DC-04-03:ヒーロー登場

治癒師と魔剣・本文

 距離を取り、触手をやりすごす。そんなギリギリの戦いをしながらも、ファイラスとケーナはなんとか耐え凌いでいる。かろうじて無傷ではあったが、ふたりとも息が上がっている。これ以上動くのはさすがに厳しい状況だとファイラスは判断する。

 しかし、殲撃は――。

躊躇ためらってる場合か、ファイラス。そもそもだ。そのものにゃ、善も悪もねぇだろうが。ゼドレカのおばちゃんも言ってただろ』

 それに――と、声は続ける。

『ケーナを守れるのは、今はお前だけだ。お前の躊躇がケーナを危機に陥れるなら、その方がよほど悪だろうよ』

 ファイラスはケーナを見る。の攻撃は激しさを増してきている。ケーナもファイラスもいまや完全に防戦一方だ。

 ――あのね、ファイラス。力を使わない勇気は大事だよ。だけど、使うべき時に使わないのは、ただの臆病だ。どんな主義主張があったとしても、力を使わないことで見捨てなきゃならない誰かがいるのなら、それはただの臆病の発露なんだよ。

 幼き日に聞いたゼドレカの言葉。彼女はファイラスの剣の師匠だった。ファイラスと、イレムの。彼女は神帝師団アイディーの一人だった。

 ――力を振るうことは、力を持つ者の責任だ。その力が善悪いずれに向くのかは、力を振るう人間次第だ。

『お前がケーナを守るために大きな力を振るうのは、悪なのか?』

 悪なはずがあるか、

 ファイラスは聖盾アデリオールを立て続けに展開して、剣を構える時間を稼ぐ。

「ケーナ、後退!」
「なんか使うんですか」
「離れてろ!」

 ファイラスの長剣が輝きを増す。

 の攻撃が見える。攻撃はすなわちスキだ。

 ファイラスは伸びる触手を物ともせずにまっすぐに突入する。触手を数本切り払い、ファイラスは呼吸を止めた。

 殲撃――!

 身体を半回転させて、に剣を叩きつける。べちゃともぐちゃとも取れない音を立てて、肉が一部弾け飛んだ。次の瞬間、攻撃が当たった場所とは反対方向の肉が大きく削がれて飛び散った。

「効いてない!?」

 ファイラスの必殺の一撃だったが、は動きを止めない。ファイラスを取り囲むように触手が伸びてくる。

「何やってんですか!」

 ケーナが寸でのところで触手を切り払った。

「下がってろ!」
「見てられないです!」

 ケーナの遠慮会釈のない物言いに、ファイラスは少し狼狽うろたえる。だが、は待ってくれない。ファイラスの攻撃で怒ったのか、攻撃はますます激しさを増してくる。一撃食らったらおしまいなことはわかっている。二人は地面を転がって次々と突き刺さってくる攻撃を回避する。

 そこに幾本かの矢が飛んでくる。神殿騎士の何人かが仕掛けたのだろう。だがその矢はことごとく触手に寄って迎撃されてしまう。

「退避しろ!」

 ファイラスが叫んだ時にはすでに遅く、神殿騎士が三人、血祭りに上げられていた。ファイラスたちよりはるか遠くにいたにも関わらず、だ。

「攻撃行動をとると反撃するわけか」
「でも黙ってても攻撃されますけど」
「おそらく、攻撃してきた射程内の人間が最優先。さもなくば一番近い人間を襲うということだろう」
「なるほど?」

 ケーナは器用に回避行動を取りながらを見る。

「でも、ファイラス様の必殺技でもあんまり効きませんでしたよ。どうするんですか」

 ケーナの右手に力がこもる。ケーナの頭の中ではさっきからが盛んに力を使えと誘惑してきている。

「どうするって言われても、これが俺の最高の技だからな。連発するしかないだろ」

 ファイラスは再び肉薄して殲撃を浴びせかける。ファイラスの使っているのは殲撃の中でももっとも下位のもので、「破」と呼ばれるものだ。ファイラスはゼドレカに指導を受ける際にも、頑として「破」より上のものを覚えようとしなかった。

「あの頃の俺はバカだったかもしれん」

 後悔先に立たず。三度、四度と殲撃を叩き込む。弾ける肉片と粘液を受けて、ファイラスの服やマントが質量を増していく。しかしの移動速度や攻撃速度は目に見えて上がる。やればやるほどが強くなっていく。

「どどどどーします?」

 剣を構え直すケーナの肩に、誰かが手を置いた。

「あ! イレム様!」
「ひっさしぶり、ケーナちゃん」

 白銀の鎧に赤いマント。羽飾りの付いた兜を被る騎士。それは紛れもなく神帝師団アイディーの出で立ちだ。上げられた面頬から覗く顔はまだ若い――イレムはファイラスとほとんど同い年だ。明るい茶髪に翡翠の瞳をもつ、上品な顔立ちの青年だった。

「遅いぞ、ヒーロー」
「主役は遅れてやってきてナンボだぜ」

 イレムは片刃の大剣を抜き放つ。常人では持ち上げることすら不可能な超重量剣だ。それをイレムは軽々と振るう。

「やれるか? こいつは……」
「おいおい。親友のピンチに駆けつけた主人公が負ける理由はないだろ?」

 イレムは兜の面頬をおろして両手で剣を構えた。刀身が昼間の陽光すら霞むほどに輝き始める。

「す、すごい……」

 溢れ出る魔力を感知したケーナが呻いた。

「行くぜ、化け物!」

 イレムが動く。残像が生じるほどの速度で。

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