DC-17-02:鞘

治癒師と魔剣・本文

 イレムは素早く周囲を確認する。周囲では兵士や神殿騎士たちがそれぞれの仕事に駆け回っていたが、誰もイレムたちの会話に注意を払ってはいない。イレムは燃え盛る炎が爆ぜる音に隠すように声を潜め、言う。

「妖剣テラはアイレスのゼネス聖神殿にあった。つまり、アイレス魔導皇国が保有していたということだ」
「……そう、だな」
「一方、魔剣ウルはアルディエラムうちのヴラド・エール聖神殿にある、というのが公然の秘密だ」
「ああ」 

 ファイラスは頷く。噂というレベルではあったが、ファイラスもそれは知っていた。ケーナは思い詰めた顔で押し黙っている。

「で、だ。アイレスもうちも、魔剣と妖剣を揃えたいと考えたとしたら。いや、それ以前に、二本が引き合うものであると知っていたのだとしたら? そして封印の解き方がわかっていたとしたら?」
「いや、しかし、それは」 
「ない話じゃねぇだろ?」
「しかしそれでは魔神ウルテラをみすみす蘇らせることになる。そんなことをしたら――」
「魔神ウルテラ。そんなバケモン、普通に考えれば蘇らせたらおしまいだ。だが、裏で糸を引く連中が、それをどうにかできる算段をつけていたのだとしたら。その力を自らのために利用できるのだという確信があるのだとしたら?」
「龍の英雄は今はもういない。どうもできるはずが」
「っていうかさ」

 イレムは枯れ枝を一本拾って手近な炎に投げ込んだ。パチンと音を立てて枝が爆ぜて灰になる。

「陰謀巡らせる奴らも、俺らも、みんなもうすでに魔神ウルテラの支配下にいるのかもしれねぇよ?」
「運命ってやつですね」

 ケーナが口を挟む。イレムは「そうとも言う」と頷いた。

「しかし、だとしたら俺たちにあらがすべは」
「やるしかねーだろ」

 イレムは暗い空を見上げた。

「泣き言言っても何も変わらねぇよ、ファイラス。それに、だ。俺の物語にバッドエンドってやつは存在しねぇのよ」

 そうして、イレムはケーナの肩を捕まえる。ケーナは緊張した面持ちでイレムを見上げた。

「ケーナ、お前、ニ年前に何があった」
「ニ年前?」

 ファイラスのほうが先に反応した。

「ニ年前といえば、バレス高司祭の儀式で、ケーナにかけられた呪いが弱まった?」
「呪いが弱まる?」

 イレムが右の口角を吊り上げた。

「魔剣ウルの呪いが、あのジジイ程度の力で抑えられるなんて、お前、本気で思ってたのか?」
「いや、しかし確実に呪いは弱まっている。ケーナの身体的な症状は治癒したし」
「治癒、ねぇ?」

 イレムは半眼になってファイラスを見る。

抜身ぬきみの魔剣が、さやを手に入れただけ、なんじゃねーかって俺は思っているがね」
「鞘を? それがケーナだとでも?」
「可能性は否定できねぇよ?」

 イレムはケーナの謎の戦闘力を知っている。そしてそれを目にした時、イレムの中の疑念は確信に変わっていた。

「魔剣ウルは聖神殿にあった。ニ年前にケーナはバレスによってした。その時を境に呪いは弱まった。そして今。妖剣テラのところへと、俺たちは近付いている」
「ゼドレカ伯爵はなんと?」
「なんともなにも、俺のこの言葉はゼドレカのおばちゃんの受け売りだ」

 イレムは肩を竦める。

「俺がここに派遣されたのも、ゼドレカのおばちゃんの手引てびきよ」
「そ、そうか」

 ファイラスは逃げ道がなくなったことをさとる。力ある者たちはこの事態を把握し、冷静に見守っているということか――。

「それで、ケーナちゃん」

 イレムはケーナを一瞥する。

「お前は一体何者なんだ?」

 その静かな問いかけに、ケーナの緑色の瞳がギラリと輝いた。

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