#03-02: 貴族の血

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 俺たちは夜中に差し掛かる頃になって、ようやくベラルド子爵の邸宅――というより城――に到着した。その巨大で豪奢な建物が、ベラルド子爵の権勢を物語っている。王から辺境を任される領主というのは、必然その権力が増すようにできている。国境紛争の際には最先鋒となるわけだから、王都の政治屋としても平時から彼らの富には気を使わなければならないのだ。

 辺境が病んでいれば王国は侵略される。辺境が富すぎていては、王国に反旗を翻される。だから、王都は辺境の領主たちには可能な限り最大限の支援を行うようになっている。ベラルド子爵、ヤオ辺境伯、ルドヴィカ女男爵あたりはその中でも突出した財力を誇っていたはずだ。だから、中途半端な内地よりも、辺境の方がずっと豊かな暮らしができたりもするのだ。であるからこそ、流通が機能するとも言える。

「さて、と」

 俺はタナさんとリヴィに手を貸してもらって、最後に馬車を降りる。ガナートは「俺はこんなヤツに負けたのか」みたいな顔をして俺を見ている――表情がうるせぇよ。

 俺たちはガナートとその騎士たちに前後を挟まれるような形でガナートの執務室へと移動する。他のさらわれてきた女たちは、来客用の部屋に案内されていった。これはこれで大丈夫だろう。騎士たちにも召使いたちにも、彼女らを害する様子は見られなかったからだ。

 ガナートは俺たち四人を執務室に招き入れる。騎士の一人が護衛につこうとしたが、ガナートはやんわりとそれを拒否した。彼なりの誠意の表れということだろう。

「魔女狩り禁止令――これでいいか」

 ガナートは机の中から少し古ぼけた羊皮紙を引っ張り出した。右下に書かれた「ガナート・ベラルド」のサインのインクだけが真新しかった。

「あんた、最初から用意していたのかい」

 タナさんがそれを検分しながら首を振る。

「しかもこれ、相当昔のものじゃないか」
「……書いたのは五年前だ」

 ガナートは立ち上がって、俺たちに背を向ける。彼が見ている窓には、巨大な透明ガラスがはまっていた。このサイズのガラスは、王都でしか見たことがない。というより、作れる職人が王国全体でも数人しかいないはずだ。
 
「五年前って言うとあの疫病の時か」
「そうだ」

 ガナートの妻子が亡くなった疫病――その時に「魔女狩り禁止令」を書いていたというのか。俺はそのあたりの経緯をタナさんに簡単に説明する。

「……あんた、自分をいましめるためにコレを書いておいたのかい」
「今となって何を言っても言い訳にしかならない」

 ガナートは首を振る。

「妻と娘が死んだ夜に書いた。気が狂いそうだった俺を、あいつが止めてくれたのかもしれない。が、結局、このザマだ」
「あんたは立派さね」

 タナさんが言った。リヴィはやや不満そうな顔をしていたが、異論は挟まない。ウェラは……眠たそうだ。

「今回の件はともかくとしても、あんたはあんたに囁いた悪魔に一度は勝った」
「だが、俺は――」
「確かに今回、一度負けたね」

 タナさんは言いながら、リヴィとウェラを両手で撫でた。

「だけど、今、あんたはまた勝った。もう負けやしない、だろ?」
「そう願いたいところだが――」

 ガナートが苦い表情を見せた。

 その時だ。

 執務室のドアがノックもなしに開けられ、騎士たちがなだれ込んできた。この数日行動を共にした騎士の姿はない。

「親父……!」

 ガナートが呻く。騎士たちを押しのけるようにして現れたのが、巨大なベッドだった。車輪がついているのか、移動できるようになっている。その中央には厳つい顔つきの老人が座っている。ベッドから起きられないにしても、ピンと伸びた背筋、鋼のような表情――癪ではあるが、貴族としてのプライドを感じさせる男だった。

「キース・ベラルド……」

 俺の声に反応して、男――キースは俺を睨んだ。若造ならすくんでしまうかもしれないが、あいにく俺には通用しない。ウェラは俺の後ろに隠れてしまったが、リヴィは今にも切りかかりそうだ。物々しい武装の騎士たちがいなければ案外実行していたかもしれない。タナさんはというと、悠然と腕を組んでいる。なお、あの魔女狩り禁止令の羊皮紙はタナさんの手にある。

「ガナート! 魔女狩り禁止など、認めぬぞ!」

 老人とは思えない大音声だいおんじょう。執務室の中に雷鳴のように轟くその声は、かつて武人として勇名を馳せた頃と変わっていないのだろう。

「親父、このご時世、俺も魔女狩りは必要だと思った。しかし――」
「ぐだぐだとした言い訳などどうでも良いわ!」

 いつまで怒鳴り続けられるんだ、この爺さん。俺の関心はそっちに移る。

「親父、俺たちは間違っている」
「儂は間違えぬ。お前がそこの連中にたぶらかされたに過ぎん! それにお前、そこの男に一騎打ちで敗れたというではないか! 軟弱者が!」

 俺は左手で頬を引っ掻いた。右手は剣の柄にある。抜こうというわけではない。二足直立が厳しいだけだ。だが、それをキースに悟られるととても面倒くさくなるので、グッとこらえておく。

「魔女狩りは続ける。異端審問官は百人の容疑者を求めている。彼らの言葉に歯向かったら、どうなるかはわかっているだろうが!」

 百人の容疑者?

 俺はガナートに視線を向けた。ガナートは唇を噛んでいた。

「はん、そういうことかい」

 タナさんが吐き捨てた。

「つまりだ、魔女狩りだの裁判だのはどうでも良くて、単に異端審問官への慰み者のご提供ということかい、えぇ?」
「裁判は公平に行われる……わけがない」

 ガナートが呻いた。この男の停止していた思考が、俺たちとの出会いを経て動き始めたのかもしれない。タナさんは頷いて俺に顔を向ける。

「魔女であることは証明されるのさ」
「つまり、自白せざるを得ない状態に――」
「早く苦しみと屈辱から解放されるために、自分は魔女ですと言っちまうのさ」

 俺はキースに視線を移す。キースと俺の視線がぶつかる。

「そんな異端審問裁判とやらのために、お前は領民を何十人と犠牲にするというのか、キース・ベラルド」
「たかだか何十人かがどうだというのだ。些細な犠牲ではないか!」
「ふざけるな!」

 俺は思わず鞘尻で床を突いた。大理石の床が抉れたのがわかった。そして俺の腰は大ダメージを受けた。完全に自爆である。だが、ここまでしたからには俺も引き下がれない。

「竜族を拷問したり、魔女狩りという名の悪魔の所業をしたり。あまつさえ、、だと? お前にとっては何万という領民の中の何十人かもしれない。だがな、彼女たちにしてみればそれは全てなんだぞ。そして母や妻、娘を失った者たちの悲しみがいかばかりか、想像すらできないのか!」
「下民の思いなど想像してやる必要はない!」

 キースが怒鳴り返してくる。俺の後ろではウェラが震えているが、さり気なく俺の体重を支えてくれているのが伝わってきた。めちゃくちゃありがたい。

「領土安寧のためならば、たかだか数十人数百人がなんだというのだ! 儂は何万という領民を護るためならば、些細な犠牲はいとわぬ」
「おためごかし」

 タナさんが鋭い声で言った。

「そういうのをね、おためごかしって言うのさ。誰それのため、なんかの目的のため……自分のためとは言えない臆病者の所業さね!」
「誰に向かってそれを言うか!」

 キースと騎士たちが殺気立つ。だが、タナさんは悠然とした態度を変えようとしない。むしろ、タナさんよりもリヴィの方が危険だった。今すぐにでも抜剣しそうなほど、右手が震えている。その手をさりげなく支えているのがタナさんの左手だ。

「キース・ベラルド」

 俺は前に出ようとしたガナートを目で制し、キースに向き直った。

「あんたが誰だろうが関係ねぇよ。俺はあんたに、人間として恥ずかしくないのかっていう話をしている」
「人間である以前に、儂は貴族だ。名誉あるベラルド家の当主。領民たちの安寧をこそ優先にする立場だ! 些末な犠牲の話など、するに値せぬ!」
「話が通じないな、爺さん」

 俺は首を振った。

「薄汚れた流浪の剣士風情が――」
「剣士風情で申し訳ないが、俺は相手が誰だろうと対等だと思っている。俺が喋ってるのは経歴やら爵位じゃない。人間と喋っているつもりでいるからだ」
烏滸おこがましいわ!」
「声がでけぇよ、さっきから」

 俺は首を振った。このような些末な動作ですら、今の俺の腰にはよく響く。

「良いことを教えてやろう、爺さん。今、あんたの命は風前の灯火ともしびだ」
「なんだと!」

 護衛の騎士たちが剣に手をかける。俺はリヴィに視線を送って、暴走しそうになっている彼女を抑える。リヴィは唇を噛みながら、小さく頷き返してきた。よし、いい子だ。

「キース、お前を殺すのはわけもない。騎士たちがいくらいたって、この狭い空間では戦力にはならない」
「なんだと……」

 キースは俺を凝視する。だが、見るべきは俺じゃない、リヴィだぞ――と心の中で思っておく。

「死にたくなければ、ガナートのこの魔女狩り禁止令を領土全域に、今すぐ発令させろ」
「ふん、そんなものが役に――」
「立たせるのが領主だろうが!」

 俺はキースの怒声に怒声を被せる。

「お前もかつて妻のために竜族をさらい、拷問し、不老長寿の秘密を探ろうとしただろう。結果として失ったようだが。その時の喪失感を、お前は今まさに人々に与えている」
「豚どもと一緒にするな! 儂は奴らとは違う!」
「豚だと?」

 俺はキースを睨む。

「竜族の女を拷問して殺したことは覚えているんだな?」
「それが何だ。人間族ですらない化け物に慈悲をかける必要はなかろう!」

 あ、そうですか――それが俺の正直な感想だった。俺はブルブルと全身を震わせているリヴィに向けて頷いた。

「よく我慢したな、リヴィ」
「おおきに」

 リヴィの口調は平坦だった。タナさんを押しのけるようにして前に出て、そして無言で抜剣した。騎士たちも慌てて剣を抜く。

「俺はな、この子に人殺しをさせたくなくて、お前を説得していたつもりだ。だが、残念だな。お前は今、言ってはならないことを言っちまった」

 人間族ですらない化け物――。

 俺の臓物はらわたさえ煮えくり返りそうだったのだから、リヴィの怒りはいかばかりか。タナさんを見ると、タナさんも頷いてくれた。よかった、俺は間違えていない。

「ウェラ、ここでも精霊は使えるか?」
「うん」
「使うなよ」
「……わかった」

 ウェラなりに何か悟ってくれたのだろう。ウェラは頷くと取り出しかけたカードをしまった。

 リヴィと騎士たちが睨み合っている。俺の合図があれば、リヴィは途端に狂戦士バーサーカーと化すだろう。リヴィは待っているのだ。俺が「殺せ」と言うのを。それで良い。罪は俺が被ってやる。

「キース・ベラルド。最後のチャンスだ」
「待ってくれ」

 そこで意外な人物が前に出てきて、リヴィの隣に並んだ。ガナートだ。

「待たれへんで」
「一言だけ、機会をくれ」
「……好きにせぇ」

 リヴィは剣をゆっくりと八相に構える。次の一瞬には、騎士の何人かが死ぬ。

「親父。俺は、あんたを殺すつもりでいる」
「な、なんだと……!?」

 思わぬ言葉に、キースのみならず、俺たちまで硬直した。

「今すぐ俺に全権を譲れ」
「ガナート、お前程度のひよっこが!」
「俺がひよっこならあんたは耄碌もうろくジジイだ!」

 ガナートは一番近くにいた騎士をいきなり殴り倒すと、その剣を奪った。強いじゃないか、ガナート。

「あんたの時代は終わった。後は俺に任せておとなしく隠居しているといい」
「そんな勝手が許されるか!」
「もう忘れたのか。俺は、あんたを殺すつもりでいる」
「できるものか!」
「選べ、親父。死んで家督を譲るか、生きて家督を譲るか!」
「ならん! ええい、お前たち、こいつらを血祭にあげろ!」

 騎士たちが一斉に距離を詰めてくる。

「パパ、精霊さんに来てもらわないと危なくない?」
「大丈夫さ」

 俺はウェラを振り返り、その頭を撫でてやった。

「リヴィ」
「皆殺しにしてええんか?」

 リヴィの青い瞳ブルーオパールが物騒に輝いている。そこには明確な殺意がある。

「ダメだ」
「なんでや! こいつ、おかんの仇なんやで!」
「お前まで地獄に落ちる必要はない」

 俺は極力穏やかに言った。リヴィの目はますます輝き、そして騎士たちは近付いてくる。

「親父!」

 ガナートが怒鳴った。

「この子に詫びろ! 家督は譲れないでも、一言詫びるくらいはできるだろう!」
「何を。その小娘が何者かは知らぬが、儂が頭を下げる相手は国王ただ一人!」
「ふざけんな、この野郎!」

 俺は怒鳴った。さもなくばリヴィが暴走しそうだったからだ。やはり、この子に人殺しはさせたくない――俺は強く思った。

「この子は、お前に母親を殺された竜族の末裔だ」
「はっ、あの女の娘か。ならば化け物と――」
「親父!」

 ガナートが手にした長剣を投げた。それは豪快に回転しながら飛んでいき、キースの脇をかすめて飛んでいった。キースはその表情を一変させ、「信じられない」という様子でガナートを見ていた。

「詫びろ、親父。人として、最低限のことをしてくれ」
「……死んでも詫びぬ。儂は間違えぬ」
「せやな」

 リヴィが迫ってきた騎士を素手で殴り倒した。腹部を殴られた騎士は文字通り昏倒していた。左手一本で鍛え抜かれた騎士を倒す少女――恐ろしい。

「パパ、ママ。ウチな、初めて本気で人を殺したいと思ってんねん。間違えとるやろか?」
「いいや」

 俺は言う。タナさんも「間違えちゃいないよ」と同意する。

「だけどな、リヴィ。お前が人を殺すのには、俺は反対だ」
「……殺さないなら、暴れてもええの?」
「好きにしろ」
「おおきに」

 リヴィは剣を鞘に戻し、そしてそのまま上段に構えた。

 そこからはリヴィの一人舞台だった。ガナートを押しのけて前に出たリヴィは、瞬く間に騎士たちを全員昏倒させてしまった。剣の鞘で殴り倒したのだ。酷い骨折をした者もいるだろう。だが、命に別状はあるまい。

「強いな」

 ガナートが息を吐く。たったの一人で合計……八人の騎士を戦闘不能に追い込んだ。

「リヴィ、そこまでだよ」

 キースの枕元に辿り着いたリヴィに向けて、タナさんが手を叩いた。リヴィはピタリと動きを止める。

「身動きできない爺さんを痛めつけても、後味が悪いだけさ」
「せやかて、こいつはおかんの仇や!」
「同じ苦しみを味あわせてやるって?」
「せや」
「やめときな」

 タナさんはそう言うと、ガナートを従えてキースとリヴィのそばまで移動した。俺は、今は立っているのがやっとだ。ウェラがいてくれてよかった。

「リヴィ、あんたの言いたいことはわかるさ。だけどね、地獄は連鎖させちゃいけないんだよ」
「それがこんなクソ野郎でも?」
「そうさ。どんなクソ野郎相手でもさ。他人に与えた痛みはね、必ず自分に返ってくるのさ。その正義の、義侠の刃を突き立てたのがどんな悪人相手であったとしても、必ず自分にも戻ってくる。人を呪わば穴二つ――よく言ったものさ」
「でも、ウチは……」
「被害者に目を瞑れとは言わないさ。痛みを我慢しろとは言わないさ。だけどね、考えてもごらん。リヴィ、あんたの心は今ズタズタなんだ。他人を傷つけて、その呪いが返ってきて、ますます傷つく。そんなのバカバカしいとは思わないかい?」
「せやかて、それじゃ……おかんが浮かばれん」
「あんたまで沈んでどうするのっていう話さね」

 タナさんの言葉に、リヴィは息を飲んだ。
 
「あんたの傷は、アタシたちが癒やしてやるさ。そして、あんたの呪いは、アタシたちが引き受けてやるさね」
「それは……だめや。ウチのこの、この……」
「醜い気持ち、かい?」
「そや。それや。そんなものをパパとママに――」
「馬鹿な子だね。あんたのパパとママだろ、アタシたちは」
「いや、パパとママは、せやかて……」

 リヴィは泣きそうな表情を見せている。俺は腰を気遣いながら前に出る。

「本物だのそうじゃないだの、そういう話じゃない。リヴィも言ってただろ、って。それだよ。それに俺もタナさんも、その手の覚悟はとっくにできている。醜いことは俺たち大人に任せておくんだ」
「ウチかて大人や!」
「そういうところが子どもなんだ」

 俺が言うと、リヴィは黙り込んだ。キースは置いてきぼりである。ガナートがゆっくりとキースに近付いていく。

「俺を忘れるなよ、お前ら。身内の不始末を赤の他人に背負わせるわけにはいかない。まして子どもにはな」
「ガ、ガナート、おまえ、何を……」
「おとなしく隠居するならばよし。さもなくば」
「儂を殺したらどうなるか、知らぬではないだろう」
「だとしても、だ。俺だって騎士の端くれ。プライドだってある」
「親殺しの汚名を背負って――」
「その程度の覚悟ならとっくにできている!」

 ガナートの声が雷鳴のように響いた。リヴィの目が丸くなっている。タナさんは「ほぅ?」と声を出している。

「親父、これ以上の恥を晒すな」

 ガナートは昏倒した騎士が落とした剣を拾い上げて、振りかぶった。

「や、やめろ!」
「誓え!」

 ガナートの剣が、キースの額の直前でピタリと止められる。

「今すぐ政治の世界から身を引くと誓え! 全てを俺に委ねると、誓え!」
「しかし――」
「今すぐ!」
「わ、わかった……。ベラルドの当主の座をお前に譲る……」

 キースも死にたくはなかったらしい。生き汚いと言うのは簡単だが、それは俺に言えたことじゃないな。

「というわけだが、リヴィ」

 俺はキースの移動式ベッドに手をかけられる所までやって来た。

「大人の争いは醜いだろ? お前まで染まる必要はないさ」
「せやな……」

 リヴィはおとなしく頷いた。

「せやけど、ウチは、一言でええ。おかんに詫び入れて欲しいんや」
「リヴィ」

 震えるリヴィの肩に、タナさんが手を置いた。

「それはね、こいつには無理な話さ。たとえこいつが頭を下げたって、そんなものを受け取ることはできないと思うよ、リヴィ、あんたには」
「でもな、ママ!」
「お聞き、リヴィ。たとえこいつが頭を下げたって、あんたのお母さんは帰っては来ないのさ。それにこいつが頭を下げたとするよ? そしたらこいつは許されちまうのさ。いいのかい、それで。あんたは納得できないかもしれないけど、それでこいつは許されちまう。一生背負うべきものを下ろす理由を与えちまう。いいのかい?」
「それは……イヤや」
「だからここは、放っておこうじゃないか。この醜い親子争いがお芝居じゃないことは、あんたにもわかったはずだよ」

 タナさんの凛とした声が鋭く響く。俺はもう何も言う必要は無いなと思った。タナさんは俺を見て緩やかに微笑んだ。
 
「さ、これで一件落着。ガナートが安泰なうちはまぁ、上手くやってくれるはずさ」
「だな」

 俺は短く同意して、ガナートの肩に手を置いた。ガナートは無言で頷き、剣を床に放り投げた。キースは呆然とした表情のまま動かない。おそらく情報の整理が追いついてないのだ。面倒なので放っておこう。ガナートがなんとかするだろう。

「さて、と。アタシたちの休める場所を提供してもらおうかねぇ?」
「もちろんだ」

 ガナートはそう言うと、ようやく異変に気付いてやって来た自分の部下たちに、俺たちを案内するようにと指示を出した。

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