DC-02-07:焚き火の前で正論を述べる

治癒師と魔剣・本文

 それにしても――ケーナは唸りながら馬を進める。

「ファイラス様、そもそもギラ騎士団って何をするためにいるんです? 平和な組織とは到底思えないんですけど。大魔導何人もいるんですよね」
「国家に所属しない私兵集団、だしな、ギラ騎士団は」

 馬車たちと合流し、一路北へと進んでいく。が、負傷者も多数抱えている中では、これ以上の進軍は難しかった。

「まだ早いが、このあたりで休もう」
「また脱走兵や化け物が出るんじゃ?」

 ケーナが至極もっともな疑問を口にする。ファイラスは首を振る。

「その時はさっきの大魔導がなんとかしてくれるさ」

 ファイラスは馬を降りて野営の指示を飛ばし始める。ケーナは「ふぅん」とやや不満そうに声を発し、周囲を見回した。負傷した神殿騎士たちが馬車から降りてきて、治療を受け始める。ケーナも進んでそれに加わる。ファイラスは重傷者を中心に魔法で癒やして回っていた。

 治療は日が暮れる頃まで続いた。ファイラスたちは治癒師と言っても、無尽蔵に癒やしの力を発揮できるわけではない。一般の魔法と同様に、体力と精神力を代償にしなければならない。治療が一段落するころには、ファイラスもケーナも、他の治癒師たちも、身動きできないほどに疲れ果てていた。

「ファイラス様」

 ほとんど無傷の神殿騎士がファイラスを焚き火の一つに案内する。ケーナもそれについて行き、「気が利くぅ」と言いつつ腰をおろした。

「見張り、頼む」

 明らかに疲労の滲むファイラスの言葉に、神殿騎士は小さく一礼して背を向ける。ケーナは試作品五十五号を枝に刺しながら言う。

「でも、さっきの大魔導。とんでもないんですね。アレだけの攻撃魔法を使っていながら息切れもしていなかった」
陣魔法ヅォーネ、か」
「ああ、それなんですけどね、ファイラス様。陣魔法ヅォーネ紫龍セレスの力を引き出す魔法というのはわかりました。でも、それがなんでなんかになったんですか?」
紫龍セレスの封印を解く手段、それが陣魔法ヅォーネだからだ」

 ファイラスの厳かな言葉を聞きながら、ケーナは試作品五十五号の焼き加減を確かめる。そしてはふはふと頬張りながら、言う。

れって、まり、陣魔法ヅォーネを使えば使うほ紫龍セレスの封印が弱まるっていう……それじゃぁ、大魔導がいたらまずいじゃないですか」
「ともいえる」

 ファイラスも試作品五十五号を受け取って口に入れる。

「美味い」
「はい、知ってます」

 ケーナは次なる白い物体を枝に刺し始める。ファイラスは少し思案顔をして、ケーナを見る。ケーナの緑の瞳は炎の照り返しを受けて、不規則に揺らいでいた。

「大魔導は強すぎる、だから彼らが自由に動き回れてしまうとあっという間に封印は解けてしまう。そして大魔導を抑止できるのは事実上同じ大魔導だけだ」
「超騎士は? イレム様みたいな」
「超騎士についてはよくわからん」

 ファイラスは肩をすくめる。ケーナはやや不満顔を見せるが、「まぁ、たしかに?」と曖昧に同意した。

「でも、大魔導が魔法を使うと封印が解ける。おとずれるのは大災害セレンファクサランス。世界を滅ぼそうとして何か楽しいんですかね? 子供の妄想じゃあるまいし」
「君は本当にそういうことに懐疑的だな、ケーナ。一応、神殿に所属しているんだが」
「異端がいてこその組織ですよ、ファイラス様」
「君は時々正鵠を射るな」
「いつもです」

 ケーナはくすくすと笑い、大きく伸びをした。鎖帷子が窮屈な音を立てていた。

「でもぉ、ファイラス様。さっきの人、なんで私たちを助けたんですかね。世界滅ぼすならバンバン陣魔法ヅォーネでもなんでも使えばいいでしょうに」

 まさに正論だな、と、ファイラスは思う。だが、あれだけの魔力だ。大魔導といえど、そうおいそれと使えるものではないのではないかという希望的観測もある。

「ま、あんなのがばんばん飛び交ったら、大災害セレンファクサランスどうの以前に、世界は滅んじゃいますね」

 ケーナはそう言って笑う。

「でも、ファイラス様。もし大魔導が私たちを狙ってきたら?」
「助からんだろうなぁ」

 ファイラスは半ば諦めている。だが、ケーナは口をへの字に結ぶ。

「そんなことない気がします」
「いやいや」

 ファイラスは首を振る。極めて常識的な反応だった。

「だが、あの化け物……がウロウロしているとなると、俺たちの出番はないかもしれんな」
「そんなことないですよ」

 ケーナは焚き火に枝をくべながら言う。

「怪我してる人はたくさんいます。治せるのは私たちだけですよ」
「それが俺たちの戦争、か」
「ですです」
「だが、怪我人を治して、またあのに立ち向かえって言うことになる」
「それは!」

 ケーナは立ち上がって声を張った。

「その時に考える!」
「ケ、ケーナ?」
「ファイラス様はあれこれ考えすぎです。頭いいのはわかりますけど、他人の気持ちまで理解できるとは思わないことですよ! 人はみな他人。他人のことを理解できるとか、おもんぱかれているとか、そういうのは傲慢ですよ」

 ケーナはそう言い放つと、焚き火の前にファイラスを残してテントの方へと歩き去ってしまった。

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