#04-03: 魔女狩りと処刑台

腰痛剣士と肩凝り魔女・本文

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 店を出るなり、俺たちは身動きが取れなくなった。凄まじい数の人々が通りを埋め尽くしている。とにかくどこを見ても人、人、人……。

「タナさん、これって」
「魔女狩りさね」

 タナさんは忌々しげに吐き捨てた。

「人々の顔を見てごらんよ、エリさん」
「うんざりするな、こいつは」

 俺はため息を付いた。人並みに揉まれたら腰をやりかねないので、壁際に下がる。人々の顔は好奇心に満ちている。

「……パパ、あれ、なんて書いてあるん?」

 リヴィが通りの真ん中を移動している馬車の側面に書かれた文字を指差す。その文字の隣には、絞首刑の様子が描かれている。言うまでもない、公開処刑の予告だ。役人と思しき若い男が何かをがなり立てているが、群衆の発する音に飲まれて何も聞こえない。

「あれ、首吊りの絵やろ?」
「ああ。公開処刑の予告だな。色々と罪状が書かれているが……お前たちには刺激が強すぎる」

 一人だったら舌打ちしていたところだ。それだけに酷い誹謗中傷がそこには書かれていた。人格や尊厳などまるで無視した罵詈讒謗ばりざんぼうの類が、几帳面に整然と書き連ねられていた。しかも処刑対象の名前は書かれていない。容疑者番号・八。すでに人間扱いされていないのがわかる。

「つまり、魔女狩りなんか?」
「……そうだ」

 そこにははっきりと「魔女」という文字が書かれていた。人々は、その馬車を追って動いている。看板によれば、西の広場とやらに向っているらしい。

「タナさん」
「放っておけるかい?」
「まさか」
「だろ?」

 タナさんは眉根を寄せつつ、ウェラを抱き上げながら、人々の波に溶け込んだ。

「ウチはパパとデートや」

 リヴィはそう言って俺の左腕に自分の右腕を絡めた。

「楽しくないデートですまんな」
「ウチ、パパのこと好きやから、差し引きゼロや」
「ありがたいね」

 俺はリヴィの的確なサポートのおかげで、群衆の津波をなんとか乗り切れた。ありがたい話だ。

「あの子」

 タナさんが指差す先には、絞首台があった。そこには頭に袋を被せられた女性が一人。群衆が「わぁーっ」と唸りを上げる。興奮の声だ。中には「魔女を殺せ!」のような声も聞こえた。隣にいるタナさんの表情は、氷のように冷たい。

「容疑者番号八番、教会はこの女を魔女と認め、贖罪しょくざいの機会を与えることとする!」

 黒く豪奢な衣装をまとった男が、高らかに宣言した。気に入らないことに、俺と同じ金髪碧眼で、しかも若く、俺よりも少しだけ顔が良かった――少しだけだ。そしてその黒い衣装こそ、異端審問官の証でもある。

「贖罪の機会って……」

 リヴィが唇を噛んでいる。俺は組まれているリヴィの右腕を軽く叩いた。落ち着け――そう伝えたつもりだ。

「せやかて、パパの心臓もバクバク言うとるやん。ええの、こんなの。黙って見てるだけでええの?」
「……良いと思ってるなんて、思ってるのか?」
「質問で質問で返すな――ママならそう言うで」

 リヴィがピシャリと言ってくる。俺は言葉に詰まる。しかし、現実問題として俺たちの前後左右にはびっしりと見物人がいて、絞首台まで辿り着くのは困難だ。そして何を叫んだところで、群衆のノイズにかき消されてしまう。それになにより、騒ぎを起こせばタナさんもウェラもリヴィもただじゃすまされない――それだけは避けたかった。

 処刑人の手により、絞首台の女の頭に被せられていた袋が取り去られた。現れたのは、まだ幼さの残る少女の顔だった。だが、頬はこけ、顔色は青白く、唇は紫色。そして何の感情も浮かんではいない。麻でできた粗末な服から覗く腕には、遠目にもわかる無数の鞭打ちの痕があった。

「魔女を殺せ!」

 誰かがひときわ大きな声で叫んだ。たちまちそれは周囲に伝播していき、大きなうねりとなる。男ばかりではない。数多くの女の声も、その中にはあった。

「エリさん!」

 タナさんが俺を振り返る。その顔は相変わらず氷のようだったが、瞳は大きく揺れていた。

「あの子は、魔女なんかじゃない!」
「……仮に魔女だったとしても」

 俺は、こんな悪趣味なものは認めない。

 台に登った少女の首に縄がかけられると、群衆の熱はあからさまに一段増した。その時、少女は顔を上げた。偶然か、否か。少女と俺の視線が合った。光を失った黒い瞳は、まっすぐ俺を見つめていた。少女は小さく口を動かして、ほっとしたように微笑ほほえんだ――ような気がした。

 今まさに足台が蹴り飛ばされようとしたその瞬間だった。

 突然の豪雨が、俺たちを襲った。群衆は、目も開けられないほどの集中豪雨と、鳴り響く雷に恐れを為して、蜘蛛の子を散らすようにして消えた。俺とリヴィはその波に飲まれてしまい、タナさんたちとはぐれてしまった。

「こないに晴れとるのに、どこから来たん、この雨!」

 建物の軒先に避難してから、リヴィは声を上げる。もはや周囲には人はいない。皆、自分の家や建物の中に逃げたということだろうか。

「そんなことより、タナさんたちを探そう」
「探すまでもない。ママがいるのはあの死刑場や」

 リヴィは低い声でそう言った。

「パパはここにいて。ウチが行ってくるさかい」
「いや、俺も行く」
「急がな、ママが危ないんねや!」
「タナさんをそんなに簡単にどうにかできるやつがいるものか!」

 思わず声が大きくなってしまった。だが、俺は行かなくてはならない。タナさんが何をするにしても、あるいは何もしないにしても、俺は共にいなくてはならない。

「わかった。パパ、少し覚悟してな」

 リヴィは俺の返答を待たずに、豪雨の中へ踏み出した。その右手は俺の左手を掴んでいて、そして、信じられない力で引っ張っていた。俺は剣を帯から外して右手に持ち、杖として使った。リヴィに引きずられるようにして、それでも俺は歩く。腰は最初の数十歩で死んだ。だが、リヴィがいる限り、俺は膝をつかずに済む。

「パパ」
「子どもは、大人の心配なんかするな。腰痛では人は死なない」
「そゆとこ、好きやで、パパ」

 リヴィはますます遠慮なく俺を引きずっていく。雨はさらに激しさを増していた。

 広場は閑散としていた。首に縄を掛けられた少女が、絞首台の上にぽつんと立っている。少女の黒い髪は雨に濡れ、さながら幽鬼のようだった。

「ママ!」

 リヴィが絞首台に駆け寄る黒い旅装束の女性――言うまでもなくタナさん――を発見して声を上げる。タナさんの後ろを駆けていたウェラが、進路を俺たちに向けてくる。

 そんなタナさんに気付いたのか、どこかに避難していたのか、役人と十名ばかりの兵士たちが姿を現した。さっきはいたはずの異端審問官の姿は見えない。現れた役人は初老の男だった。白髪交じりの短髪が雨に濡れている。どこかで見たかな、この役人――なんとなく記憶に引っかかりがある。

「止まりなさい」

 その役人が低く声を張る。タナさんは足を止め、ゆっくりと役人に身体を向けた。兵士たちがそれぞれの武器を抜く。

「その娘――魔女を助けようということか? この雨も貴女が降らせているのか?」

 役人の問いかけに、タナさんは「どちらも否さね」と応じる。

「ならば――」

 そこで役人たちは近づく俺たちに気付いた。兵士の半数がこちらに身体を向ける。

「剣を収めてくれないか」

 俺は鞘に収まったままの自分の剣を少し持ち上げてみせた。しかし役人たちは未だ警戒を解かない。

「俺たち、ついさっきこの街に入ったばかりで、事情がわからないんだ。魔女がどうのって言ってたみたいだが、この子は本当に魔女なのか?」
「ふむ……」

 役人は兵士たちを下がらせた。兵士たちは剣を収めて、おとなしく従う。

「異端審問官がそうだと認定したのだから、立場上はそうだとしか言えない」
「さっきの黒い服の男か?」
「そうだ」

 役人は雨に打たれながらも律儀に応じてくる。どうやら話の通じないタイプではなさそうだった。

「この地も魔女狩りが盛んっていうことか」
「いや……」

 役人は首を振る。その間にタナさんが俺の右隣に並んだ。リヴィとウェラに俺たちが挟まれている格好だ。

「この街での死刑執行は、今日が初めてとなる予定だった。魔女狩り自体はカルヴィン伯爵に追随する形で始められてはいるが」

 役人は兵士に命じて、少女を絞首台から降ろさせようとした。ただ雨に打たれ続けるだけの彼女を、哀れに思ったのか。

 タナさんが腕を組みながら鋭い声で言う。

「魔女狩り自体は進めていたが、それは格好だけだった。でも、王都から異端審問官が派遣されてきたから、やむなく生贄を差し出した――合ってるかい?」
「……ご明察と言っておこう」

 役人は言葉を濁しつつも肯定した。その時だ。

「おい、お前!」

 雨に打たれつつも、取り巻きの僧兵にずらりと護られた男が現れる。黒服の――異端審問官だ。明らかに年嵩としかさの役人を「お前」呼ばわりする時点で、俺の中でのこの男の査定は最低ランクになった。

「あの魔女を今すぐ処刑しろ! この雨もあの魔女の妨害だ!」
「しかし、群衆は去りました」
「魔女の力に恐怖したからだろう!」

 うるせぇぞ、金髪碧眼。俺は毒づいたが、まずは役人と異端審問官の舌戦を見物することにする。絞首台の上の少女はもう少しで救出されるところだったのだが、僧兵にはばまれてしまった。兵士たちもどうすることもできない様子だ。

「魔女の力を屈服させてこそ、この国の未来がある。魔女とわかっているのだから、さっさと殺せ!」
「この娘はキンケル伯爵の大切な領民の一人にございます」
「魔女である以上、生かしておくわけにはいかん」

 この異端審問官は、いわば確信犯だ。を確信して疑わない――もっとも面倒で危険な相手だと俺は悟る。ガナートのそれとはわけが違う。

 そして、タナさんはと言えば、今にもナイフを投げつけそうなほどに目が血走っていた。

「エリさん」
「タナさん、耐えろよ」
「そうじゃあない。あの子には時間がない」
「時間?」

 雨の音にかき消されそうになりながら、俺たちは意志を疎通する。

「あの子、魔女になっちまう……」
「なんだと!?」
「今すぐ助けないと」

 タナさんはナイフを抜き放った。それを見て、僧兵たちが一斉に抜剣する。役人の兵士たちは武器を抜けずにいた。

「今すぐ殺せ!」
「カディル審問官。よろしければ、彼女を魔女と断定した証拠をお示しください」
「神の啓示に意見するか。それは教会への叛逆はんぎゃくだぞ」
「であればこそ!」

 役人は退かなかった。

「神は人に恥じる事をなさりますか。さもなくば、その判断の理由をお示しになられるはず」
「貴様、さては魔女の手先だな」
「いいえ」

 毅然とした態度を前にして、異端審問官――カディルの温度が上がっていく。

「私はこの都市の執政官の一人に過ぎません。評議会の決定には従いますが、私には疑義があるため、この場を借りてお尋ねしている所存」

 この役人、なかなか出来る男じゃないか。

「バカを言うな、役人風情が。貴様の地位も名誉も、我々は一瞬で消し飛ばすことが出来る」
「それは神の御意志か」
「我々異端審問官は、神の代理人である。我が言葉は神の御言葉であると思え!」
「ふざけんじゃないよ!」

 凛とした声が雨音を切り裂く。言うまでもない、タナさんだ。

「神の代理だ? 御言葉だ? よくもそんな事を恥ずかしげもなく言えるものさね! 神の代理であるのなら、魔女の力を打ち払ってみせな! こんなくだらない茶番を仕込んでる暇があるなら、とっとと神のすべきことをおし!」
「貴様も魔女か! この神をも恐れぬ大罪人めが!」
「大罪人なのは認めるさね! でもね、アタシは退んだよ!」
「魔女が人間に戻れるものか!」
「魔女を生み出すのは人間さね!」

 タナさんが前に出ようとしたが、それを押し留めたのは役人だった。

「部外者のあなた方を巻き込むわけにはいかない」
「部外者? 冗談じゃない」

 そう言ったのは俺だった。

「ここまで関わった以上、俺たちはもう当事者だ。俺はあの子の解放を要求する」
「貴様っ! 何の権利があってそんな事を言うか!」
「怒鳴りっぱなしは喉に悪いぜ、審問官さんよ」

 俺は僧兵たちの動きに気を配りつつ言った。彼らは俺たちを完全に包囲していた。

「それに、だ」

 俺は審問官の方に二歩分近付いた。普通ならば長剣居合抜きで切り倒せる距離だ――俺にはできないが、こいつらはまだその事実を知らない。だから今の所、俺が王手を掛けている状態だ。

「権利云々というのなら、お前らに何の権利があって死にたくなるほどの拷問を与える。彼女は自白するまではだったのだろう?」
「魔女だから、神の試練に耐えられんのだ」
「ほう?」

 俺の中で何かが切れかけている。

「神の試練、か」

 俺はまた一歩、異端審問官に近付いた。もはや彼は逃げられない――ように見えるはずだ。

「あんた、神の試練を受けてみるか?」
「な、何を言う。我々異端審問官を神の名で脅す気か!」
「神の試練には、耐え慣れているんだろう?」
「殺せ! こいつらをひとり残らず殺せ!」

 子どもか、こいつ!

 俺が剣に手をかけようとした、まさにその時、タナさんが叫んだ。

「そんな御託はいいから! 今すぐあの子を救わないと! あの子は、本当に魔女になっちまう!」
「ならぬ! 何を言うか、女! この娘はもはや魔女。今すぐ贖罪しなければならない! お前達、今すぐその娘を斬り殺せ!」

 異端審問官が叫んだ。僧兵たちはただちに少女を取り押さえ、首を落とそうと剣を振り上げた。

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