たちまちの内に木々に囲まれた一本道での撃剣が始まる。馬車がすれ違える程度の道幅で、逃げ道がない。弓を持つ脱走兵は数名程度だったが、それでも被害は少なくない。兵士たちはよく統率されていた。
「こちらも行くぞ!」
騎士が大剣を打ち下ろしてくる。ファイラスは冷静にそれを見切り飛び退る。地面が派手にえぐれて、小石がファイラスの頬を薄く切る。騎士は即座に剣を構え直すと、今度は横薙ぎにしてくる。これだけの木が茂る森の中でも、騎士は巧みにその大きすぎる刃を振り回す。やはり相当な手練だ。
「それほどの技量があれば、前線の助けにもなっただろうに!」
ファイラスは大剣を寸でのところで躱し、地面を蹴りつける。耳元で風が唸り、ファラスは一瞬で騎士に肉薄する。
「甘い!」
騎士は左手で短剣を抜いていた。それがファイラスの胸に迫る。
「聖盾!」
ほとんど無詠唱で発動する防御魔法。それが短剣をあっさりと弾き返す。だが、その時には右手一本で振り回されている大剣がファイラスの後頭部に迫ってきている。
ファイラスはその刃を見もせずに地面を転がる。刃が髪の毛を数本千切っていく。ファイラスは背筋だけで跳ね起きるとそのまま大上段から騎士の頭部を狙う。
「ちっ」
その一撃は確かに兜に直撃したが、それだけだった。衝撃も上手く殺されてしまう。
「なんていう防御力だ」
それだけではない。大剣を食らえば一撃で戦闘不能だ。攻守ともに隙が見当たらない。しかしファイラスは距離を詰め続ける。少しでも間合いが開けば、今度は相手の得意とする距離になってしまう。
魔法で対処するか? それとも――。
ファイラスは未だ苦戦する神殿騎士たちの様子を感じて、少なからず焦る。
「ケーナ、無事か!」
「なんとかー!」
少し離れた所から応えがある。ファイラスはほっとしつつ、真上から打ち下ろされてきた大剣を受け止める。
「ぐっ!」
聖別された剣でなければ粉砕されていたことだろう。猛烈な圧力がファイラスの全身にのしかかる。背骨が軋み、足が地面にめり込むほどの破壊力だ。
「仕方ない!」
ファイラスは聖盾を発動して一撃をやり過ごし、騎士が怯んだ瞬間に敢えて距離を取った。もちろんそのチャンスを見逃す騎士ではない。
「防戦一方でどうする気だ!」
騎士が雄叫びのようにそう怒鳴る。騎士は次の一撃での勝利を確信していた。ファイラスが防御するよりも早く、大剣が脳天を砕く、と。
「聖盾!」
ファイラスは直撃の寸前にそれを発動させる。
「遅いんだよ!」
大剣が魔法障壁を砕く。だが、ファイラスはその間にほんの半歩ばかり、右に動いていた。大剣が地面を穿ち、その反動で跳ね上がる。ファイラスはその一瞬で距離を詰め――。
「聖盾!」
再度魔法の盾を発動させる。そして、騎士にぶつけた。
「!?」
魔法の力場を頭部に直撃された騎士は、文字通り大きく吹き飛んだ。兜が凹み、面頬が上がっている。
「防御魔法を攻撃に使ったのか」
「応用だ」
ファイラスは身動きの取れなくなった騎士に剣を突きつける。
「戦闘中止を命じろ。お前の負けだ」
「命じたところで終わらんさ。誰も絞首刑にはなりたくないからな」
騎士は喉元の剣を見ながら唇を歪める。
「本当の地獄が待っている。悪いことは言わない、先には行くな」
「そうもいかない」
ファイラスは周囲の戦闘の気配を探りながら、騎士を睨む。
「お前たちを最前線に連れ戻す。お前たちが生き残る道はそれしかない」
「冗談じゃない。あの地獄に戻るくらいなら、俺は死を選ぶ」
「それほどまでの地獄とはいったいどういうことだ」
「それは……」
騎士はそう言うと、いつの間に持っていたのか、ナイフを投擲してきた。ファイラスの反応が間に合わない。切っ先は正確に喉元に迫る。聖盾も間に合わない。
「ッ!?」
今まさに突き刺さろうかというところで、そのナイフは消滅した。何が起きたのかはわからない。しかし、明らかに消えていた。
「な、なんだ……!?」
騎士の声には明らかな狼狽が含まれていた。
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