ある剣の追想 -06.少年

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

前話

 あの魔女がこの世界から消えてから、いったいい何年がったのか。とはいえ、私はそんなことには興味もなかったが、あれだけの被害を受けた王国はいまだ存続しているようだった。だが、どうやら相変わらずの戦乱の世のようだ。私の血を感じる力が、それを確信させてくれる。

 やがて私の前に姿を見せたのは、青年、いや、少年と言っても差し支えのない年頃の男だった。付き従う者たちの態度を見るに、少年の身分はかなり高いのだろう。しかし彼らの鎧は例外なく傷つき、手にした剣はもうとしての役割しか果たせそうにない。それは少年の、豪奢な装飾の施された剣にしてもしかりだ。

 私を見て、少年たちは一斉に歓喜の声を上げた。だがしかし、私が魔剣・ガルンシュバーグであることに気付いた者はいなかった。ただのひとふりの、明らかに何らかの力を持った魔法の剣をことに、彼らは運命じみたものを感じたようであった。

 少年は躊躇ためらいのひとつも見せずに私に手を伸ばし、握り、鞘から抜き放った。

 その時、私は強い衝撃を受けた。この少年は、ではない。私は瞬間的にそう悟った。少年のうちで荒れ狂う熾烈しれつなまでの破壊衝動、そしてこの世界への憎悪。それはかのエリザすら凌駕りょうがしていたのではないかと思う。しかし、少年は何かの力でそれを――ある程度――抑え込んでいるようにも思えた。それでもその激情の熱量は、常人の比ではなかったが。

 少年にともなわれて表に出てみれば、そこにいたのは一瞬で数えられる程度の数の兵士たち。この少年にはこの百、いや、千倍の兵士がついていてもおかしくはなかった。にもかかわらず、ここにいるのはさながら敗残兵の群れだった。しかし、少年は私の力を知らない。私のを求めたりはしていないからだ。今の少年は、ただのだけを求めていたのだとわかった。

 少年は純粋に、私をとしてではなく、として扱ってくれた。それは私にとっては初めてのことだった。そしてなぜか、無性に嬉しかった。出会ったその日の夜、少年は言った。残った味方を逃がすために、一人で本陣に切り込む、と。そんな馬鹿な話があるかと私は思ったが、私の言葉は少年には聞こえない。私という剣を、ガルンシュバーグという剣を手にしておきながら、自らの命を捨ててまで身分の低い一兵卒たちを助ける? 正気の沙汰とは思えなかった。そもそも私がいれば、どんな局面でも造作なく切り抜けられるというのに。

 しかし、私の力は少年には届かなかった。こんなことも今までなかったことだった。どんな人間にでも、私の力は届いたのに。だが、少年にはまるでナシつぶてだった。かくして少年は、少年の計画通りに動いた。

 夜も白み始める頃に、少年は私だけを持って、おそらくは少年の愛馬にまたがって、敵の本陣に真正面から斬り込んだ。戦略も戦術もあったものではなかった。ベレム砦と名付けられていたあの遺跡から、敵の本陣までまっすぐに、少年は駆けた。勿論いくつもの防衛線はあったが、全てが手薄だった。それもそうだ。前日までに少年の部下だった将軍や貴族のほとんどが王国側に寝返り、反乱を起こしていた少年たちは孤立無援の状態に陥っていたからだ。少年たちの全滅は誰の目にも明らかで、故に兵士たちは完全に油断していたのだ。そしてそこにきて、私の存在があった。

 私は戦場で、そう、かくあるべき使われ方で、実に久しぶりに殺人をたのしんだ。殺さなければ殺される、そして全方位に敵がいるこの絶望的状況。主を守り、本懐を遂げさせる。それが従者たる私の務めである。そしてそれが剣の存在意義である。殺し、殺し、殺しまくる。逃げる敵兵には目もくれず、少年は馬を走らせる。敵兵は少年の馬を射た。幾本もの矢が馬に当たり、ついには倒れてしまう。少年は助かる見込みのない傷を負った愛馬の首を、躊躇ちゅうちょなく切り落とした。そして少年は走り、殺し、そしてまた走り、一直線に本陣に到達した。そこまでに切った雑兵の数は百や二百ではなかっただろう。もちろん、もし剣が私でなければ、こんな事はできなかっただろう。

 少年は敵の総大将、ハイラッド公爵と相見あいまみえた。本陣には将軍たちもいたが、彼らは公爵の指示でその場を離れた。残ったのは公爵の従者が一名。彼をこの決闘の見届人とするということらしかった。総大将でもある公爵を一人、その場に残す――私はその不可解な状況にしばし悩んだが、すぐにその理由がわかった。

 ハイラッド公爵は強力無比な騎士だった。少年もまた、私が目にした中では一、二を争う剣の使い手だったが、公爵はその遥か上を行っていた。私を手にしていてなお、ハイラッド公爵に比肩するか否か。そして少年と公爵は顔見知りのようだった。

 激しい撃剣の末、二人は相打ちとなる。

 私はそこで、生き残った公爵の従者を操って、再びベレムの遺跡に戻ることも出来た。が、私は少し好奇心を刺激されてもいた。あの少年は、いったいなのだろうかと。そして、私をただの剣として扱ってくれたという事実への恩を感じてもいた。だから私は公爵の従者の意識に少しだけ介入して、私を川に投げ入れさせた。斬られた少年が転落した崖から、だ。運が良ければまた少年と巡り会えるだろう、と。

 そして魔女エリザ。あの魔女の少女の最後の言葉――いずれまた会いましょう――その意味を知りたいと、私は思っていた。あの少年はもしかすると、処刑されたはずの魔女エリザと何かしらの因縁があるのかもしれない。であるならば。私は少年と今一度相見あいまみえたいと思った。私は人間の運命えにしを変える。じ曲げる。そういう力を持つ魔剣。しかし、あの少年と、そしてあの魔女エリザは、もしかすると私の運命の方をこそ、変えてくれるかもしれない。

 私はそういう夢を見た。

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