新たな魔導師の位置はすぐに分かった。彼らは魔法を使って完全に姿を消していたが、彼らの位置には不思議な魔力が渦巻いていた。
やっぱり誰かが印を?
考えるのと同時に、ケーナは短距離瞬間転移を行使して動いていた。三度、四度と繰り返して移動してみせるが、それ自体が常人の技ではない。そもそも魔法を無詠唱で連続使用することそのものが、精度を下げ、危険性を上げる。
だがケーナには躊躇いはなかった。ケーナ自身、この戦に出るまでの実戦経験は簡単に数え上げられるほどしかない。そしてその時はまだ、ケーナの中の声はここまで大きくはなかった。もとよりケーナ自身はそれほど優れた剣士というわけでもなかった。
しかし今のケーナには声があった。正確無比に状況を判断し、異常な精度のアドバイスをくれる声だ。ケーナはそれに素直に従うだけで、上級の魔法剣士をも凌駕する戦闘力を手に入れていた。ケーナはいまや、その声に、全幅の信頼を置いている。
あと一跳び――!
ケーナの姿が一瞬現れて消える。そして再び現れたのは姿を隠した魔導師の目の前だ。魔導師はケーナの魔法を察知していたが、反応が遅れる。魔法障壁で一撃こそ弾いたが、ケーナの横薙ぎに振るわれた一撃で不可視の壁は粉砕される。
「バカなッ!?」
防御魔法が一秒もたずに消滅させられた魔導師は、咄嗟に短距離瞬間転移で逃げようとする。しかし、その魔法が発動しない。両足首を何かに掴まれたかのようになって、魔法はおろか身動きすら取れない。
ケーナは上に飛ぶと、そのまま剣を打ち下ろす。魔導師はかろうじて魔法の盾を展開してそれを弾き返す。だが抵抗はそれまでだった。地面に降りたケーナは短距離瞬間転移で魔導師の背後に移動し、そのまま背を向けたまま魔導師に剣を突き刺した。
「ぐぁ――」
絶叫を上げようとする魔導師の首を、ケーナは一切の迷いなく切り飛ばした。
あと三人!
印が三つ。うち二つはケーナの前後を挟むように移動していた。もう一つは少し遠い。
自ら近づいてきてくれるのは都合がいい――ケーナは聖盾を展開すると、短距離瞬間転移で真上に移動した。直後、展開された防御障壁が爆発に飲まれる。ケーナは爆炎を利用してさらに上空へと移動しながら、眼下の様子を観察する。
案の定、魔導師二人がケーナを挟み込むように爆発の魔法を使ったらしい。だが、自らの生み出した爆炎によって、ケーナの姿を見失っている。それに彼らは今ので勝ちを確信していた。
ケーナは一人に狙いを絞って、そのまま自由落下の軌道を取った。上空できらめいた刃に気が付いた魔導師が驚愕の表情を浮かべ、光矢の魔法を放ってくる。一本がケーナの頬を掠めたが、大した怪我ではない。痛みもほとんどない。着地の前には塞がるだろう。
「お前は――!」
それが魔導師の最期の言葉だった。重力加速度の助けも借りた一撃が、魔導師の頭頂部から胸までを切り裂いた。顔面構成要素たちが血と体液と神経を引きずりながら飛び散った。
「汚い」
ケーナは冷酷に吐き捨てると、すぐに魔導師の背後に転移した。魔導師の身体に火球が直撃し、はからずも荼毘に付した。ケーナの判断が遅れていたら、さすがのケーナと言えども無事にはすまないところだった。――その判断も声による。
ケーナはすぐに体勢を立て直すと、燃え盛る魔導師の死体を踏み越えて走る。目の前に火球が発生する。
「聖盾!」
ケーナは火球に魔法障壁を叩きつけ威力を軽減する。完全に殺すことは出来なかったが、それはそれで好都合だ。閃光と炎の揺らめきによって、相手からケーナは一瞬見えなくなる。
ケーナは炎を突き破って魔導師に切りかかった。魔導師も長剣を抜いていた。
「せっ!」
ケーナの裂帛の気合とともに、剣が打ち下ろされる。魔導師は危なげなくそれを往なし、そのまま両手で剣を握って胴を薙ぐように剣を振るう。ケーナは回転しながら後ろに跳んでそれを回避し、着地と同時に地面を蹴った。
そして剣を振るうと見せかけて魔導師の背後に転移し、身体を回転させながら魔導師の背中を分断しようと試みる。魔導師は器用に剣を立ててその一撃を防ぐが、威力は殺しきれない。しかし、魔導師はローブの内側に魔法のかかった鎖帷子を着用していた。効果的な一撃にはならない。
こいつ、強い!
ケーナは声を頼りに戦い続ける。お互いに決定打が入らない。
「時間掛けてられないのに」
ケーナは剣に魔法を掛け直す。疾風の刃に代わり、灼熱の刃だ。剣が重たくなる代わりに破壊力が大幅に増加する。
――ヤツにはもう魔法を使う余力はない。
声が言った。ケーナは頷く。
そして地面を蹴り、吶喊する。
魔導師はその一撃を受け止めようと迎撃体勢に入る。万が一、止められればケーナは一撃をもらう覚悟をしなければならない。それは致命傷にもなり得るだろう。
負けられないから!
ごめんね!
ケーナの魔力を帯びた剣が魔導師の剣を粉砕した。
砕けた刃に対して、ケーナは飛剣の魔法を仕掛ける。
無数の小さな刃が魔導師の顔面に集中して突き刺さる。
「がぁぁっ!」
激痛に蹲る魔導師の後頭部に、ケーナは冷静に剣を刺した。くしゃり、という手応えがケーナの掌に伝わってくる。
「あと一人……って嘘……」
ケーナがその印を追った先は本陣の真ん中だった。
「しまった」
ケーナのつぶやきと同時に、本陣の只中でいくつもの爆発が発生した。
「せっかく静かに片付けていたのに!」
空気の読めないヤツ!
ケーナは転移魔法で本陣近くまで移動すると、全力で走った。ファイラスにケーナの戦闘力を気取られないようにするためだ。
ケーナは、自分がここまで戦えることをファイラスには知られたくなかったのだ。
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