#02-03: 貴族の魔女狩り

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 カルヴィン伯爵を訪ねる旅は、なかなか進まない。原因は言うまでもなく、俺の腰だ。三時間に一回はタナさんのマッサージを受けたり、湿布や灸を据えてもらったりしていた。ああ、そうそう。タナさんの湿布は実に良いものだった。じわっと効いてくる感がたまらない。また、ウェラの火の精霊のおかげで、手軽にお灸という手段が使えるようになったのも大きかった。生涯孤独を貫こうと思っていたのに、ウェラもタナさんも、いなくては困る人になってしまった。なんていうか、うーん? ちょっとだけ複雑だ。

 俺は右手で剣を杖に、左手をウェラに握られつつ、頑張って歩いているというわけだ。もはやおじいちゃんと孫である。早く馬車を入手しなくては。せめて駅馬車のある街に辿り着かなくては、文字通り野垂れ死ぬ。

 俺たちは街道脇にあったいい感じの草地で野営の準備を始めていた。これ以上頑張ってもすぐ夜だ。ウェラもいるし、夜中の移動は控えておこうという判断をしたのだ。

 俺はタナさんのマッサージを受けた後、今度はタナさんを寝かせて背中を揉んでいた。

「あぁぁぁ、いいねぇ」

 タナさんが大きく息を吐いている。

「あんたの手首から先と結婚したいわ」
「そこだけ?」
「他に要るかい?」
「う、うー……」

 刺さる刺さる。手首より上には用事がないと言わんばかりの言説である。言い返せないわけじゃない、言い返さないだけだからな。

「パパ、ママ、火を点けていい?」
「あ、頼むよ、ウェラ。ありがとうな」
「えへへ」

 ウェラははにかみつつ、集めてきた枯れ枝に向かって手のひらを向けた。するとすぐにぽわぽわと炎が上がり始める。

「ところでそういう小さな火の時には、精霊は代償を求めたりしないのか?」
「うん。火の精霊さんは一番のおともだちだからね」
「そんなもんなんだ」
「火の精霊さんは、ウェラが赤ちゃんの頃から守ってくれてるからねー」

 なるほどね。そういう関係性なのか。

 焚き火はすぐに大きくなり、暗くなり始めた空をゆらゆらと揺らし始める。俺はそこから視点をタナさんの背中に戻し、また揉み始めた。それにしても恐ろしく頑固な肩凝りだった。ぬるま湯に浸け置きしておきたいくらいだ。

「はああああ、エリさん。堪能したよ」

 タナさんはゆっくりと起き上がると、軽く頭を振った。そして両肩をくるくると回す。……ゴキゴキいってますけど。

「ここはどのへんだろうな、タナさん」
「さぁねぇ。ただ、街道は確実に整備されてきているから、遠くないところに、あの町よりはマシな町があるはずさ」
「確かにね」

 俺はそう言って、焚き火の方を見た。すると、その近くで、ウェラが眠っていた。

「あらら」

 俺はその無防備な寝顔を見て、タナさんと顔を見合わせる。タナさんはその表情を和らげていた。とても優しい顔だった。タナさんは荷物から薄手の毛布を取り出すと、ウェラの身体にかけてやる。未だ初夏であるから、夜は少しだけ冷える。

「久しぶりなんだろうねぇ」
「うん?」
「油断していい時間がさ」
「俺たち信頼されてるってこと?」
「かもしれないけど、今のあの子にはアタシたちじゃ勝てないさ、そもそも」

 確かに、あの火の精霊を使役できるのだ。やる気になれば、俺たちなんて一瞬で火葬されてしまうだろう。

「でもさ、エリさん」
「うん?」
「信頼されてるって思いたいね」
「そう、だな」

 この俺が、この子の安心できる場所を作れるというのなら――悪くはないと思う。

「さて、エリさん。ちょっと寝ておくといいさ。痛みが引いてるうちにね」
「え、でも、タナさんだって疲れてるだろう?」
「なに、あんたよりマシさね。それに、アタシは夜のほうが得意なんだ」

 タナさんの横顔が焚き火の炎でゆらゆらと影を作っている。

「魔女、だからなのかねぇ」
「引退したんだろ?」
「まぁ、ね」

 タナさんの声に張りがない。俺は横になって、タナさんの顔を見上げる。

「なんだい、エリさん。膝枕でもしようか?」
「……魅力的な提案だけど、まだ遠慮しておくよ」
「あんたは……いい男さね」

 タナさんはふっと息を吐く。それに合わせてパキッと炎が爆ぜる。

「俺は大した人間じゃないさ」
「もし仮に。その手が罪にまみれていたとしても――」

 タナさんは静かに言った。

「アタシにとっては今そこにいるエリさんが、エリさんなのさ。だから」

 だから……。

「自分の過去にひっぱられちゃいけないよ、エリさん。今の自分をおとしめようとする過去は、過去なんかじゃない。ただの悪意なのさ。自分で自分を傷つける、悪意の一つの形なんだ。過去は、過去さ。現在いまの自分を構成するためのもの。どんな酷い過去であったとしても、どんな罪に汚れていようとね、それがあんたという人なんだ」
「タナさん……」
「他人からの許しは大切かもしれない。けど、何より大切なのは、自分で自分の過去に向き合ってやることさ」
「もし――俺が」

 俺はタナさんの横顔を凝視する。この元魔女はどこまで知っているのか。

「いいのさ、エリさん」

 タナさんは俺を見てニッと笑った。荒んだ笑みではあったが、悪意は感じなかった。

「今のアタシには、あんたが必要なのさ。それでいいじゃないか」
「タナさん……」
「ま、手首から先だけでいいけれどね」

 ……俺は自分の両手を見た。それはとても汚れた手だった。

「さ、この調子でお喋りしてたら、朝になっちまうよ。まずは寝ておくれ、エリさん」
「ああ……そうだな」

 俺はそう答えると、突然襲ってきた耐えがたい睡魔にあっさりと敗北した。

 それから数時間は眠ってしまっただろうか。未だ真夜中の様子ではあった。タナさんの柔らかな歌声がほのかに聞こえてきていた。俺は薄目を開けて様子を見る。と、タナさんはウェラに膝枕をしていて、その髪を撫でていた。歌っているのは子守唄だろうか。時々しゃくりあげるような声が聞こえる。ウェラが泣いているのだろうか。

「心配いらないさ、ウェラ。あんたはもう一人じゃないのさ」

 抑えた声音。だが、それはとても柔らかくて、脳の中に溶け込んでくるような声だった。

「でもね、あの、パパとママは、出会ったばかりなんだよね……?」
「そうさ。まだほんのちょっとだけ。でもねぇ、人のえにしってやつは不思議なものなのさ」

 縁、か。俺は目を閉じた。俺の出る幕ではなさそうだ。

「アタシはエリさんに助けられて、助けられたからこそ、今ここにいる。あんただって、エリさん一人で歩いていたなら声はかけなかったはずだ。違うかい?」
「ちがわない……。ママと二人で楽しそうにしていたから、だいじょうぶかなって思った」
「だろ?」

 タナさんは静かに言う。

「それがね、えにしってやつなのさ。アタシたちは出会うべくして出会ったのさ。それはそうと、ウェラ」
「うん?」
「アタシたちが悪人に見えるかい? ウェラをまた一人ぼっちにしそうな人間に見えるかい?」
「ううん! みえない!」
「ふふ、そうだろ。エリさんはいい男さ」
「マッサージがうまい?」
「そうだね」

 そこかよ――心の中で突っ込む俺。

「アタシたちはね、似た者同士なのさ。痛みを知っているから、相手の痛みが理解できるのさ。傷の舐めあいかもしれない。でもね、アタシたちにはそれが必要なのさ。アタシたちは、お互いに同じ形のピースを失っているんだ」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「どうしてかねぇ。魔女から、かねぇ」
「ねぇ……ママ」
「うん?」
「もし、そのピースが一つしか見つからなかったら、どうするの?」

 ウェラの鋭い問いかけ。俺は思わず息を呑んで答えを待った。

「一つしかなくてもいいじゃないか。いや、一つでいいじゃないか。それがね、パパとママっていう関係なんじゃないかい?」
「でも、完成しないよ、パズル」
「自分のパズルが完成しちまったら、誰の助けも必要としなくなっちまうだろう?」
「それじゃだめ、なの?」
「人を頼る理由がない人生てのは、寂しいもんさ。助けてもらわざるを得ない――それでいい。もし、一生補い合える相手と出会えたとしたらね、そういうのことをというのさ」

 仕合せ、か。

 俺はふっと息を吐き、もう一度寝ようかなと考えた。今起きだすのは、さすがに空気が読めてない。

 いや、待て。

 何か変だ。

 俺は地面に耳を当て、音を探る。このあたりは平原で、見晴らしが良い。そして俺たちは火を炊いている。遠くからでも見えるはずだ。

 馬車の音か。小さな振動が聞こえてくる。一直線に街道をこちらに向かってきている。

「エリさん、起きな。ていうか、起きてるんだろ」
「どんな洞察力だよ」

 俺は「よいしょ」と気合を入れて起き上がる。さすがに野宿は腰に来る。少し硬めの(腰に優しい)ベッドを所望する。

「こんな時間に馬車が複数かい。ただ事じゃないねぇ」
「ママ、火は消したほうがいい?」
「いや、どうせもう見つかっちまってる。コソコソしてやる必要はないさね」

 魔女狩りの横行するこのご時世に、ここまで気丈に振る舞える女性はそうそういないだろう。

「ママ、パパ、馬車が五台。あと、馬に乗った人がたくさんいるって精霊さんが」
「便利だな、それ」

 俺は言いつつ、長剣と、懐に仕込んだ短剣を確認する。とはいえ、多勢に無勢。何ができるとも思えない。タナさんはウェラを見下ろして訊く。

「馬車は、だね」
「精霊さんはそう言ってる」
「やっぱりか。こんな時間に幌付き。穏やかな連中じゃないさね」

 遠くからにぎやかな金属音が聞こえてきた。ということは、先導しているのは騎士か。ますますかなう相手じゃない。

「タナさん、ウェラ、隠れてたほうが良い」
「冗談じゃないさね」
「冗談なんかじゃない。二人なら逃げられるだろう」

 俺は腰の都合上逃げられない。だが、タナさんは動いてくれなかった。

「アタシはね、エリさん。命の恩人を見捨てられるほど落ちぶれちゃいないのさ」
「俺には、タナさんもウェラも守れないんだぞ!?」

 悔しい――久しぶりに本気で悔しいと思った。

「これはね、の問題さね。あんたとアタシ、そしてウェラは出会ってしまったのさ。出会うべくしてね。だからもう、そういう犠牲だ献身だとか言ってられる関係じゃないのさ。死なば諸共、アタシはそう思ってる」
「でも、それじゃぁ」
「ウェラ、カードは用意しておきな。いざという時には、躊躇ためらいなく使うんだ。ただ、自分の身を守るためだけに使うんだ。アタシやパパを守るためになんて、使っちゃいけない。人を殺しちゃいけない」
「わ、わかった、ママ」
「よしよし、いい子だ。さ、エリさん、覚悟決めなよ」
「わかってる」

 俺は頷いた。やって来たのは完全武装の騎士が十名、幌馬車が五台。中からは女子供のすすり泣くような声がきこえている。

「貴様らは何者か!」

 馬上から騎士が誰何すいかしてくる。ならず者の類ではないことはわかったが、もっと面倒な手合だということもわかってしまった。俺は(さりげなく)剣を杖にして、騎士を睨みつける。

「お前たちこそ何者だ。騎士ならば、まずは己が名乗るべきだろうが」
「そこの女は? それに子ども。怪しい奴らだな」

 騎士は俺の言葉を完全に無視した。炎に照らされた騎士の馬飾り、甲冑につけられた紋章を見るに、ベラルド子爵家の者のようだ。その昔、仕事のつながりで関係がなくもなかったから、なんとなく覚えている。俺の記憶が確かであるのならば、奴らは厄介な連中だ。ベラルド家はこの辺境一帯を牛耳っている貴族の名門だ。隣国との長い長い国境線を護るという任務を与えられたベラルド家は、この数年でその武力を激しく増しているという噂も聞こえていた。先々代の頃からベラルド家はその強引な手法で王家に近付いて、急速に勢力を強めてきた家系だ。俺がだった頃の王都にも、彼らの暴虐ぶりは聞こえてきていた。

「さてはお前たちも魔女だな? でなければこんな時間に出歩いているはずがない」
「薄弱な根拠だな」

 俺は長剣の柄を握り直した。確かに腰は痛いが、頑張れば一人くらいは仕留められるかもしれない。

「出歩くだけで罪だというなら、その触れを出してからの逮捕になるだろう。さもなくば、ただの狩りだ」
「ただの狩りでも結構。魔女は悉皆しっかい狩られなければならないのだからな!」
「はん!」

 タナさんが俺の半歩前に出た。

「黙って聞いてりゃ良い気になりやがって!」

 タナさんの表情は影になっていてよく見えない。

「アタシにはね、あんたらのほうがよっぽど醜い悪魔に見えるさ!」
「言うに事欠いて、我々を悪魔と呼ぶか! 魔女め!」

 騎士たちは一斉に抜剣した。

 俺はタナさんの前に出る。

「タナさん、すまない」
「エリさんが謝る必要は、これっぽっちもないさね」

 タナさんはニッと笑い、そして後ろを振り返る。

「ウェラ、後ろ向いて逃げな!」
「いやだよ! 火の精霊さんに……」
「ダメだよ。そんなことをしたら、本当に魔女になっちまう。安易な誘惑に耳を貸すんじゃないよ、ウェラ」
「でも!」

 騎士たちはジリジリと間合いを詰めてくる。火の精霊で一網打尽――考えないではなかったが、もし万が一、こいつらの中にベラルドのドラ息子がいたら、俺たちは確実に詰む。逆に、ドラ息子がいてくれたら、精霊に頼らなくても勝機はある。

「男は殺せ。女はできれば生け捕りにしろ!」

 騎士は言う。どうやら俺は死亡確定のようだ。なら、もう、賭けに出るしかない。

「おい、ベラルドのドラ息子!」

 俺は気合を込めて長剣を持ち上げた。まだ鞘からは抜かない。

「お前の悪行は王都にも轟いているぜ。お前の親父さんは、どうやら寝たきりだそうだな。それを良いことに好き勝手やってるって、王都ではもっぱらの噂だぜ」

 半ばハッタリだったが――。

「それが何だと言うのか!」

 アタリだった。先頭の騎士がベラルド子爵家のドラ息子、ガナートであることが確定した。

 それはともかくとして、剣を持ち上げ続けるのも結構つらい。腰が。

「親父の権威を傘に来て、抵抗もできない人間を拉致して回る。卑怯者、鬼畜の所業だ!」
「う、うるさい! 殺せ! こいつを血祭りに挙げろ!」
「多勢に無勢。こりゃどうやったって俺に勝ち目はないよ。だけど、それでいいのかな? 騎士だろ、お前。自分が前に出る気概のない騎士についていく部下ってのはどんな気持ちなんだろうな?」

 俺が挑発すると、ガナート以外の騎士たちはあからさまに動揺した。いいぞ、ナイスだ、俺。ただし、腰がもう限界だ。

「それでどうだい、ドラ息子。騎士の名誉をかけて一騎打ちとしゃれこまないか?」
「い、一騎打ち……!?」
「怖いのか? その立派な剣と鎧は玩具おもちゃか?」
「貴様!」

 よし。俺は長剣の鞘尻で地面を突いた。ようやく腰が支えられる。一騎打ち云々より、そのことに安堵する俺である。

 しかし、どうしたものかな? ガナート・ベラルドが律儀に下馬するのを観察しつつ、最適解を探る。その時だ。

「パパ、がんばって!」
「お、おう!」

 ウェラの声援を受けて、俺(の腰)は少しだけ復活した……気がする。そんな俺に、ガナートが「抜け!」と喚く。抜きたいのは山々なんだが。

「抜く必要もない」

 俺はそう言って右足を半歩分引いた。

「舐めた真似を!」

 ガナートはその鋭利な剣を掲げて打ち込んでくる。動き自体は読みやすいのだが、俺の身体はついていかない。

 まだだ。

 俺はガナートが剣を打ち下ろし始めるタイミングを待つ。俺に許された攻撃機会は、一番最初の一回だけだ。

 俺が死んだらタナさんやウェラもただじゃ済まない。負けられない。

 ガナートの切っ先が俺に向かって落ちてくる。完全に一撃必殺を狙った攻撃だ。

 俺は一歩前に出て、瞬間的に身体を低くした。そして、杖にしていた剣で地面を掃いた。ガナートの剣の柄が俺の肩に当たる。ガナートは足首を払われていたので、そのままもんどり打って倒れ込んだ。俺は長剣を軸にして身体を回転させ、無様に転んだガナートの背中を蹴りつけてから乗った。そして懐の短剣をその喉元に突きつけた、というわけだ。俺は今、ガナートの背中に座っている格好である。腰への負担が非常に少ない。大変理想的な勝利である。

「どうだい、ガナート・ベラルド。これが実戦だよ」
「隠し武器とは、卑怯だぞ!」
「十人でかかってこようとした奴が言うセリフじゃねぇな」
「そうだそうだー!」

 ウェラの声が聞こえる。格好良い(?)ところを見せられて良かった。

「さて、負けを認めろ。さもなくば、殺す」
「俺を殺したら、お前らもただじゃ済まないぞ」
「だが、お前は死ぬ」

 久しぶりにこんな声を出したなというような声が出た。

「認めろ、敗北を」

 俺の短剣がガナートの喉に触れる。

「わ、わかった。認める……」
「答えろ。あの幌馬車には何が?」

 俺は力任せにガナートの兜を剥ぎ取った。印象に残らない顔の男だったが、年の割には精悍だった。ドラ息子と呼びはしたが、何だかんだ言って俺より少し年上だったはずだ。

「もう一度訊くぞ。何を運んでいる」
「ま、魔女だ。魔女どもを屋敷に連れ帰るところだ」

 ガナートが言うや否や、タナさんがガナートの前に回り込んで、腕を組んで見下ろした。

「魔女、ねぇ?」

 タナさんと俺の目が合う。俺は「だな」と頷いた。

「あの街でアタシらを襲うようにけしかけたのも、あんたらか」
「俺は懸賞金をかけただけだ!」
「なるほど。おかげさまで、アタシたちは温泉を愉しむ権利を侵害されたんだけど、その点に於いて申し開きはあるかねぇ?」
「魔女は皆殺しにしなければならない! 我がベラルド領に飢饉や疫病は持ち込ませはしない」
「はん!」

 タナさんは顎を上げる。威圧感が半端ない。

「そういうことだからって、馬車五台分も女子供をかっさらってきたと! さしたる証拠もなしに! 魔女の何たるかを知ることもなしに!」

 ガナートの前にしゃがみこんだ、タナさんの目が座っている。俺でも怖いのだから、ガナートは失神寸前だろう。同情しないではない。
 
「エリさん、こいつら皆殺しでいいかねぇ?」
「簡単な話だけどな」

 ハッタリだ。騎士たちを見れば、それぞれに顔を見合わせて狼狽うろたえている。

「おい、ガナート。良いことを思いついた」
「な、なんだ……?」
「俺たちをお前の屋敷に連れて行け」
「なにぃ!?」

 わかりやすい反応をするガナート。タナさんを見ると不敵に笑っている。

「お前を人質にする。死にたくなければ言われたとおりにしろ」

 俺は努めて感情を抑えてそう言った。

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