暗黒の魔女は、彼岸の色に染まる(1)

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

 ターニャはよく働いたし、よく学んだ。文字を覚えたばかりだというのに、暇さえあればマグダレーナが持っていた数々の書物――主に薬草学の類のものだが――を読みふけった。

「ターニャ、そろそろ休憩しな。昼食にしよう」
「あ、はい、先生」

 ターニャは額の汗を拭きながら、薪を一つ追加で割った。そして手早く片付けて、井戸の水で手と顔を洗う。そんなターニャに、マグダレーナはタオルを差し出した。

「ありがとうございます」
「あんたはいい子さね」

 ターニャの髪を撫でながらそう言ったマグダレーナは、急に表情を険しくした。そのただならぬ気配にターニャは身を固くする。

「ターニャ、家に入りな」
「せ、先生は……」
「アタシはだよ。心配らない」

 いつもの長剣は家の中だ。マグダレーナは取りに戻るか迷ったが、その時間はないと判断してそのの方を睨みつけた。ターニャはその場で立ちすくんでいる。

「ターニャ、剣を持っておいで。アタシの部屋の中にある」
「せ、先生の部屋……。あそこは」

 ――決して入ってはならない。それがマグダレーナがターニャに禁じた唯一のことだ。マグダレーナはわずかに口角を上げ、息を吐く。

「その時が来ちまったってことさね。いいかい、今のあんたの使命は、アタシの剣を持ってくること。一刻も早く!」

 マグダレーナの暗黒の瞳が、夏の真昼の中にあってもハッキリとわかるほどに赤く輝いた。ターニャは弾かれたように家に飛び込んでいく。

「さぁ、出ておいで」

 家の周りの鬱蒼うっそうたる林を睨み、マグダレーナは腕を組む。死角はない。

 敵は五人。全員が魔導師。恐らくに勘付かれたのだろう。アタシに気付いたのか、あの子に気付いたのか。それまではわからない。だが――マグダレーナは目を細める。

「嬉しいじゃないか。自らにえになりに来てくれるなんてねぇ!」

 あの子が戻ってくる前に片付ける。

 マグダレーナに向けておびただしい数の光の矢が飛来する。マグダレーナはそれを右手で振り払い、左手を突き出した。轟音と共に、大樹が幾本も折れて吹き飛んだ。

「一人か」

 身体に流れ込んでくるエネルギーを感じて、マグダレーナは目を細める。力が漲る。いつもそうだ。人の命の炎を吹き消すと、その分マグダレーナの内なる悪魔が活性化する。それはマグダレーナの力の強化に他ならない。そしてマグダレーナの究極の願いに近付くことにも他ならない。

 故に、こうして獲物が自ら寄ってきてくれることは、マグダレーナにとっては僥倖ぎょうこうだった。無駄な殺生をしなくて済む。

「逃しやしないよ」

 マグダレーナは凄絶な笑みを浮かべたのだった。

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