DC-17-03:虐殺者の出現

治癒師と魔剣・本文

 その静かな問いかけに、ケーナはしばらく答えようとしなかった。ただじっとイレムを見て、まるで彫像のように固まっていた。

「ケーナ?」 

 事情を知らないファイラスが怪訝な声を発すると、ケーナはようやくファイラスに顔を向けた。凍てついた石像のように冷たい顔を、炎の影が揺らしている。その揺らめきは、ケーナの表情を怒りとも悲しみともつかぬものに彩っていた。

「イレム様の推測は、恐らく、正しい」
「なんだって?」 

 聞き取れなかったファイラスが問い返したその刹那、ケーナは剣を抜いて身体を半回転させた。ファイラスの目の前、ケーナの背後。そこに白髪の青年が現れたのだ。ケーナは迷いなくその身体を両断しようと、剣を振るっていた。

 ファイラスも、そしてイレムさえも動けなかった。それだけの速度でケーナは動いていた。そしてその手にした剣には鋼の刃がなかった。代わりに暗黒色のぬめる剣状のものが生じていた。

 その刃は青年の身体を切れなかった。正確には届いていなかった。青年の身に纏った鎧のほんの僅か手前で、ピタリと動きを止められていた。ケーナは青年を睨み、青年は涼しい顔でケーナを見下ろしている。

「なるほど」 

 青年はつぶやいた。そこには焦りも緊張もない。その目がイレムを捉える。イレムは剣に手を掛けていた。

「さすがは。ウルテラの干渉もけるか」
「クールに振る舞いやがって。お前、何者だ」

 イレムは動けない自分に気がつく。魔神の干渉によるものもある。だが、それ以上に、イレムは目の前のこの白髪の青年に気圧けおされていた。圧倒されていたのだ。

 こいつには、勝てねぇ――イレムは瞬時にそう悟る。明らかなが、イレムの内側をむしばんでいる。

「お前の名前は」
「俺の名に何の価値がある」 
「俺が訊いている。答えろ」
「ふむ――」

 白髪の青年は、なおも自分を分断しようとしているケーナの剣を見下ろしながら、「なるほど」と頷いた。

「俺の名前は、グラヴァード」
「……グラヴァードか」

 イレムの言葉に、グラヴァードの目が細められる。

「君たちのことは知っている。実に錚々そうそうたる顔ぶれだな」
「そりゃ、どうも」

 イレムもなんとか剣を抜くことに成功する。しかし、グラヴァードは剣を抜くどころか悠然と腕を組んでいた。

神帝師団アイディー、聖騎士、そして……か」

 グラヴァードは全く身動き出来ていないファイラスを見る。

「ニ年前にこの娘に何が起きたのか。聖騎士、君は見たはずだ」

 ファイラスの脳内に、景色が流れ込んでくる。血まみれのケーナ、生み出される剣、そしてケーナの内側に吸い込まれていく凶々しい刃……。それら全ては断片的なものだったが、妄想というにはやけに生々しかった。

「なんだ……これは」
「塗り潰された君の記憶だ。ニ年前に君が見た本当の景色だ」
「誰がそんな」
「思い当たる者がいないわけではないだろう、君には」

 グラヴァードはようやく剣を引いたケーナを見て、また目を細めた。そこには感情のようなものは見えない。まるで人形のように、冷たい微笑を見せている。

 戦意を喪失したケーナに代わり、イレムが前に出た。

「しかし、いずれにせよさ、グラヴァード」

 イレムの声にはこれ以上ないほどの殺気が含まれていた。ファイラスですら怖気おぞけを感じたほどだ。

「俺はお前を見てしまった以上、お前を放ってはおけない」
「勝てぬよ、神帝師団アイディーの騎士」

 グラヴァードの青い瞳が鈍く輝く。しかしそこには何の意志もうかがえない。それゆえに、イレムは攻め手を欠いた。手の内が全く読めない。そしてまたイレムはわかっている。今仕掛けたら、確実に返り討ちにうことを。

 じりじりとした時間が過ぎる。

 そして先に痺れを切らしたのはイレムだった。

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