なおも群れてくる死セル兵士たち。それぞれの戦闘力はたいしたことがない。だが、数が数だ。一人で五体、あるいは六体との同時戦闘を強いられる。しかも相手は力加減を知らない。一撃でも食らえば致命傷だ。そのうえ、倒しても倒しても新手が加わってくる。文字通り、際限がなかった。
荒い息を吐きながら、ファイラスは馬車たちの先頭に立つ。死セル兵士たちが馬に関心を持たなかったのは救いだった。そうでなければますますの苦戦を強いられていたところだ。
とはいえ、絶体絶命。どうする……!
ファイラスはケーナの気配を探しながら考える。
イレムがいてくれれば、一瞬で話は終わるのだろうが。ファイラスは帝都にいるであろう親友の顔を思い浮かべる。イレムはアルディエラム中央帝国軍の最上位組織、「神帝師団」に所属している。定数二千、実数二十数名という冗談のような組織だ。あらゆる意味で規格外の人間しか採用されることのない、文字通り超人の集まりである。そしてそれゆえに、彼ら一人一人の行動は全てが最高機密に属していた。彼らが剣を抜く時というのは、文字通り国家の危機に直面している時だ。事実、この十年、公式には彼らは一度も戦場に出てきていない。
「いないものは仕方がない」
屍たちを斬り伏せながら、ファイラスは呟く。神殿騎士たちは当初こそ苦戦を強いられていたが、今はだいぶ落ち着きを取り戻していた。冷静に捌いていけば戦線の維持程度ならどうにかなると理解したのだ。
だが、このままではジリ貧だぞ。
ファイラスは戦闘の合間合間でケーナを探す。しかし誰もケーナの姿を見ていない。
まさか。
ファイラスの背筋が冷たくなる。しかしそうしている間にも骸たちは襲ってくる。
「ッ!」
ほとんど白骨化している一体が、突如飛びかかってきた。鋼の鎧を着けた白骨剣士だ。凄まじい跳躍力と速度、そしてその鎧の重さも加えられた威力を前に、一撃を受け止めたファイラスは大きく後退させられる。大剣を持ったその白骨の眼窩が青く燃えている。
「こいつも別格か」
ファイラスは他の死セル兵士たちを部下に任せ、その白骨剣士と正対する。白骨剣士が地面を蹴る。地面が陥没するほどの威力だ。ファイラスはとっさに聖盾を展開して威力を殺そうと試みるが、一撃で消し飛んだ。
「なんていう破壊力だ」
誰かが呻いている。ファイラスは「近付くな!」と怒鳴り、白骨剣士との打ち合いを開始する。パワーもスピードも白骨剣士の方が上だ。生前、もしかしたら名のある騎士だったのかもしれない。生前の技術と、不死怪物特有の遠慮会釈のない腕力――それらがファイラスに襲いかかる。
真正面からでは勝ち目がない……!?
ファイラスの剣技も一流だったが、それだけでは及ばない。
「光閃華!」
ファイラスの周囲に数十の光の弾が浮かぶ。白骨剣士の斬撃を肩代わりし、同時に炸裂する攻防一体の魔法だ。本来、長い詠唱が必要な魔法だったが、ファイラスはそれを思い切り圧縮して発動させている。並の術師にできる芸当ではない。
一瞬確かに怯んだ白骨剣士に、ファイラスは躊躇なく打ち掛かる。光弾がファイラスの斬撃を追うように動き、白骨剣士に炸裂する。
「終わらんか!」
それでも白骨剣士は襲ってくる。ファイラスが対峙したことのある、どの不死怪物よりもタフだ。
そこでファイラスは気が付く。撃剣の音が減っていることに。
「どうした」
「敵が動きを止めています」
神殿騎士の一人が報告してくる。未だ動いている屍はあったが、もはや脅威にはならなさそうだった。事実、神殿騎士たちによって一方的に次々と粉砕されている。
「霧も晴れてきた」
ファイラスは油断なく白骨剣士を睨みながら、状況を把握する。その時、白骨剣士がまた動いた。どん、という音と主に地面に穴を穿ちながら、ファイラスに向けてまっすぐに突っ込んでくる。ファイラスは冷静に聖盾を展開して後退する。一瞬動きを止めた白骨剣士に向けて、一気に踏み込み、その胴を薙ぎ払う。鋼の装甲がファイラスの剣を弾く。だが、刃を通じて放たれた聖なる力は、本体に重篤なダメージを与えていた。
白骨騎士が倒れるのと同時に、霧は完全に消えた。薄暮の丘の麓には無数の死体が転がっている。
「損害報告!」
ファイラスは声を張る。その目はケーナを探している。
「死者はありませんが、負傷者多数」
小隊長の一人が声を上げる。
「負傷者は馬車に乗せて帝都まで退避。ガド、ヘイル、君たちの部隊で護衛」
「了解しました」
二人の小隊長が頷く。
「無事に帰ってくれ。帰ったら、即座にクォーテル聖司祭に、神帝師団の派遣を依頼するんだ」
「神帝師団ですか」
神殿騎士たちからどよめきが起こる。その時、馬車の後方から単騎駆けてくる姿があった。
「それがいいと思います!」
「ケーナ! 無事だったか!」
「ご心配をおかけしました」
ケーナは下馬すると、お道化たように肩を竦めてみせた。
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