#02-04: 魔女狩りの動機

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 何より嬉しかったのが、この「幌馬車」という移動手段を確保できたことである。夏の日差しを防ぎ、雨もある程度しのげる。そしてなにより、移動しているにも関わらず、横になっていられるのだ! すばらしい、自動移動手段。とはいえ、今の俺にはガナートの監視という重要任務があるから、うっかり横にもなれはしない。ガナートは鎧を脱がされて、両手両足を縛られた上に猿ぐつわを噛まされている。最初は猿ぐつわは勘弁してやったのだが、うるさかったのでやむなく、だ。舌を噛み切るような男ではないのは明白だったが、終始ブツブツ言われていては俺が参ってしまう。それに、外の騎士との連絡手段は念の為に断っておきたかったというのも理由の一つだ。

 五台の幌馬車には合わせて四十名もの女性が乗せられていた。年齢は様々だったが、十代から三十代くらいだろうか。ガナートには勝ったとはいえ、彼女らをこんな所で着の身着のまま解放するのも危険だったし、何よりはまだ終わっていないのだ。せめてこのベラルド領内での安全を担保できないことには、俺たちも夢見が悪い。一度魔女の容疑をかけられた彼女らには、今日助かったからと言って、明日無事でいられる保証などないのだ。

 タナさんもそれには賛成で、ベラルド子爵に一泡吹かせてやる必要があるという方針になっていた。

 その日の夜、ベラルド邸まであと一日の旅程を残して、俺達は野営をすることにした。急げば夜半には辿り着けるそうだが、夜間の見張りをやれる騎士も大勢いることだし、馬車には必要十分の食料が積み込まれていた。だからさしあたり急ぐ理由もない。それになにより、馬車での移動は――それはそれで腰に来る。

 焚き火や料理はウェラや捕まっていた女性たちがやってくれた。俺も手伝おうとはした。したのだが、タナさんに「場所を食うだけで、足手まといさね」と一喝されてしょんぼりしているところだ。

「パパ、はい、これ」

 腰を温めるために焚き火を背にして座り込んでいる俺のところに、ウェラがやってくる。その手には干し肉と干し芋がある。

「ちょっと炙ると美味しいよ」

 そう言って、ウェラは両手の平に炎を生じさせる。見た目にとても熱そうだが、火傷をすることはないらしい。そうこうしているうちに肉と芋の香ばしい香りが漂ってきた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう、ウェラ」

 俺は干し肉と干し芋を受け取り、さっそく口に運ぶ。ウェラは自分の分の干し芋を美味うまそうに頬張っている。

「しかし便利だな、火の精霊って」
「精霊さんは、道具じゃないよぉ」

 ウェラは頬を膨らませる。なぜかウェラも俺の隣で背中を焚き火で炙っている。じわっと来る熱さなのだが、ウェラは汗の一つもかいていない。精霊の守りみたいなものだろうか。

「火の精霊さんは、ウェラが生まれてからずーっと守ってくれてるの」
「確か、他にも精霊使えるんだよな?」
「うん。四属性って言われてるってお母さんに聞いた気がする」
「四属性って、タナさんも言ってたけど」

 俺がそう言いかけたところで、タナさんがスープの入った小鍋を持ってやって来た。あの馬車には鍋も積んであったのか。ガナートが自分で持ってきたと言うより、ついでに奪ってきたというような代物だろうか。

「四属性ってのはね、地水火風、世界を司る四つの要素さ。これに光と闇が加わることで世界は完全な形になるわけだけど――」

 タナさんは俺たちにカップを手渡すと、スープを注いだ。

「トウモロコシの粉を溶いただけのものだけどね、栄養価は高いのさ」
「ウェラ、これ大好き!」

 一口飲んだウェラが明るい声で言った。その様子に、周囲の女性たちも少し和む。騎士たちは放置されているが、とりあえずのところ俺たちに敵対する気はなさそうだった。目の前で主であるガナートが敗北しているのだ。誇りある騎士であれば、その恥を上塗りするようなことはしない。

 タナさんは夜空に輝き始めた星を見上げつつ、大きく息を吐く。焚き火の金色に照らされた白い肌が、ゆらゆらと揺れている。

「ウェラは光と闇の精霊は知っているかい?」
「うん。でも、会ったことはないと思う」
「だろうね」

 タナさんは何やら納得しているが、俺はもう少し説明を求めたい。

「光の精霊と闇の精霊はね、天使と悪魔、とも呼ばれているのさ。世界のことわりを外れた存在でありながら、世界に不可欠な存在とも言える」
「天使と悪魔? それも精霊なのか」
「雑多な分類だけどね」

 タナさんは肩を竦める。

「地水火風の四属性の精霊は、人間にも常に寄り添って存在してきた。だから、精霊使いという才能を持った者が生まれるのさ」
「光と闇は?」
「……光は知らないけど、闇の精霊は、人間を利用して存在し続ける」

 タナさんはそれきり黙ってしまった。俺はウェラと顔を見合わせつつ、干し肉と干し芋を食べている。タナさんはスープを一口飲み、そしてまた息を吐く。

「光はともかく、闇は……いわば、人間が生んだ存在なのさ」
「人間が、悪魔を生んだっていうことか?」
「そうさ」

 タナさんは短く答えると、また黙った。そこにやってきたのがガナートだ。食事の間はいくらなんでも不憫だというので、縄を解いてやったのだ。下手に警戒していると、俺の腰が限界なことがバレてしまう。逆に余裕を見せておいたほうが良いと、俺は判断した。ちなみにタナさんはガナートに「変なことをしたら殺すよ」と警告していた――怖かった。

「なんだいあんた、お貴族様は一人で飯を食えないのか」
「そういうわけではない」

 ガナートは憤然とした様子で俺の目の前に腰をおろした。反対に、ウェラが立ち上がる。

「おじさん、干し芋食べる?」
「こいつのことなんてほっとけ」
「でも、おじさんもおなかすいてるでしょ?」

 俺の言葉をサラッと流して、ウェラは訊く。ガナートは「ま、まぁな」とか答えている。正直、不器用な反応だなと思った。

「じゃぁ、ウェラの分けてあげるよ」

 ウェラはまだ手を付けていなかった干し芋をガナートに手渡す。ガナートは俺とタナさんを伺いつつ、それを受け取った。ウェラはそれを見届けると、片付けの手伝いに行ってしまった。大人の会話が始まると悟ったのだろう。

「エリソンと言ったな」
「それが?」
「お前は誰だ」
「誰? エリソンだが?」
「そうじゃない――」

 ガナートは渋面になる。そのガナートの肩越しに見えるタナさんの目は、氷柱つららのように冷徹だ。

「俺にはお前がただの旅の剣士だとは思えない」
「残念ながら、ただの旅の剣士だよ」

 俺は首を振る。ガナートはなおも言い募る。

「お前の言葉は王都のものだ。なまりがなさすぎる」
「親が言葉にはうるさくてね」

 適当に流す俺。

「確かに王都で教育は受けた。だからじゃないのか」
「それは、いつまでだ」
「答える義理はない」

 俺は舌打ちしそうになるのをこらえる。

「なんにしても昔の話だ。お前が知って楽しいことなんてない」
「俺は……」

 ガナートは干し芋をかじりつつ言った。

「剣には自信があった。だが、その俺を一瞬で倒した。あれは実戦を数多くこなした騎士の技だ」
「才能だよ。実戦経験は確かにある。が、このご時世だ。珍しくもない」
「そうかな」

 ガナートは眉根を寄せる。タナさんが立ち上がる。

「エリさんの過去を詮索するのはおよし、ガナート。アタシらの過去をあんたに話したって、面白いことなんて起きやしないだろう?」
「……それはそうだが」

 ガナートは首を振る。タナさんが「そんなことより」と話題をぶった切る。

「ガナート、あんたはなんでこんな大規模な魔女狩りなんかを。ベラルドの領地はカルヴィン伯爵領からは随分離れているじゃないさ」
「魔女は疫病や飢饉をもたらす。災いの根源だ」

 ガナートの言葉に迷いはない。

「魔女がいるところに災いが生まれる。であるならば、領地安寧のためには、魔女を排除しなくてはならない」
「どういう基準で魔女と判断しているのさ」
「怪しい者はすべてだ。異端審問官に引き渡せば、後は彼らが判断を下す」
「はん」

 タナさんは鼻で笑う。

「結局、そういうことかい。異端審問官がそんなに偉いのかねぇ?」
「異端審問官は、王都から派遣されてきた最上級の役人だ」

 そこで俺はガナートの言葉の意味を悟る。

「つまり、その威光には逆らえないと?」
「そういうことだ。だが、魔女は排斥しなければならないとは思っている」
「バカバカしいねぇ」

 タナさんが薄く笑う。

「魔女がいるから災いが訪れるわけじゃない。災いがあるから、魔女が生まれるのさ。魔女狩りもその一つ――」
「タナさん、その論理だと、魔女狩りをすればするほど、本物の魔女が生まれるってことになるんじゃ?」
「そうさ」

 タナさんはあっさりと肯定した。

「闇は闇を呼ぶ。そういうふうにできているのさ。だから、ガナート。あんたがしているのは、自分の領内にとっても、決して良いことじゃないのさ」
「魔女を皆殺しにすればいい話じゃないか」

 ガナートはやや感情的になってタナさんを振り返る。俺ならタナさんに意見なんてできないけどな。ガナートって、実は肝が座った男なのかもしれない。

「魔女を皆殺し……あんた、本気で出来ると信じているのかい? というより、そもそも、に人間ごときが対抗できるとでも思っているのかい?」
「だからこそ、になる前に始末しなければならない」
「罪の無い者を、可能性という罪状で裁くのかい? 大勢の無実の者が絞首台送りになるんだよ?」

 タナさんの声は穏やかだったが、底知れぬ迫力があった。

「それともなにかい? 魔女を殺すためなら、その何倍もの魂が無為に狩られても仕方ないって、そういう考えなのかい?」
「それは……」
「彼女らだってあんたの領民だろう。百人の安寧のために一人や二人の犠牲は仕方ない。あんたはそう考えてるってことだね?」
「それは……」

 ガナートは視線を彷徨さまよわせる。俺は助けてやらないことに決めている。

「領主の息子がそこで思考停止してどうするんだい!」

 タナさんが声を荒げた。周囲の女や騎士たちが一斉にこちらを向いた。

「より多くの安寧のために、少数の犠牲は仕方ない。そんなのはね、無能の言い分さ。あんたはこの領地ではかなりの力を持ってるはずさ。ならさ、どうして考えない? ならさ、どうして異端審問官を問いたださない? もっと正確に魔女を見抜ける方法はないのかとか、魔女を生み出さない方法はないのかとか、どうしてそこまで考えない?」

 タナさんの詰問に、誰もが黙り込む。ガナートは唇を噛んでうつむいている。タナさんは立ち上がるといきなりナイフを抜いた。

「人の上に立つ人間がそんなことでどうする!」

 その切っ先がガナートの首筋に当てられている。あまりのスピードに、俺は腰を浮かせることすらできなかった。ガナートにしても同様だろう。脂汗を浮かべて、ゴクリと喉を鳴らしていた。
 
「だが、俺には……俺は……」

 ガナートは引きつった表情を浮かべてはいたが、震えてはいなかった。「こいつ、意外と根性座ってるな」と俺は思った。

「ガナート、あのさ」

 俺は思わず声をかけていた。タナさんがナイフを引いて鞘に収める。

「法は咎人とがびとを裁くためにあるんだろ?」

 そう問うと、ガナートは重苦しく頷いた。俺の隣にタナさんが移動してきて、寄り添うように腰をおろした。

「疫病も飢饉も、とにかくそういった災禍なんてものは、もとより人間の起こせるものじゃない。だからこそ、人々は恐怖を覚える。名前をつけられない何かに対しては、人々は簡単に不安になり、恐慌に陥る。そんな恐怖のようなものに無理矢理名前を当てはめようとしているのが、今のお前たちだ。当事者意識を持たない圧倒的多数の人間が持つ恐怖という名の力で、法を動かしているんだよ、今のお前たちは」
「だが! この状況を座して見ているわけには」
「そんな自己満足のために、何十だか何百だかの女たちに絶望を与えようというのか」
「自己満足ではない!」

 ガナートはなのだと、俺はようやく合点した。自分の正義を確信しているのだ。だが――。そこでタナさんが口を挟んだ。

「あんたはさ、ガナート。自分でも納得はしてないんじゃないかねぇ?」
「そんなことはない。俺は……」

 ガナートはそれきり黙ってしまった。彼の中での確信的なものが揺らぎ始めているのだ。

「あんたにも正義はある。アタシは知っているさ。だけどね、その正義は絶対じゃない。あんたはね、自分の持っている正義という名の悪魔に目を曇らされている。正義を行動の理由にしちゃいけない。正義は不変にして普遍だなんて思っちゃいけない。それはあんただけの、しかも、今だけの正義なんだ」
「それは、そんな事は」
「ガナート」

 タナさんがぴしゃりと言う。

「正義は力じゃない。力を振るって良い理由でもない。悪魔の囁きなんだよ、それは。あんたが正しいと思っても、アタシは間違えていると思うかもしれない。絶対的な正しさなんて、そもそもが絶対でもなんでもない。振り子のようにフラフラしているものさね。だから、自分は正しいという思い込みで走り出すと、必ず別の正義に足元を掬われる。ちょうど今のあんたのようにね」

 ――別の正義、か。

 胸の奥が疼いた気がした。

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