「魔女のオラトリオ」関連短編――。
あの後、私は首尾よく少年と再び出会うことができた。というより、そうでなければこの少年は助からなかっただろう。なに、少しだけ私の力を分け与えただけだ。彼が切り殺してきた兵士たちの生命のほんの何割かを少年に注ぎ込んだのだ。少年はきっと、その事実に一生気付くことはないだろうが。
それから二十年もの間、私と少年はあてもなく旅をした。その間、少年はどういうわけかはわからないが、どんな状況に陥っても私を抜こうとはしなかった。どこの馬の骨とも知らない安物の鋳造剣しか、抜こうとしなかったのだ。そのことに私は少々不満を覚えたりもしたが、なぜか同時にその状況を受け入れてもいた。私はきっと、あまりに多くを殺しすぎてきたのだろう。人々の悲嘆も絶望も苦痛も怨嗟も、何もかもに飽き飽きしていたというのも事実だったし、これ以上殺しても、私の魔剣としての力は強くなることはないに違いない――という思いはなくもなかった。
少年が青年になり、中年に差し掛かる頃、彼は派手に腰をやった。もとはといえばあのハイラッド公爵との戦いで受けた傷が原因ではあるのだが、それはともかくとして彼は自力歩行すら厳しいほどに腰を痛めてしまった。私には腰なんてものはないから、それがどれほどの痛みを伴うものかは分からないが、彼の様子を見て察するに、もしかしたら腰を切り離した方が楽なんじゃないかとさえ思ったりはした。
そして彼はあろうことか、荷物を減らすためにと、持っていた鋳造剣を捨てた。そして抜かない私を選んだ。この判断には、私は干渉していない。彼が、自らの意思でそうしたのだ。彼はそれからも王国から逃げるようにして方々を彷徨った。彼は温泉というものが好きらしいが、それが何を意味するかは、私には未だにわからない。
そしてその旅の途上で、彼はある魔女に出会い――。
そして私はあの魔女の少女に再会し――。
……聞いてたか? おい? ここから大事なところだぞ!
またか。いつから寝ていたのか……。私を抱きかかえたまま眠っている少女の様子を、私はやれやれとうかがう。いつもどおりにだらしない顔だった。油断しきって眠っている少女の隣には、炎のように赤い髪の女性が座っていて、その澄み切った青い瞳で周囲を油断なく見回していた。二人は今、丘の上に一本孤独に立っている巨木の下で休憩中だった。明日は山越えをするから、今日はもうここで休む――さっき二人はそんな話をしていた。
赤い髪の女性は完全に眠っている少女を、私ごとひょいと抱き上げる。前から思っていたが、この女性は信じがたい怪力の持ち主だった。残念ながら、この赤い髪の女性は私と意志を疎通することは出来ない。この時代は、私を抱えて眠っているこの少女以外とは話ができたことがなかった。この少女は物心ついたときから、私と会話することができていた。少女が最初に喋った意味のある単語は「まま」で、その次が私の名前、「ガルンシュバーグ」。その次の次の次くらいが「ぱぱ」だったと思う。かつての私の主である「ぱぱ」は、笑えてしまうほどに凹んでいた。
そんな回想に浸る私を見て、赤い髪の女性は優しい声音で言った。
守ったってや、この子を――と。
そんなこと、言われるまでもない。この少女は、私の主だ。おそらく、最後の――。
血塗られた私の歴史を、この少女はきっと。私は半ばそう確信していた。
長かった私の旅もそろそろ終わる。青い瞳の剣士に導かれ、少女を主として。私の旅は、まだ少し、続く。
―ある剣の追想・完―
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