DC-00-00:滅んだ世界の欠片より

治癒師と魔剣・本文

 白髪、そして青い瞳の青年が、バルコニーで星空を見上げている。八月だというのに酷く冷たい夜風が、青年の髪を仄かに揺らしていく。

「滅んだ世界の欠片カケラ、か」

 青年は月に視線を送り、今度は黒々と広がる南の山脈を見た。あの山の向こうでは今まさに戦が起きている。数多くの兵士の屍が放置されていることだろう。

「人は一度滅んだだけでは進化しない。嘆かわしいな、カヤリ」

 青年は振り返り、室内に戻る。そこには暗黒色のマントで身を包んだ女性がいた。フードを目深に被った彼女の瞳が、青く輝いている。文字通り発光しているのだ。

「世界が再生してから八〇〇年余り」

 カヤリと呼ばれた女性が無感情に応じる。

「現状こそ、人の進化の結果かもしれません」
「面白いことを言うな、カヤリ。さにあらば、まことに救いようもない」
「しかし、あなたは止まらない」
「……ああ」

 グラヴァードは頷く。

「カヤリはどう思う。妖剣テラという餌に、魔剣ウルは食いついてくるかな?」
「来ます」

 カヤリは断定する。彼女は妖剣テラとは因縁いんねん浅からぬ仲だ。

「妖剣テラに引き寄せられて、魔剣ウルは必ず」
「そして魔神ウルテラは蘇る、か」

 グラヴァードの呟きに小さくうなずき、カヤリは口を開く。

「しかしグラヴァード様。魔神ウルテラは人の身には過ぎた力と存じます」
「だろうな。彼奴きゃつは、龍の英雄たちでも苦労した相手だ」

 紫龍セレス降臨による世界崩壊の時、龍の英雄たちは紫龍セレス配下の魔神たちを多く滅ぼした。そのほとんどは元の世界へとかえり長い眠りについた――と言われているが、全ての魔神がそうではなかった。今なお、この再生された世界にとどまり、蘇るときを待っている魔神が多数いる。魔神ウルテラもそのうちの一柱だった。龍の英雄たちをして滅ぼす事ができなかったほどの魔神である。その強大さは推して知るべし、であった。

 グラヴァードはカヤリに背を向けて、また月を見上げた。衣擦きぬずれの音とともに、カヤリが隣に並ぶ。カヤリは言う。

「妖剣と魔剣――魔神ウルテラの力が、人々を狂わせているのでしょうか」
「だといいな、むしろ」

 グラヴァードは首を振る。カヤリはほの青く輝く目を伏せながら小さく息をいた。グラヴァードはその様子を視界の端に捉えて、「それで」と話題を変える。

「魔剣はヴラド・エールの殿にある、ということだな」
「おそらく」
「珍しいな、君が曖昧な表現を使うのは」

 グラヴァードの言葉を受けても、カヤリは無表情を崩さない。

「数年前までは確かに存在していた……というのが正しいところです。現在もまだそこにあるかどうかは」
「魔剣のことだ。情報を暴露するも隠蔽するも、さして難しいことでもあるまい。君ほどの魔力をもってしても探知できなくなっていることこそが、その証左だ」
「申し訳ありません」
「気にするな」

 グラヴァードは気さくに言う。カヤリは小さく一つ頷いた。グラヴァードは腕を組む。甲冑はほとんど音を立てない。

「魔剣ウルは妖剣テラに引き寄せられる。君が確信を持っている通り、必ずだ。だからもはや無理に追う必要はない。あの戦の渦中に必ず現れる」
「承知しました。私は戦場いくさばにて、魔剣ウルの捜索を。妖剣テラとの合一はなんとしても」
「頼りにしている」
「では」

 カヤリはそう言い残すと姿を消した。

 グラヴァードは独り、冷たい月を見上げて溜息をついた。

「妖剣テラに、魔剣ウル、か。これは人のごうか、魔神かみ御業みわざか」

 グラヴァードは月を睨む。

 かつて、世界は滅ぶべくして滅んだのかもしれん。

 そして、世界は滅ぶべくして滅ぶのかもしれん。

 魔神たちを従える紫龍セレス――この大地そのものの意志によって。

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