ある剣の追想 -05.女公爵

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

前話

 この魔女の少女は、女公爵エリザ・レヴァティンと名乗った。そして自分は至高の魔女なのだ、とも。彼女は私を手に入れてからというもの、連日連夜人を殺した。エリザの宮殿を訪れた旅人、メイド、将軍や若い兵士、自らの血族……。とにかく手当たり次第に斬り捨てた。しかもとびきり惨たらしく。少女曰く、人間の悲鳴と絶望にさらされれば晒されるほど、魔女の持つ力はより強くなるのだとか。

 彼女が語ったその情報が正しかったのか否か、私は知らない。しかし、少女は日をるに連れ、確かに魔女としての力を増していった。もとより強大な力を有していたエリザだが、私と出会ってから半年もする頃には、出会いの頃がかわいらしく見えてしまうほどに、エリザの力は膨れ上がっていた。その間、私の知るだけでも、少女は千人以上の人間を私を使って斬殺していた。彼女は人殺しを心からたのしんでいた。若い女の両肩に鉛でできた杭を刺し、生きながらにして私を使って両足を切断したこともある。幾人もの若い女を並べて両足を断ち切っては、貯まりに貯まった血液の中に女の恋人や夫、あるいは息子たちを浸けた。そして下から火をかけさえした。両足を失った女たちは、私の力によって死ぬことすら許されぬまま、愛する者たちが煮えたぎる血の海の中で崩れていくのを見ていることしかできなかった。彼女たちに死を懇願されるほど、エリザは高笑いを繰り返しては、その美しい口から生命への冒涜ぼうとくという毒を吐き散らした。泣き叫ぶ気力すら失ってしまった女たちを見て、エリザは美しく笑いかけ、言うのだ。無様ね、と。

 そのようなことを繰り返すこと数年。ようやく、王国主導でエリザを討つための軍が組織されるに至る。だが、エリザは魔女だった。彼女はあらゆる情報に通じていた。エリザは王国の軍の主要人物を手懐てなずけると、全てに先んじて自らの軍を動かした。エリザは女公爵である。国王に匹敵するだけの財力と武力を有していた。瞬く間にエリザ派、国王派に国土は二分され、ほんの数ヶ月で国中は荒れに荒れた。エリザは積極的に捕虜をとった。だが、誰一人として生かしては返さなかった。連日連夜の享楽の道具として、彼女は捕虜にした兵士たちを、侮辱屈辱の限りを尽くしてなぶり殺しにした。

 毎日のように数百、数千と死にゆく中で、エリザはその血まみれの日々が楽しくて仕方がない様子だった。味方が苦戦しているとあらば、エリザはその戦場に姿を現した――私とともに。エリザは圧倒的な、これまで私が見たことがないほどの強さを持っていた。ほとんど単騎で一個旅団を退けてしまうその力は、国王派の貴族の多くを寝返らせるに足るほどだった。また、彼女の操る呪いの力も強力にして露骨だった。本陣の全員が謎の熱病に侵される、大将が毒蛇に殺される、渡河の最中に鉄砲水に襲われる……。彼女はもうその存在自体が天災に等しかった。その噂が噂を呼び、国王派の貴族たちはすっかり怖気おじけ付いてしまった。そしてエリザはいつしか、国土の過半を掌握するに至っていた。

 しかし、その日々もやがて、しかも唐突に終わる。その理由は、私だ。私はだ。持ち主を確実に滅ぼす、そういうえにしもたらすものだ。ある日突然、エリザはによって捕えられることになる。なぜそんなことになってしまったのか、私にはわからない。が、エリザは知っていたようだった。

 なぜなら、捕えられる数日前に、エリザは私をベレムと呼ばれる古代の遺跡に隠したからだ。いずれまた会いましょう――彼女はそう言って笑みを見せた。それは私が今までに見たことがない、そして恐らくなんぴとにも見せたことのない、雅致がちにして蠱惑こわく的な微笑だった。彼女は抵抗することもできたはずだ。だが、教会の者たちが何かの罠があるのではないかといぶかしむほど、エリザはおとなしく捕まった。おそらく彼女は裁判もそこそこに処刑されるだろう。エリザも当然そんなことは承知しているはずだった。だが、彼女はあっさりと捕縛されることを選んだのだ。

 私の記憶はまたそこでしばらく途絶える。エリザの囁くような笑い声を聞きながら。

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