DC-02-03:躊躇なき一撃

治癒師と魔剣・本文

 動揺したのは騎士ばかりではない。ファイラスもまた、不意に高まった魔力の濃度にあてられて、集中を乱されていた。そして立ち直ったのは騎士の方が早かった。大剣を拾い上げると、そのままファイラスを横ぎにしようとする。

「!?」

 大剣の刃が直撃する寸前、その刀身が砂と化した。ファイラスは山ほどの砂埃を被ったが、被害はそれだけだった。

「どういうことだ……!?」

 騎士は狼狽ろうばいして尻もちをついて後ずさる。彼はこれがファイラスの仕業だと思いこんでいた。

 周囲の戦いも急速に収まってきていた。集団の長である騎士がほとんど無力化されたからだ。だが、それでも数名は徹底抗戦を続けていて、神殿騎士たち――そしてケーナも、ややもすれば防戦に追い込まれそうになっていた。

「戦いをやめさせろ」

 ファイラスは騎士に言ったが、騎士は「無駄だ」と再びにべもない。

「さっきも言った通り、俺たちは誰も絞首刑にはなりたくないし、あの地獄にも戻りたくない」
「いつかは捕まるんだぞ」
「さぁね。そのは来ないかもしれない。だが、絞首刑も地獄も、すぐそこにある」

 なのだとファイラスは理解する。この兵士たちは絶望に取り憑かれているのだと。しかし、それに対してかけられる言葉をファイラスは持たない。

「これ以上抵抗するなら、ここで死ぬぞ」
「負ければな」
「お前は負けた」
はまだ負けてない」

 騎士の言葉にファイラスは背筋が凍る。

「ケーナ!」

 殺気だ。木々の間から明確な殺気が放たれている。

 矢が放たれる。それはまっすぐに戦闘中のケーナに目掛けて飛んでいく。

 だが、当たらなかった。正確にはケーナが剣で弾いていた。

「任せる!」

 ケーナはそばにいた神殿騎士にそう言い置くと、ファイラスの脇を駆け抜けて茂みに飛び込んだ。

「……ケーナ?」

 見たことのないほどの俊敏な身のこなしに、ファイラスはしばし呆然とする。騎士は舌打ちした。数秒の後、茂みから絶叫が上がる。血飛沫の吹き上がる音も聞こえた。

「危ない危ない……」

 返り血で真っ赤に染まったケーナが深い茂みから出てくる。手には弓があった。奪い取ったものだろう。ケーナは躊躇ちゅうちょなく矢をつがえ、先程まで自身が戦っていた兵士に狙いを定める。

尖爆ヴンザ・メレ
「ッ!?」

 ケーナの口から出た魔法の名前にファイラスは驚愕する。

 誰に学んだんだ、そんなもの!

 これは明らかな対人攻撃魔法だ。ファイラスが使う魔法は、そのほとんどが対不死怪物用に開発された魔法で、戦闘ではそれを対人用に応用して使っているに過ぎない。しかし、尖爆ヴンザ・メレは殺人のためだけに開発された軍用の攻撃魔法だ。

 尖爆ヴンザ・メレの魔力によって加速された矢は、狙い過たず兵士のこめかみに突き刺さり――ぜた。その頭蓋骨が凶器になるほどに鋭く砕けて飛散する。敵の兵士の数名がその直撃を食らって悶絶している。しかし、近くにいた神殿騎士たちはその影響を受けていなかった。

「まさか、破片まで制御した……!?」

 頭部のない兵士は激しく血液をき上げている。そのあまりに凄惨な光景に、劣勢だった兵士たちはたちまち戦意をくじかれた。

 仕方ないでしょ――ケーナはファイラスの視線に気付かないふりをしながら、心の中で呟いた。

 逃げられる者は逃走を試み始める。

「追いますか?」

 腕を負傷した神殿騎士の一人がファイラスに尋ねる。ファイラスは一瞬考えた末に、首を振った。

「この状況で逃げ散っても、助かる保証はないな」
「ですね」

 返り血を拭きながら、今度はケーナが同意する。そして騎士を見下ろして言った。

「この騎士がいれば十分でしょう。敵の負傷者はいかがします?」
「見捨ててはおけないな」
「ファイラス様ならそう言うと思っていましたが、私は反対です」
「しかし」
「神殿騎士たちも多くが負傷しました。脱走兵の治療までする余力は、我々にはありません」

 毅然とした様子のケーナに、ファイラスは唸る。全ての手持ち武器を喪失した騎士は、地面に座ったまま沈黙している。ファイラスは騎士を見下ろして、「いや」と首を振る。

「最低限の治療はする。こんなところで見殺しには出来ない」
「どのみち、彼らに未来はありません」

 ケーナの言葉にファイラスは頷く。

「だとしても。生殺与奪の権はもはや俺たちにはない。俺たちは十分殺した」

 ケーナに頭部を砕かれた兵士は、まだ立っていた。その周囲にも何人もの死体、そして重傷者が転がっていた。

「まず神殿騎士の治療を最優先。脱走兵たちはその後だ」
「りょーかい」

 ケーナは肩をすくめて応じた。かなり不服そうな仕草だった。

「でもファイラス様。一つ言わせてください」
「奴らに殺された仲間もいる、だな」
「ええ。そうとわかっていても、助けますか?」

 ケーナの鋭い問いかけに、しかし、ファイラスは頷く。

「憎しみの連鎖があるとしたら、それを断ち切れるのは俺たちだけだ」

 それは私たちを買い被りすぎですよ、ファイラス様――ケーナは目を閉じてかぶりを振った。

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