ケーナの視界の隅に、また印(いん)が見えた。ケーナは狼の異形の攻撃を転がりながら回避する。ケーナを追い込んだと確信した狼の異形が右の前足を振り上げる。鋭い爪が鈍く光る。

 爪が地面を抉(えぐ)る。しかし、ケーナはいない。ケーナの姿は狼の異形の右にあった。その振り抜かれた剣によって、狼の異形は右前足を切断される。致命傷には程遠いが、狼の異形はバランスを失って転倒する。

 ケーナは印(いん)に向かって瞬間短距離転移(ヴァーレッド)を行使する。三度跳躍すれば届く。ケーナは瞬間的にそう判断する。だが、敵方、恐らく異形の召喚主もさるものだ。ケーナの転移先を読んで闇の攻撃魔法を放ってくる。

「ちっ……!」

 闇色の球体はほとんど視認不可能だ。音もない。ケーナは聖盾(アデリオール)で強引に突破する。かなりのダメージを受けてはいるが、今のケーナにはかすり傷だ。小さな怪我なら瞬間的に治癒していく。

「見える!」

 闇の中に、それも隠蔽魔術で身を隠した魔導師の姿がはっきり見える。ケーナは一旦その姿の背後に転移し、出現と同時に身体を捻(ひね)って地面を蹴った。

 ケーナがその頭部に剣を打ち下ろす。

 が、魔導師は結界を張り巡らせてその一撃を防御する。そして振り返りざまにその両手から炎を放ってくる。狼の異形もその背後から迫ってきていた。

 二対一はよろしくない――ケーナは魔導師に狙いを絞る。異形を相手にしても徒労に終わる可能性があるし、三対一にでもされればさらに厄介だ。

 魔導師は闇の魔法を得意とするらしく、その攻撃の全てが不可視だ。それどころか魔導師の姿も見えたり見えなかったりする。厄介な手合いだ。

「もっとも――!」

 見えてるんだけどね!

 ケーナは予備武装の短剣を取り出して空中に放り投げた。魔導師は思わぬ行動に一瞬虚(きょ)を突かれる。

「!?」
「飛剣(ヴァラ)!」

 ケーナの短詠唱魔法が発動する。すると放物線落下機動を取っていた短剣が浮き上がり、切っ先を魔導師に向けて加速した。ケーナはそれを追うようにして走る。狼の異形が炎を放つ。ケーナは聖盾(アデリオール)を炎にぶつけ、そのまま走る。短剣が魔導師の肩に突き刺さり、肉を削いでまた飛んだ。空中で大きく旋回して、今度は狼の異形の目に突き刺さった。

「爆剣(ヴィト)!」

 狼の異形の右目が短剣もろとも破裂する。

 それを視界の隅で確認して、ケーナは痛みに朦朧としている魔導師に向って斬りかかる。

 魔導師は右手に抜いた短剣で、その一撃を食い止めようと試みる。だが、ケーナの一撃は、その短剣をものともしなかった。刃を砕き、そのまま魔導師の右肩から左の脇まで刃を通した。

 さぞや名のある魔法剣士だったのだろう。

「私が相手でなければ」

 あるいは勝機はあったかもしれないけど。

 取り残された狼の異形は、魔力を失い始める。明らかに動きが鈍くなり、小さくなっていく。

 仔犬ほどの大きさまで小さくなった異形を、ケーナは魔力を帯びた斬撃で躊躇なく粉砕した。

「残りも片付けなくっちゃ」

 ファイラス様たちには気付かれないように。

 ケーナは再び意識の中に現れた印(いん)を頼りに、動き始めた。

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