DC-01-05:試作品五十五号

治癒師と魔剣・本文

 薄暮の頃とは打って変わって、穏やかな晩夏の夜だった。神殿騎士たちは隊ごとに集まり、焚き火を囲んでいる。その顔には疲労と緊張がありありと浮かび、とても休めているようには見えなかった。あれだけの死セル兵士たちを見せつけられたのだ、致し方ない。

 ファイラスは剣の刃の状態を確認しながら小さく息を吐いた。隣に座っているケーナは、思い詰めたような表情で干し肉をかじっている。

 誰も彼もが疲れている。今また襲われたら、今度こそ危ない。ただでさえ一割以上の戦力が離脱したのだ。目的地までさほど距離はないとは言え、当初とは全く危険度が違っている。

「せめて無事に帰ってくれればいいが」
「大丈夫でしょう」

 ケーナは口をもぐもぐと動かしながら、あっけらかんとした口調で言った。

「なぜだ?」
「だって、撤退班を全滅させたって、誰も得しませんし?」
「それはそうだが」
「そんなことより」

 ケーナは干し肉を噛みちぎる。

「このお肉の硬さ、本当にイラっときます」
「まったく、君は本当にケーナなのかって思うな」

 ファイラスは苦笑する。ケーナは表情を消し、「昔のことです」とぽつりと応える。ファイラスは沈黙する。

「でも、あんなことがあったから、私は今ここにこうしています」
「守れなくて悪かった」
「何を?」

 ケーナはそう言って笑う。

「守ってもらえたから今ここにいるんですよ」
「そう、か」

 ファイラスは難しい顔をして、また黙り込んだ。

「ファイラス様は小さな頃から神童扱いされていたと聞きました」
「大人たちが勝手に持ち上げただけだ」
「でもそれは正しかったのでは?」

 ケーナは袋からなにやら白いものを取り出して、落ちていた枝に突き刺した。そして焚き火で炙り始める。

「なんだそれ」

 好奇心に負けて尋ねるファイラスに、ケーナは少し胸を張る。

「ウスベニタチアオイの根に蜂蜜とお砂糖を混ぜて作りました。焼くと美味しいんですよ」

 ほんのり焦げ目の付いたそれをファイラスの前に突き出すケーナ。ファイラスはそれを受け取って、恐る恐る口に運ぶ。

「ほ、ほう?」

 美味い。適度な甘さが、疲れた脳と身体に効く。ケーナは満足そうに頷くと、追加でニ個、三個と焼き始める。

「これは何ていう菓子なんだ? 見たことがない」
「試作品五十五号」
「ん?」
「試作品五十五号です」
「五十五もお菓子を作ったっていうのか」

 至極もっともな問いかけをするファイラスに、ケーナはやや不満顔だった。

「ファイラス様が四年前に言ってくれたじゃないですか」
「なんだっけ」
「もう! ファイラス様は私に料理でもやってみたらって言ったんですよ。生きることすらどうでも良かった私に、料理でもどうだって」
「そういえば……言ったな」
「あの頃はファイラス様、私の治療よりも掃除に一生懸命だったけど」

 ケーナは少し遠くを見る。視線の先には山のシルエットにかかる金色の月があった。

「ファイラス様は私を生かしてくれた。守ってくれたんですよ。バレス高司祭から、かな」
「……守りきれたとは思えない」
「私は守ってもらったと思っています」

 ケーナは最後の試作品五十五号を口に放り込む。

「材料たくさん持ってきたから、いくらでも作れますから!」
「あ、ああ。ありがたいな」
「私、今回のこの戦い、感謝もしてます」
「感謝?」
「やっとファイラス様の役に立てる。私が初めて誰かの役に立てるんです」

 そう言って立ち上がるケーナ。見上げるファラスからは、ケーナの表情はよく見えない。

「私、意外と役に立ちますから」

 ケーナはそう言ってファイラスに背を向ける。ごうと風が吹き抜けた。金の髪がケーナの表情を覆う。ファイラスたちから十分に離れてから、ケーナは右手を握りしめて吐き捨てた。

「……うるさい」

 その声は誰にも届かない。

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