暗黒の魔女は、彼岸の色に染まる(2)

魔女のオラトリオ・短編
魔女のオラトリオ」関連短編――。

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 マグダレーナはその場から一歩も動かない。飛来する光や炎の槍を時々払い落とすくらいで、動きも最小限だ。

「そろそろあの子が戻ってきちまう」

 それとも、に気が付いて動けないか?

 マグダレーナは自嘲する。

 ――おい、悪魔、差し引きプラスだろうね?

 その問いに、悪魔は「わずかにはな」と応えた。マグダレーナは舌打ちする。だが、選択肢はない。

 マグダレーナは両手で空中に複雑な模様を描く。悪魔の力を借りるための儀式だ。

 まったく、何度見ても禍々まがまがしい。

 そう思うと同時に、その赤黒く明滅する奇怪な模様から、黒と赤の布のようなものが数十枚も現れた。それらはまるで牛をも飲み込む、巨大な蛇のようだった。それらグロテスクで薄っぺらな蛇たちは、ひとしきりうごめいたのち、弾かれるようにして四方八方へと飛んでいった。

 数秒と経たず、周囲から男女四名分の短い叫声が響く。全員即死だ。叫んだ時にはもう死んでいたはずだ。だが、この蛇たちは悪魔の力の顕現あらわれだ。その犠牲者の魂たちは、肉体は死してもなおすすられ続ける。文字通りしぼり取られ、ついにはてられる。生まれ変わることすら叶うまい。

 マグダレーナは冷たい視線を周囲に飛ばし、ようやく息を吐いた。

「せ、先生……あの」

 息を切らせて、ターニャが家から出てきた。マグダレーナは長剣を受け取るが、抜こうとしない。ターニャは周囲をビクビクと見回しながら、マグダレーナの左腕に小さく指をかけた。

「せ、先生?」
「悪いヤツはみんな死んだよ」

 マグダレーナはそう言ってターニャを抱きしめた。

「先生、あの……?」
「旅に出ようか、ターニャ」

 ここはもう安全ではないし。

 そもそも、この地域でを狩るのにも限界があるさね。潮時ってやつさ。マグダレーナは心の中でそう呟いた。

「先生は、その」
「アタシのところから、逃げたくなったかい?」

 マグダレーナはターニャの髪の毛に触れる。アタシと同じ黒髪なのに、どうしてこうも違うのかねぇと、マグダレーナは嘆息する。

「ターニャ、選んでいいんだよ、あんたの意志で」

 その言葉に、ターニャの身体が強張こわばる。しかし、ターニャはぎこちなく首を振った。

「わたしは、その、行く場所がないから」
「そっか」

 だよねぇ、と、マグダレーナは言った。

「アタシは、魔女なんだ。悪魔に負けた人間。だから」
「先生は、先生です」

 ターニャは震える声でそう言う。マグダレーナは黙って剣を抜いた。ターニャの全身に緊張が走る。

「アタシは誰がどう弁護したって、とことんの悪人だよ。あんたがアタシの部屋で見たもの、それだってそのほんの――って危ないじゃないさ、ターニャ」

 ターニャがその刀身に触れようとしたのを見て、マグダレーナは慌てて剣を引く。そしてその自分の行為がおかしくなって少し笑うマグダレーナ。

「アタシはね、ターニャ。アタシは、魔女なのさ」

 マグダレーナは剣を収めて、吹っ切れたような声で言った。

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