「魔女のオラトリオ」関連短編――。
ターニャは表情を強張らせたまま、マグダレーナの長身を見上げる。マグダレーナはターニャの肩を叩くと、「荷物をまとめよう」と言った。
「先生、あの、先生の部屋の……」
「あれはアタシの自己満足さね」
「あれが、自己満足なんですか?」
震える声のターニャに、マグダレーナは悲しげな視線を送る。
「殺した人間たちの髑髏が、アタシを睨む。どこにいてもアタシは呪われ続ける。そう思わなければ、やってはいけないのさ」
そう、マグダレーナの部屋には、夥しい数の髑髏が並べられていた。十や二十というような数ではない。規則的に整然と、所狭しと並べられた髑髏は、その全てが赤く燃え続けていた。
「先生は、人を殺すんですか……。だって、町の人を助けているじゃないですか」
「表向きは医者だからねぇ。確かに人を生かすための仕事さね。でもね、裏を返せば簡単に人を殺せる仕事とも言えるのさ」
「そんな」
ターニャはマグダレーナの右手を握る。マグダレーナは少し驚いた顔をしてターニャを見る。
「そんなこと、ない。先生がそんなこと……」
「アタシは魔女さね。利己的で禍々しい目的のために、悪魔に魂を売った、魔女さね」
マグダレーナはターニャを連れて家に入る。ターニャの手は震えていたが、マグダレーナを離そうとはしなかった。
「アタシを信じちゃいけない。利用するんだ。アタシはそう言ったね?」
「は、はい。でも」
「アタシもまた、あんたを利用しようとしているんだ」
「利用……?」
「そうさ。あんたの力を、アタシは強く求めている。何百も何千も、一瞬で命を奪えるその力を、アタシはやっぱり求めている」
「そんな!」
ターニャはまっすぐにマグダレーナを見上げた。黒褐色の瞳が、マグダレーナの暗黒の虹彩を射抜く。マグダレーナは確かに気圧された。それが自身の良心の呵責によるものなのか、それとも魔女としての力で圧倒的に優れているターニャを前にした畏怖によるものなのか、それはわからない。マグダレーナはターニャの手をそっと離し、椅子を指差し「座ろうか」と提案した。ターニャは黙って自分の椅子に座り、マグダレーナは愛用の揺り椅子に腰をおろした。夏の最中、暖炉は暗い。
「アタシは五千人の魂を要求された」
「ご、五千人……!?」
「そう。この間まで続いていた大内乱のおかげで、随分と多くの魂をくれてやれたけど」
戦地を渡り歩き、数多くの兵士や通りすがりの村を襲い、何百と殺した。マグダレーナは目を閉じる。ターニャの視線を感じながら。
「それでも全然足りなかった。十年以上かけても、その十分の一も殺せていないんだ」
「なんで! どうしてそんなこと!」
ターニャは立ち上がろうとする。が、マグダレーナは薄目を開けてそれを制した。
「そもそもあんたを助けたのも、その延長さ。この国はあの反乱のおかげですっかり荒廃。村の一つがなくなったって誰も気には止めやしない。だろ?」
その言葉に、ターニャは身を固くする。確かに村を滅ぼしたのはターニャだ。だが、そのことに言及する人たちには、ターニャは出会ったことがなかった。最初の数カ月は、ターニャは自らの罪と、そのことについて誰かに責められるのではないかと、ひたすらに恐れていたのだが。
「アタシはね、あの時ちょうど、あんたの村を襲う予定でいたのさ。ところがいざその時になってみたら、村がね、あのザマさ。アタシにはすぐにわかった。それが魔女の力によるものだってことがね」
「でも、先生はわたしを助けてくれた……」
「アタシの目的を聞いた今、アタシはあんたのその力を求めていた、といえば納得できるだろ」
「できない」
ターニャは口を引き結んで首を振った。
「先生がわたしに人を殺させたりするなんて」
「甘いよ。アタシは魔女さね。あのときだって、あの村で死んだ人間をアタシの悪魔に捧げられないものかややしばらく悩んだものさ。でもそれはできなかった。だから、あんたをうまく丸め込んで、何なら王都に送り込んで無差別に殺させたっていいかとさえ思ったりしたのさ」
「わたし、そんなことしません。先生も、させません。先生にはそんなことできません」
「それが、できるのさ」
「絶対にそんなこと、ない」
ターニャは何度も首を振った。マグダレーナは肩を竦める。
「先生はさっき自己満足で、あの、その、人の骨を置いているって。先生だって本当はそんなことしたくないんでしょう?」
「人を殺すのには、もうとっくに慣れたよ」
疲れたように言うマグダレーナに、ターニャはなおも言い募る。
「先生は、なんのために五千人も」
「そうさねぇ」
マグダレーナは指先に小さな火を灯した。室内の薄暗さがほんの少し希釈される。
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