小高い丘の麓には、無数の屍が転がっていた。どれも激しく傷ついており、夏の陽気に炙られて腐敗もひどく進んでいた。残ったわずかばかりの下草はどす黒く萎びており、死体を好むキノコがぶつぶつと身を掲げていた。
うっすらと霧の出てきた、その惨劇の現場に現れる百名あまりの集団。大半は馬に乗っており、中央には数台の幌馬車がいる。
「ファイラス様、これは」
「ひどいものだ」
先頭を行く男女が言葉を交わし合う。悪臭に覆われたこの土地では呼吸すら躊躇われる。
「およそ人の力とは思えないな」
ねじ切られた兵士の身体を見下ろして、男――ファイラスは呻く。彼は黒で染め抜かれた僧衣を身に着けていた。その下には鎖帷子を着込んでいる。黒い髪はやや長く、湿った風に揺れている。暗黒色と言ってもいいほど暗い瞳は、険しい光を放っている。
彼の右手には抜かれた長剣があった。ファイラスたち、ヴラド・エール神殿に所属する神官たちは、総称して神官戦士と呼ばれている。その大半はいわゆる魔法剣士であり、それぞれが国家騎士団員の大半を凌駕する戦闘力を有している。
「ケーナ、生存者を探してくれ」
「いえ」
ケーナと呼ばれた金髪の女性神官が首を振る。その緑色の瞳は確かに翳っている。
「今は先を急ぎましょう、ファイラス様。生存者がいる可能性は極めて低いですし、この霧では捜索も危険です」
臆することなく理路整然と告げるケーナに、ファイラスはやや思案顔になる。
「わかった。確かにここで部隊を危険に晒すわけにはいかんな」
ファイラスたちは補給部隊であると同時に増援部隊だ。彼らは今、アルディエラム中央帝国北方にて勃発した反乱鎮圧のために、帝国政府の要請で動いている。国家騎士たちだけではにっちもさっちもいかなくなったというわけである。
アイレス魔導皇国、メレニ太陽王国という隣接する国家の支援を秘密裏に受けたディケンズ辺境伯は強大だった。しかし、アルディエラム中央帝国としてはその領地を諾々と放棄できるはずもない。なぜなら、そここそがアイレス魔導皇国およびメレニ太陽王国に対する防御の要衝だったからだ。
「戦力の逐次投入なんかをするからこうなる」
ファイラスは馬を進めながら呻く。
「しかしファイラス様。この地は前線からまだまだ遠いですよ。いくらディケンズ伯が強大だといっても、こんなところに部隊を置いておける余力があるとは思えません」
「そうだな……」
ファイラスはますます濃くなってきた霧に危機感を覚え始めた。馬数頭分離れると、もうほとんど姿が見えない。
「ケーナ、だいじょうぶか?」
「正直、気が狂いそうです」
「だろうな」
ファイラスは頷く。ファイラスとて戦場は初めてだ。神官という職業柄、様々な死体は見てきているが、それでもこの死屍累々たる状況には堪えていた。
「こんな酷い死体、初めてです」
ケーナが蒼白な顔で訴える。
「もう少し霧が晴れてくれれば詳細な調査もできるが、今は先を急ごう。こんな屍の山の中で足止めを食らうのだけは避けたい気分だ」
「同感です」
ケーナはその柔和な顔に似つかわしくない、鋭い視線を周囲に飛ばす。ファイラスはそれに気付かぬままに、後方へ号令をかける。
「今は一刻も早くここを抜ける。丘の頂上を目指す」
風が吹けば霧も晴れるだろう――ファイラスは自分にそう言い聞かせた。
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